ヤン男爵と依頼
夕日が沈みかけている城塞都市ゲルググ。
疲れた様子の若い男性が商会の受付嬢らしき少女に話しかけている。
「いやー、今日も疲れたよ。ユーノちゃんが会計簿を書いてくれたり、仕入の依頼を聞き取る受付嬢として雇用しただけでこんなに売り上げが上がって商会が大きくなるなんてね。大助かりだよ」
「いえいえ、あたしなんか足を引っ張っているばかりで、もっと精進しないと・・・・この商会を大きくしたいのでがんばりますっ!」
「ははっ、それは頼もしいな。ぜひ頑張ってくれ」
「はいっ!」
支配人になったムスタファさんが奥の執務室に下がった後、カランコロンとベルが鳴り、商会の扉が開いた。
いつも通りにっこり微笑んで入ってきたお客様に対して声を掛ける。
「いらっしゃいませ、ムスタファ紹介へ。今日はどのような御用件ですか?」
お客様が入ってきたようだけど、げっ・・・あの人は!
ようやく今日一日も終わりを迎えそうなこの時に限ってナンデ来たのかしら。
顔に出ないようににっこりと表情を崩さないようにしないと。
平常心、平常心!
「こんばんわ、ユーノちゃん。今日もかわいいですな!ぜひ、我の嫁に来てほしいものです」
「お断りします」
「そんなことを言わないで、我がディンケラ家で私の嫁として我が家を支えてほしい」
「無理です。ムスタファ支配人には一年間とはいえ、商人として育てていただいた恩がありますし、ここをやめるのは忍びないですから」
あたしにいきなりナンパしてきたのは、ファス商会の常連さんのヤン=ハフグレン=ディンケラ男爵様。
ゲルググから馬車で3日かかる位置にある人口200人前後のハフグレン村を中心とした帝国領土を納める男爵様です。
見た目は、片目だけの眼鏡をかけた、七三分けの金髪のファッションセンスがない今年31歳のおじ様が16歳になったばかりのあたしに求婚など駄目なのです。
ヤン男爵と結婚するぐらいなら、ムスタファ支配人やアドル君の方が比べるまでもなくいいよ。男爵様だけど、なぜかこの人は一般的な貴族と違って結婚を強制しない。
普通なら、こんなことをしたら打ち首とか殺されてしまうのがオチなんだけど、むしろ断ってほしいのだそうだ。本当に変なひと。
「むふふ、そんなことを言っておったらユーノちゃんの慎ましいお胸も大きくなりませんぞ。」
「うっ・・・・いいかげんにしてください、あたしは変態さんと結婚する気はありませんっ!」
「その気が強いところがいいですぞ、むふふふふ」
「・・・・今日はお取引はしないと考えてもよろしいですか?次のお客様、お待たせしました!あたしがお話をうかがいます!どうぞ!」
あたしはヤン男爵を無視して次のお客さんを呼ぼうとすると、ヤン男爵に遮られた。
「いやぁ、すまない。実はね、今日の案件はユーノちゃん指名なんですぞ」
「はあ・・・?あたしになにか指名を、ですか?」
「如何にも。ユーノちゃんには『白百合騎士団』に入団するように申請がきておるぞ。この地方領主のヒータル殿も了承しておられる」
急に態度を変えて、真剣なまなざしを向けて威厳を放ち始めたヤン男爵。普段からそういうオーラを出しておけばかっこいいおじ様なのに本当に残念な人。
ただ、気になるのは騎士団と言う単語。あたし、何かしたかしら?
基本的に、何か法を守らず破った人が呼ばれるか、武力の評判がある人をスカウトすることはあるのだけれど。
「あの白百合騎士団ですか?なぜ、一般市民の非力なあたしに?」
「ユーノちゃんのどこが非力ですかな。最近、評価をかなりのスピードで上げているクロという冒険者なりたての少年とともに『ゲルググ地下迷宮』に入り、クロに良い装備を買い与えたのではありませんか」
うーん、何か変なことをしたかな。この前の休日にクロ君と一緒に鋼鉄猪の討伐に行ったけど、あれって雑魚だよね。クロ君が危なかったから、アドル君からもらった弓と雷の魔法を合わせて攻撃したら数本の矢を放つだけで殺すことができたし。
それにクロ君に良い装備をあげたっけ?
あたしが宝箱から拾った西洋剣と鏡の盾なんだけどなぁ。
価値がわからないし、扱いこなせないからあげたのだけれど、そんなにいい物ならあたしが持っていたらよかった。
そしたら飢える心配をすることもなかったんだし。
あの猪を狩った日からしばらく最近はやりの勇者帝『タツヤ』がもたらした異界料理『サングリア鍋』とか『サングリアミートパイ』などのジビエ肉料理ばかりで太りそうで心配なんだけれど・・・・・・。
なんて話をヤン男爵に話す。
「ユ、ユーノ殿・・・・」
あれ?ヤン男爵が汗かいてる。ちょっと気持ち悪いなぁ・・・・。でもお仕事だから我慢がまん。
「鋼鉄猪は簡単に倒せません。
通常は数人の熟練冒険者パーティとか一個隊の軍人が必要になることをお分かりになっておりますかな?」
「え?」
ジビエ=肉料理です。