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玉繭神  作者: 荊姫
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第参章

 1,

 『玉繭神』の巫女と呼ばれる女性は今までにも数多く存在してきた。しかし実際に『玉繭神』を導くことのできたのは、初代の巫女のみだった。巫女の選定は神官長を通して『玉繭神』が神託という形で行い、巫女の辞任もまた神官長と『玉繭神』の手に委ねられている。巫女は次の巫女が現れると辞任するというが、そのときがいつになるかは一定しておらず、誰にも予想がつかなかった。

 任が終るまで巫女は聖地を離れることは滅多に許されず、時には一生の大半を神殿で暮らすよう余儀なくされる場合もある。巫女の中にはそんな人生を送ることを拒み、任から逃れるために死を選ぶ者もあった。家族すらも庇ってくれないのでは、逃れる方法は死しかないのだ。

 ティアリスの一代前の巫女、ヘレナ=ウォールスティンも、そんな悲劇の道を選んだ女性だった。


 ヘレナは、兄と病弱な母親と三人で、ヴァルザ央国の首都で生活していた。父親はヘレナが生まれた直後に戦死してしまったため、母親は子供二人を養おうと必死に働いた。その結果、兄がやっと家計を支えられるほど稼げるようになる頃には、母親は過労がたたって寝込んでばかりいるようになった。

 ヘレナが巫女として聖地に招請されたのは、そんな時期だった。


 「兄さん、私は―――」

 巫女を招請すべく送られてきた書簡を兄に見せると、ヘレナは表情を曇らせて呟いた。母親にはまだ、報せていない。衝撃で病が更に悪化してしまうと考えたためだった。

 だが兄はあまり、衝撃を受けている様子はない。

 「…すごいことじゃないか。ヘレナは巫女様になるのか。生きてたら父さんもきっと、喜んでただろうな」

 ヘレナの言わんとしたことを察してそう言ったのか、それとも単に聞こえていなかっただけなのか。

 ヘレナとそっくりな碧い瞳と金髪を持つ青年は、満面の笑みを浮かべていた。

 「…そうね」

 もうこれ以上、何も言えない。少なくとも兄は反対するどころか、引き留めたいとも思っていないようだ。

 それがヘレナには悲しかった。

 

 数日後、ヘレナは聖地から巫女を迎えにきた神官たちによって、聖地へと連れて行かれた。母親には結局、巫女となることも告げられず別れの言葉一つ言えなかった。兄には一応、別れを言っておいたが、やはり悲しむ様子も別れを惜しむ様子もない。ヘレナはとうとう兄に本心を話すことのないまま、聖地へ向かった。

 だがヘレナは、兄に宛てて書き置きを残した。

 

 言えなかったことや、どうしても伝えたかったこと。涙で滲んだ文字が、ヘレナの思いを物語っていた。

 書面には、彼女が幼い頃から兄に対して恋慕の情を募らせていたことが書かれていた。けれどそれは兄妹の間にあってはならぬ忌まわしい感情と知り、今まで隠し続けてきたのだ、と。


 兄は後でそれを読み、驚きと共にひどく後悔した。なぜもっと早くに妹の思いに気付かなかったのかと、さもヘレナが巫女になることを喜んでいる風に振舞った己を恥じた。


 巫女へレナが自害したのは、それから半月ほど経った頃だった。

 報せを受け取った兄は聖地に行き、妹の亡骸を引き取った。流石にこの時ばかりは、母親にもきちんと事情を説明した。すると意外なことにも、母親はヘレナの身に起きたことを察していたという。

 「『玉繭神』の巫女様だとは分からなかったけれど…もう戻ってこないことぐらい、分っていたわよ。実の娘のことですもの」

 そう言われて、兄は心の中で動揺した。何でも分かってしまうのなら、もしかするとヘレナの秘めていた思いにも気付いていたのではないか。

 しかしそれは遂に分らないまま、二年後に母親は死んだ。

 ヘレナの兄、アーネスト=ウォールスティンはというと、妹の死に対する悔恨から巫女を守護する神官騎士団の一員となっていた。


 2,

 ティアリスが異獣に乗る赫い瞳の少年を目撃した翌朝、聖地は騒然とした空気に包まれていた。

 しかし原因は彼ではない。彼が異獣に乗っているのを見たという者は、神官の中にも一人としていなかった。

 ではこの騒動の原因は何事かというと、神官騎士団の叛逆だった。神官騎士団のアーネスト団長と多数の団員が、神官長に叛旗を翻したのだった。

 

 「ティアリス様、起きてください!」

 ミレーナの声で目を覚ましたティアリスは、そこで初めて叛逆の話を知った。ミレーナは以前からアーネストを怪しんでいたのだというが、起こってしまったことは仕方がない。

 「神官長はとっくに避難されました。ティアリス様も早くお逃げになってください」

 「…ミレーナは?逃げるんでしょう?」

 ティアリスが問うと、案の定ミレーナは首を横に振って言う。

 「いいえ。私は残っている団員たちと、団長を足止めします」

 ミレーナは足止め、と言った。敵うはずなど(もと)より無いと分かっているからだ。

 ティアリスは何とかしてミレーナを説得しようとするも、彼女の決意を曲げることはできなかった。

 「後のことはグレンに任せます。まだ新米で頼りないところもありますが、命を張ってもティアリス様をお守りします。だから安心してください」

 ミレーナは言って、部屋の扉の方をを振り返る。

 其処には、誰かがいた。ティアリスは厭な予感がしていた。見覚えのある赫い瞳が、遠目に分ったからだ。

 「…グレンです」

 無愛想に言ったのは、昨日の異獣に乗っていた少年だった。


  つづく

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