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玉繭神  作者: 荊姫
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第壱章

 1,

 見渡す限り一面が、焦土と化した大地。かつて建ち並んでいた家々は瓦礫となり、緑豊かだった山野は黒い焦げ跡を残して綺麗さっぱり、消えて無くなってしまった。

 空を映したように蒼い瞳の少女は悲しげに、かつて自分が暮らした村を見つめる。

 見事に何もかもが消え去っていた。幼い頃に遊んだ緑野も黄金色の麦畑も、今は見る影もない。

 累々と転がっている屍は風雨に曝され、骨ばかりとなっていた。瓦礫の海に置き去りにされた髑髏(されこうべ)の虚ろな眼窩は、何を見つめているのだろうか。

 今となっては、分かるはずもない。

 

 世界は『玉繭神(たままゆがみ)』を巡り二つの巨大な国家、アルミナ帝国とヴァルザ央国に二分されていた。数十年に及ぶ長い戦乱は甚大な被害を生んだ末、一時停戦というかたちで一応の終息を迎えた。

 戦禍の爪跡と、癒えることのない悲嘆を残して。


 「…ティアリス様」

 名を呼ばれて、蒼い瞳の少女は傍らに佇む女を見遣る。

 「もう、帰りましょう。これ以上は」

 これ以上は、ただ苦痛を増すだけ。そう言わんとしているのだとは、ティアリスにも分かった。

 「…うん」

 答えた声は、自分でも驚くほどに弱々しい。傍らの女も心配そうにティアリスの顔を覗き込む。

 その様子を察して、ティアリスは言った。

 「大丈夫、平気よ。早く帰ろう」

 (きびす)を返し、もと来た道を戻る。振り返らないように、俯かないように。

 小走りになりながら、荒れ果てた故郷を後にした。


 

 2,

 ティアリス=ダルクローズは、『玉繭神』の巫女だった。十数年前に両親を亡くし、心ない村の大人たちに山の中に置き去りにされた彼女は、『玉繭神』に救われた。『玉繭神』の神託を受け巫女を捜していた神官たちによって、死にかけていた彼女は助けられ、巫女に据えられた。

 しかし巫女になって十年間、ティアリス一度も『玉繭神』なるものを見たことはなかった。


 アルミナ帝国にもヴァルザ央国にも属さない、第三の国家とも呼ばれる聖地。『玉繭神』の巫女は、その聖地にある神殿で暮らしていた。

 

 神殿の一室、石造りの堅い壁に覆われた部屋。一つきりしかない小さな窓に寄り添うようにして、『玉繭神』の巫女もといティアリスは眼下に広がる街並みを眺めていた。

 「…随分、変わったよね」

 感慨深げに呟く。

 ティアリスが巫女となったばかりの頃は、この聖地も戦乱の被害を受け、ひどい有様だった。彼女の故郷ほどではないものの、復興するのに長い年月を要するだろうことは容易に想像がついた。それが十年を経た今では、この街が戦火を被ったとは思えないほどに復興している。元の街がどんな様子だったかを知らないティアリスの目にも、それは明らかだった。

 「この街は、強いわ」

 「ティアリス様がいらっしゃるからですよ。巫女がこの聖地にいらっしゃるのだと思えば、自然と人々も復興に向けて意欲が増します」

 「そう、なのかな…」

 ティアリスは言いながら、ゆっくりと振り返る。其処には、巫女の側仕えの女性神官がいた。

 「それにティアリス様がいらっしゃるからと、帝国政府からも央国政府からも多大な資金援助がなされたんですよ。巫女様はいらっしゃるだけで役に立っているんです。何もなさらなくても、ね」

 「…えらくはっきり言うのね。わたしは巫女として、そんなに無能なの?」

 「巫女様のお役目は、『玉繭神』を現世(うつしよ)に導くこと。それが未だに『玉繭神』のお声を聴いたことも無いなんて、私でなくとも失望しますよ。でもそれ以外は、ご立派にお役目を果たしておいでです」

 神官は苦笑しながら皮肉る。彼女は鳶色の瞳と赤茶色の長い髪も美しい華奢な女性だが、侮ってはならない。彼女、ミレーナ=エリアーダスは、聖地と巫女を護衛するため結成された神官騎士団の副団長だった。弱冠十六歳にして副団長の座にまで登りつめたというミレーナの実力は、伊達ではない。

 「…できることなら、わたしだってちゃんと巫女の役目を果たしたいのに」

 「お気になさらないで下さいよ。いつか時が満ちれば、お役目を果たせる日が来ますから」

 優しく明るい、朗らかな笑顔。ミレーナのその屈託のない笑顔に、どれだけ慰められてきたことだろう。

 ティアリスは巫女に就任して以来、背負わされた期待に押し潰されそうになることがよくあった。巫女に就任したばかりの頃は特にそうだった。まだ六つという年齢的に幼いこともあり、自分より年上の大人たちから期待されることが苦痛だった。

 そんな時、ミレーナが巫女の世話係兼護衛としてティアリスの前に現れた。ミレーナは神官騎士団の副団長という地位にありながら、ティアリスに対し構えることなく接してくれた。軽口を叩くこともあれば、先ほどのように皮肉をいうこともある。けれどそれは悪意から言っているのではなく自然に接しているゆえのことだとは、ティアリスにも分かった。

 「そうだね。けどそのいつかが、八十歳のお婆ちゃんになる前だといいな」

 「ええ、全く」

 そう笑い合ったが、実際のところ、それはティアリスの本心だった。寧ろどんなに老いても、役目を果たす日が来るほうがまだましだ。その日が来ないことだってあるかもしれない。

 ティアリスはミレーナから視線を逸らすと、再び聖地の街並みを見下ろした。綺麗に整備された、平和な街並み。

 それがよもや自分のために崩れ去るとは、ティアリス自身も思ってもみないことだった。

  

 

 つづく




























 

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