第8話
「グランスについても調べてきたわよ」
「なあ姉貴。全部知ってて、俺をからかってないか?」
「アンタをからかうの、楽しいわよ」
「うおおいっ?」
さらりと言われた。
俺の叫びを見て、姉貴は笑いながらお茶会から得てきた話をする。
「グランスはイアロスの代で四代目。彼が双子ってことは知ってるかしら?」
「……まあ、なんか聞いたな。兄弟がいるとは。弟は花屋だったか」
双子だったのか。だから、どうしたって感じだが。
姉貴は頷いて続ける。
「アンタの言う通り、弟は花屋の店主。ペトルって店よ」
「専門外デス」
弟は花屋。もうそれでいい。
「中々繁盛してるみたいね。今回の香水の元となった花は、弟、コワルトが見つけたらしいわ」
「あの、何故そのようなことをご存知で?」
「世間話よ」
「さようで」
上流階級の世間話って凄いんだな。
井戸端会議の上流版か。
感心しつつ耳を傾ける。
「グランスは三代目までは冴えない香水取扱店だった。
けれど、四代目、イアロスがトップに立ってから今までが嘘かと思うほど儲かっている」
「顔か……顔なのか」
「ひがまない。アンタも中々いい顔よ」
姉貴はそれに笑う。
照れくさい。
「そりゃどうも」
「話を戻すわよ。売れてる要因には社長の存在もあるけれど最大の要因として、効果があることが挙げられるわ」
「効果?」
香水の効果? 消臭とか、異性を惹きつけるとか、後は話の種に購入するぐらいしか考えられないが。
コレについては姉貴も疑っているようで、猜疑が顔に出ている。
「集中したい、落ち着きたい、若々しく見せたい、魅力的に……これが全て効能として表れるそう」
「香水なら当然なんじゃねえの?」
それを期待して客は買うんだろうし。
だが、姉貴は否定する。
「使用者全員に対して実際に効果が出る……疑わしい」
「はは、そりゃ嘘くさいな」
とはいえ、女性相手にそういう触れ込みがあるなら、売り上げが伸びてもおかしくはない。
が、姉貴は完全に疑ってる。
「実際、あのソーブって香水、私に効かなかったわ」
「ん? アレにも効能があるのか?」
「異性が寄ってくるそうよ」
「………は? あ、あぁ」
姉貴、普段から男が寄りまくりだし。そりゃ効果ねえだろ。
でもって寄ってきたはいいが、姉貴の眼光に恐れをなして退散していくからなあ。
「姉貴も年頃なんだな」
一応、気にしてるんだな。
しみじみ呟いた瞬間。正面から心臓すら凍らせるような冷気を感じた。
「何か言ったかしら」
「イエナニモ」
「…まあいいわ。その二点でグランスという香水取扱店は、一代で急成長したわけよ」
「なるほどな。んで、なんとなく疑わしい、そのイアロスってヤツ、何者なんだ?」
「お母さんの直感通りよ」
「ええと、確か…顔はいいが蛇みたい、か」
「冷たくて気持ちいいらしいわよ」
姉貴みたいだな、とは言えない。
「会った人の印象だと人柄がよく礼儀正しく、話も上手く退屈することはない」
「ありがちだな」
「一方で、敵も多いらしいわよ。特に同性の」
「彼女盗られたってやつか………まあ、分からんでもないが」
そこまで聞けば、後は簡単に調べるだけか。
さて、どう動くべきか……と悩んでいると、姉貴のもの言いたげな視線にぶつかる。
「まだ何かあんの?」
「そうね。調べるのはいいけど、アンタ、本当に気をつけなさいよ」
「念押しするなあ」
「私、蛇嫌いなのよ」
「へい」
臭いがキツイ、蛇みたいな男か。
「それに、アンタ雑魚だから」
「っ? 言うなよ! 俺のピュアな心が傷ついたぞ!」
抗議を込めて机を叩けば、面倒そうな視線が向けられる。
「カビが生えて萎れた心でしょう」
「なんだよソレ!」
結構的確な表現だな、とか思ったじゃねえかよ!
感心しかけた俺の心を返せ!
「くそっ! 事実だから、言い返せねえ……」
頭を抱えてると、とことこ軽やかな足音が近づいてくる。
「あらあら、二人とも楽しそうねえ」
「お母さん、手伝う?」
「そうねえ、お皿用意してくれると嬉しいわあ」
「分かったわ」
実力ナンバーワンの母親と、ナンバーツーの姉貴。
俺は断トツ最下位。本当に血が繋がってるのか、時々疑わしく思う。