第7話
「ただいま。着替えてくるわ」
「分かってきたじゃない」
「ってことは、やっぱ俺、臭う?」
「分かってないわね」
「すんません」
折角好感度上がったのに、即座に下がったぞ。
着替えて戻ってくれば、普段着の姉貴が本を読んでいた。
どうやら本格的な植物図鑑……て、それは読み物なのか?
台所から、母親の鼻歌が流れるリビング。調子外れの音を喜ぶのは、父親だけだ。
「で、どうよ姉貴」
「面白いことになってきたわ」
本、もとい分厚い図鑑を閉じる。眼鏡の奥、目を光らせる姉貴の面白い宣言は、全く当てにできない。
俺以上に、何でも楽しむからな。
「演劇以上に面白かったわよ」
「さようで。ちなみに演目は?」
「リリアーヌの病。病に倒れた令嬢を助けるために、青年が花を探しに行く話」
で、ハッピーエンドか。いかにもご令嬢が好きそうな話だな。姉貴は……どうなんだろ?
まあ、それはおいといて。
「この町にいるあの香水の所有者、何人だと思う?」
「ヒントくれよ」
「そうね」
突然そんな謎かけされても、ノーヒントじゃまず回答できないって。
目を細め、鋭さを増した眼光を向ける姉貴。上機嫌ですね。
「今回配布されたソーブは全部で十二個」
ううむ……で、『この町』にいる所有者、か。
「五人でどうよ」
理由? 勘だよ。
「多いわ」
「は? じゃあ……三人?」
「正解」
眼鏡越しの笑みが怖いデス。
三人か、三人ね……で、その内一人は姉貴が確認して、と。
「残るは二人か」
「零よ」
「はい? いやいや、そりゃないっしょ」
二をゼロにしないでください。
が、姉貴は嬉しそう。完全に入れ込んでるわ、コレ。
「一人は昨日も言ったけど、勤め先のお茶会友達。彼女には旦那様もいるわ。
最近毎日お茶を飲みに来てるし、こっちに下りてもいないそう」
で、除外。
「二人目は、教会の女神様への献上品」
「人間じゃねえだろ!」
教会の女神様、つまり、教会の女神像。
採れた作物などを、日ごろの感謝の気持ちを込めて教会へ献上する。その香水も同じ道を辿ったと。
物品は確か数日教会内に展示された後、仕舞われるって聞いた覚えがある。使われることはないだろう。
で、除外。
「最後は?」
「三人目は、社長兄弟がお世話になった女性。彼女は、こっちに住んでるわ」
「ほう」
可能性が高そうな、つうか、その人しかいねえじゃねえか。
だが、姉貴の楽しそうな笑みを見て、否定する。
「でも、ご高齢で滅多に外出しないそうよ」
「あれ? 詰んでね?」
「さて、アンタから漂ってきた匂いは、どこのお嬢様からのものかしら?」
昨日と全く同じことを言って、姉貴は目つきを鋭くする。
臭いの発生源は俺じゃねえし、お嬢様いねえし!
いや待て。待とうじゃないか。落ち着こう。
ここで冷静な推理をだな……
「旦那がいても…」
「一途ですって」
「町に下りた可能性…」
「毎日お茶会後、屋敷で旦那様の帰りを待つそうよ」
「教会の人間がこっそり…」
「女神様への献上品を使うの?」
「盗まれ…」
「献上品には国からの物もあるのよ。警備は厳重よ」
「孫に…」
「孫もいないし、話によると香水を嬉しそうに見せるけど、使用したことはないそう」
「そうか、完全に詰……姉貴なんだよ! 先回りすんなよ!」
ことごとく封殺され、俺は機嫌が悪くなる。
そういうの分かってて隠すから、姉貴は意地悪と俺が言う……
「余計なこと考えてる暇、あるのかしら」
「ないですね。すいません」
素直に謝れば、鷹揚に頷いて許される。
その姿はまるでどこぞの女王様。となれば、俺はその下僕か?
「…なら、アイツはどっから臭いをつけてきたんだ?」
「香水を送られた淑女たちではないわね」
「ん? 淑女……女じゃねえって?」
「一人いるでしょう。町にいて、香水持っている人間が」
あれ? それってつまり……マジでっ?
ヤバイことになってねえか?
恐る恐る、閃いたことを言う。
「その……香水屋の社長?」
「余所から所有者が来た可能性もあるけれど、そんな不確定な希望より、可能性が高いと思わない?」
「いやま、そうだけどさ」
友人が香水屋と一緒にいるって、後ろめたい事情があるとしか思えんのだが。
まさかの、恋人関係とか? でもなあ、アイツと会長様に接点があるとは思えないし。
待て俺。フランの反応を思い出せ……やましいことを隠そうとしてるようにも見えないか?
どちらかというと、弱みを握られた感じか?
唸る俺を見て、姉貴は楽しそうにずれた眼鏡を直す。