第6話
「今日、人多くね?」
「入りは五割増しってところだねえ」
「五割増しって、どこの雑貨屋だよ」
昼の休憩に入り、朝と同じメンバーが休憩室に揃う。
めいめい適当に食事を取ってると、一人が呆れたように口を開く。
「皆忘れてるでしょ。そろそろ昇格試験の時期だよ」
「ああ! もうそんな時期か」
「だから受注が多かったのか」
「そういうことだよ」
年に二度あるギルドランク昇格試験の一度目。
試験を受けるには、まず依頼を所定数こなす必要があるからな……
「つうか、今焦っても遅くね?」
「風物詩だから仕方ない」
「フランたちも大変だろ。書類整備さあ」
「う、うん……今回も申請が多くて疲れるよ」
ぼーっと俺を見ていたフランが、慌てて首を上下に動かす。
まあ、俺を見てたわけじゃなくて、疲れて意識が飛んでたんだろうけど。
毎年懲りずに書類を出してくるヤツらについて意見交換しながら、談笑する。
「昇格試験だけじゃなくて、今回は月下祭も重なってるからねえ」
「そういやソレ関係の依頼もあったね」
警備や、舞台の設置、商隊の護衛など、祭りに関する依頼を思い出す。それを受けた面々も。
「ま、今回の面子は結構いい感じだし、ソッチは問題ないんじゃね?」
「これからよ。アタシのカンだと、例年以上に緊急依頼が増えるわよ」
「うへえ」
そして、小銭稼ぎにやってくる人間も多いだろう。
ああ、荒れるな……と思ってたら肩を叩かれる。
「ケープ、頼りにしてるから」
「俺かよ!」
毎年のことながら、祭り目当てに他所から来る人間が多い。
つまり、揉め事が増える。つまり、揉め事を収拾する人間が必要。つまり、俺のこと。
礼節と忍耐の人間である俺だが、この季節はセンチメンタルな気分になって、つい手が出てしまう。
俺は悪くない。
「今年は何人、治療院に運ばれるかしら」
「風物詩だねえ」
「俺を風物詩扱いすんな」
だから、ガラが悪い人間や、突っかかってくる人間を、つい、再起不能にしてしまうのだ。
そうして、治療院に運ばれていく人間たちは俺のことを『月下の鬼』という。失敬な。
クスクス笑う声に、憮然とした表情を浮かべるしかない。
そうして騒がしい時間が終わって。
いつも通り、友人と二人で帰路に着く。
やはり、というか依頼受注者が多かった。二件ほど重傷者が出た。
ったく、昇級試験だからと焦りやがって…
「書類の方はどうよ」
「なんとか……」
うんざりとした顔を浮かべる友人。
そんな彼からは例の香水臭がしない。
「そういや、月下祭か。お前、ダレと行くんだ? 教えろよ」
「っ? な? えっ? ど、どうして…っ?」
「おお?」
思い付きを言ってみただけだが……こりゃま。
遠い目をしてみせる。
「告白か……早かったな…」
「ちょっとケープ! そんなのじゃないから! 無理矢理……あっ!」
「ほほう、相手から誘われたのか。フラン君、実はお姉さまタイプが好みだったのか」
ぐいぐい自分を引っ張ってくれる女性か。友人なら、それもいいかもしれない。
引っ込み思案なところといい、自分の意見を後回しにするきらいがあるからな。
違う違うと否定する友人は、俺の腕をばしばし叩いてくる。
「ケープ、絶対誤解してるって!」
「その態度で、どう誤解しようってんだ?」
ただ、その彼女がナニモノかってところが気になるんだよな。
と、疲れた様子で腕を叩くことをやめたフラン。その顔が、ぴくりと動く。
「ねえケープ」
「なんだい、青年」
「あのさ……今日、香水の匂いがするけど」
からかい混じりの俺に取り合わず、友人は何故か不安そうに俺の袖を引っ張る。
いや、引っ張ってどうすんだよ。
「新しい彼女?」
「いんや。今日はやたら香水キツイ客が多かったからな、ソレだろ」
昨夜の姉貴と同じようなことを言う友人。
思わず、昨日と同じようにフランに掴まれてない方の袖の匂いを嗅ぐ……臭くない、よな?
いや、多分、臭いんだろう。
家帰ったら、速攻着替えよう。姉貴の目が怖い。
「本当に、彼女いないんだよね?」
「んだよ。今はいねえって」
不満そうに言われても、困るんだが。
なんだい、キミはいた方がいいって? 訳わかんね。
俺の答えを聞いて、友人は表情を曇らせる。
何かに悩んでるってことは分かるが、たかが香水の匂い如きで何を悩むってんだ?
悩む友人は、別れ際、俺を見て何かを言いかけて。
「……また、明日」
「おう」
何も言わなかった。