第3話
「気になるな」
翌朝。
起きた瞬間、無意識にそんな言葉がでた。いや、本当に俺自身も驚いた。
胸にもやもやしたものが巣食ってるしな。なんか不安なんだよ。
「もしかして、アイツ騙されてんじゃねえのか?」
言葉にしてみると、しっくりくる。アイツは見た目どおり押しに弱く、嘘を信じきるお人よしだから。
友人には、探らないと言ったが……
「ま、やってみますか」
これで裏がなければ問題ない。こっそり調査した結果は、俺の胸だけにしまっておけばいい。
だがもし何かがあれば、フランにばれないよう関係を破壊すればいい。
俺、そういうの好きだし?
方向性が決まったので、頭の中がすっきりした気になる。やっぱ朝はこうでなくちゃな。
鞄を持ち、着替えてリビングへ。
「お早う。機嫌、良さそうね」
「はよ。今日は早いな。もう出るのか?」
普段なら俺より遅い出の姉貴が、玄関にいた。
振り返った姉貴をよくよく見れば、どうやらめかしこんでいる。
美人度がさらにアップする、のだが、如何せん冷徹な瞳は変わらない。
「演劇鑑賞の付き添いよ。帰りは昨日より早くなるわ」
「そか。なら今日も俺より早いんだな」
納得した。姉貴は教え子に家族ぐるみで気に入られているようで、時折こういった催しに呼ばれる。
今日もその類というわけだ。
関連して、母親が嬉しそうにドレスを買い込んだのが印象に残っている。
自分が着るわけでもないのに、満足そうだった母親の顔を思い出して小さく笑う。
「ホント、姉弟だわ」
「は?」
そんな言葉で我に返る。
姉貴は何故か苦笑していた。
「どゆこと?」
「昨日の話。あの香水の出所、ついでに調べてくるわ」
「マジすか。一体どういう風の吹き回し」
どうやら、姉貴も香水の話が気になっているらしい。
こうやって興味があると宣言するのも、姉貴にしてみりゃ珍しい。
眼鏡の位置を直した姉貴の答えを待つ。
「アンタと同じ。いやな予感がするのよ」
「うんそうか。って、俺、嫌な予感とか言ってねえぞ!」
ノリ突っ込みは、姉貴にウケなかった。
ただ、冷淡な視線をもらっただけ。
「顔に出てるわよ。だから、アンタも早めに家を出ようとしてるのでしょう?」
淡々と言われ、謎の敗北感と共に頷いてみせる。そうか、姉貴も嫌な予感がしたのか…
「…ヤバそうだな」
「そうね。ケープ、気をつけなさいよ」
「了解」
姉弟で嫌な予感を共有して外したことはない。
ほとんどの場合、姉貴はまだしも俺が割りに合わない目に遭うからな。
姉貴の忠告はまったくもって正しい。
氷花だの氷姫だの言われている姉貴と、ゴミだのクズ石だの折れた標識だの言われていた俺との差である。
折れた標識ってなんだよ!
思い出して、こめかみが引きつる。
「ああ良かった! クーラちゃん、忘れ物よ」
そんな俺たちの背に声をかける母親が一人。
今日も盛大な寝癖でございますね。
そして、手に持たれたソレは一体なんでございましょうか。
「はい! 迷惑かけちゃダメよ?」
どうして、ソレを笑顔で姉貴に渡してくるのでしょうか。
「お母さん……迷惑」
「さすが母さん、その思いやりに泣けてくるよ」
「えへんっ! 二人とも、いってらっしゃい!」
母親に嫌味など通用しないのは分かっている。が、俺も姉貴も、顔が引きつっていた。