第17話
「馬鹿正直に私服で来たのね」
「仕方ねえだろ。ほっといてくれ。服がないって知ってんだろ」
「ああ、構いませんよ! こちらが無理にお願いしたのですから」
姉貴はいいよな。何着ても、それこそ私服でもヤロウ共はドレスか何かと勘違いしてくれるし。
私服の俺はふてくされてもいいよな。椅子へ乱暴に背を預ける。
ここがどこかと言えば、香水屋イアロスと、花屋コワルトの家。つうか、屋敷。
フランはともかく、無関係の俺や姉貴を巻き込んで申し訳ないという詫びも兼ねて、夕食のお招きにあずかったってところだ。
全体的に落ち着いた色の部屋に、これまた豪華な円卓が置かれている。
俺の右には緊張しきりの友人、左に緊張の欠片も見せない姉貴。その隣に正気に返った香水屋と花屋が並んで座っている。
なるほど。こうして遺物から解放された香水屋と比べてみると、違いが分からない。あの冷酷な目はどこへ行った?
差と言えばせいぜい、弟の方が姉貴を熱心に見つめてるぐらいだろうか?
兄の方は、そんな弟を苦笑して見ている。その目が俺と合い、頭が下げられる。
「大変ご迷惑かけてすいません。まだ、手の痺れが取れないと聞いていますが」
「そうなんだよな……やっぱ石使って殴ったのが良くなかったのか?」
指摘されて痺れる手を開閉していると、姉貴のため息が聞こえてきた。
「弱いから逃げなさいとあれほど言ったでしょう」
確かにそうだが。
「あの状態で逃げられるほど、俺は強くない!」
「事実だけど、胸を張ることでもないわね」
「……ケープさんが、弱い、のですか?」
信じられないという香水屋の評価は嬉しいが。
即座に姉貴の凍てついた視線が向けられる。
「弱いわ。雑魚よ」
「おいっ? あのオヤジには勝ってるだろっ?」
つうか大衆の面前で雑魚とか言うなよっ? アンタの弟だぞっ?
「制御できない力で押し切るのが、勝利と言える?」
「勝ちゃあ……すんません」
鋭さを増した視線から顔を逸らす。俺としては不本意だが、仕方ない。
「ケープったら…いたっ」
「うっさい」
「何も言ってないのに」
クスクス笑うフランの腹を肘で突く。
口を尖らせた友人から顔を逸らし、再度香水屋に視線を戻す。
「で? 本当に詫びるためだけに俺たちを呼んだのか?」
「ええ、と言いたいところですが違います。今回の事態、お互い知らない、分からないことがあると思います。ですから…」
簡単に言うと、順を追って今回の流れを把握したい、ということだ。特段異論はない。飯も食えるし。
各々了承したことを確認し、香水屋はメイドを呼び出して食事を運ぶよう指示を出す。
「堅苦しくならないよう食事をしながら、と思いまして」
「美味しそう!」
「確かに」
即座に運ばれてきた皿に盛られた料理を見て、腹がなる。友人も目を輝かせてそれを食い入るように見つめる。
「コワルト、それでいいね?」
「……えっ? うん」
「まったく」
どうみても上の空な花屋。姉貴に固定されてる顔を見て、香水屋は再度苦笑して今度は姉貴へ頭を下げる。
「すいません、弟がコレで」
「いいえ。いつものことだから」
「いつも、ですか」
さらりと姉貴は言ってのけるが、下心満載な視線を受けて平然としてられる胆力は真似しようたって難しい。
それでいて、悪意や殺気には反応する。改めて思うが一体何者だ、この姉貴。
我ながら下らないことを考えている間に円卓に皿が並べられ、メイドたちが静かに退出していく。
湯気と匂いを、食べ物の匂いを放つ料理を示して、香水屋は微笑む。
「堅苦しいことは抜きにして、皆さん、どうぞ食べてください。ああ、弟のことは気にせず。ここ最近ずっとこの調子ですから」
「さりげなく酷いこと言うよな…」
だが、俺は遠慮なく前に置かれた皿へ手を伸ばす。同時に香水屋も手を伸ばす。
フランのやつは一瞬迷ったようだが、俺を見て倣う。
「早速だけど、いいかしら」
「はい。どうぞ」
「イアロスさん、貴方はどのような方法で遺跡の地下へ?」
姉貴は水が入ったグラスを手に、問いを投げる。
確かにそうだよな。入り口は俺が……魔物が破壊したんだが、それまでは完璧に偽装できていた。
「周囲にそれらしい仕掛けはなかったよな。まあ、俺はトレジャーハンターでもないから断言できないが」
「そうね。教授も徹底的に調査をかけたけど、仕掛けは一切なかったと断言していたわ」
「教授?」
と、これはフラン。俺も同じように疑問符を浮かべる。
姉貴は中身が凍りついたグラスをテーブルに置く。これは別に威圧でもなく、考え事をしているときの……癖だ。
「考古学、歴史を専門にしている教授が、奥様の友人にいるの。お嬢様の授業がてら、あの遺跡について訊ねたら、そう言われたのよ」
「専門と言いますと、アルキオ先生ですか?」
「生憎先生は王国へ出かけていて不在だったわ。私たちが話を聞いたのは、彼女の助手をしているルインス教授」
「ああ、あの方ですか」
二人で頷きあう。俺からすれば、あんな地味な遺跡を研究してる人間いるってことが驚きだ。
なんて思うが俺と友人は料理に集中している。いやあ、旨いのなんのって。食える時に食っとかないとな。
「教授が言うには、遺跡の石版には地下の存在が書かれているのに、その仕掛けがない。探知魔術も反応がないから不思議に思っていたそうよ」
「んでもさ、風は隠し通路を通って行ったぞ?」
本当に調査したのかよ、と言いたい。
「元々、あの遺跡は神殿だったそう。神聖な場所で魔術なんて野蛮な手段を取ことは想定してなかったのよ」
「そっすね」
地下を探せって言った人が、俺を突き放す。
答えは、と香水屋へ視線を向ける。
「箱を見つけた日、私は土壌を調べるためにあの遺跡にいました。もちろん、護衛もつけて」
「……あの、一番地味な花なのですが、中々繁殖が難しいので、兄さんに周辺の環境調査を頼んだのです」
おお、ようやく現世に戻ってきたか。花屋の言葉に、相似の顔が頷き返す。
「一通り調査をしてから、一人休憩がてら遺跡に入ったところ、地下への通路が開いていました」
「いやいやちょっと待て。なんだそれ」
話が飛びすぎじゃないか? 仕掛けをたまたま見つけてどうこうとかさ、あんだろ!
香水屋は頷いて続ける。
「私も驚きましたよ。何度か遺跡には足を運んでいたものの、今までそんなことはなかったので」
「貴方が入ったことで、仕掛けが作動したのかしら」
「さて。特段不審な音はしてなかったと思います。それに、音がしたならば護衛が気付きそうなものですが…」
イアロスも記憶が曖昧らしい。
隣で黙々と食べていたフランの腕を小突く。話は聞いていたらしく、動きを止めて俺を見てくる。
「どうしたの?」
「フラン、お前分かるか」
「僕にもちょっと。偶然、開錠の条件が揃ったんじゃないのかな? アルモスはどちらかと言うと月の影響を受けるから、そのせいかも」
「フランさん……気になっていたのですが、貴方、一体何者なんですか? 兄さん、いえ、アルモスは答えてくれなかったし…」
そりゃあ、気になるわな。ならば教えてやろう。
「フランだろ? コイツさ、道端で全裸でぶっ倒れてたんだよ」
「はい?」
「ケープっ! ち、ちがっ」
一瞬で過去を思い出した友人は、あの時のことを思い出した様子で必死に両手を振る。
不思議そうに首を傾げるコワルト。一方、兄の方は苦笑するだけ。どうやら、事情を知ってるみたいだな。
箱に乗っ取られてた時の記憶も残っているらしいし、当然か。
俺の言葉を受けた姉貴が眼鏡を直しながら付け加える。
「正確には、盛大な誤解をして家を勝手に飛び出したのよ」
「クーラまでっ? あ、でも…」
間違ってはいないけど、と語尾を濁す友人。
話についていけない花屋は、目をぱちくり。
「ええと、つまり?」
「悪い悪い。コイツの家は教会と交友があってな。だからその手の知識が無駄に豊富で、よくヘンなのに絡まれる。でもってお人よし過ぎてな、毎度巻き込まれる」
「で、でもっ! アルモスも別に」
コイツの言いたいことは分かる。だから、睨みつける。
「俺が、死に掛けたんだが?」
「そ、そうだけど……」
全く。本当に厄介な性格だな。
視線を彷徨わせ、躊躇う友人がある意味羨ましい。さて、遺跡の話だったか。
フランが落ち着いたらしいのを見て、香水屋が口を開く。
「コワルト、納得したかい?」
「あ、うん。ごめん」
「では続けるよ。本来なら、明らかな異常を前に一人で行くべきではないはずなのに、気付いたらあの部屋にいて……箱を手にとっていた」
何故か花屋が自分の手を見て顔を強張らせていた。今更あの遺物に乗っ取られる可能性に思い立ったのか?
と、フランが首を傾ける。
「僕はそれが不思議。アルモスの封印を破るなんて」
「そうね。再封印をした神官も、後で調査に入った教授も言っていたけれど、あの部屋自体、相当強固な封印装置らしいわ」
「はあ……でかい装置だな」
「兄さん、まさかその封印を破ったのですか?」
全員の視線を受けた当人は、困ったように頬を描く。
「私は、封印なんて感じなかったけれども。気付いたら、あの箱が手にあった、それだけです」
「ふうん。じゃあなんだ、偶然ってことか」
「アンタ、本気でそう思ってるの」
即座に突っ込まれた。本気だよ。
むっとして言い返す。
「違うのかよ」
「当然でしょう。偶然で解除される封印があってごらんなさい」
「そうだよケープ。僕……が見てきた限りでも、少なくとも封印を破れるほどの魔力を持ってないと解除できないよ」
フランに言われると腹立つが、反論できない。
「なら、誰かの陰謀……なわけないか」
「そうですね。あの遺跡に地下があるという話は知っていても、何があるのかを知っている人はいない、ですね」
思案する花屋のつぶやき。
「だな。ギルドの新入りをからかうための話って言われてるし」
「実際、ケープはそうやってからかってたからね」
「いいんだよ、俺は」
胸を張ってみせるが、姉貴の、無言の視線が痛い。
手を振っておく。
「考えたって無駄。どうせ神官や専門のやつらが調べるだろ」
「あんまり良くないけど」
不満げな友人は無視。
「俺らが考えて分かることじゃねえだろ」
「まあ、そうだけどさ」
「フラン、仕方ないけどケープの言う通り。調査結果を待ちなさい」
「……うん」
姉貴にまで言われ、フランは不承不承頷く。そのまま数秒動きを止め、彼は香水屋へ顔を向ける。
「あと不思議なのは、どうしてイアロスさんはアルモスに『喰われ』なかったのかってこと」
「ああ、魔力の増幅をする代わりに、記憶を食うって言ってたな」
だから、弟は兄の魔術を解除できなくなった、ということだ。
あの時アルモスの封印で、香水屋の記憶が欠如したら自分がどうにかするつもりだった。
隣に座る友人はそう言っていたらしいが、実際は記憶を喰われるどころか、喰い返してるとしか思えない復調ぶりだ。
おまけに、魔力も増強したらしい……弟共々。
もう、訳が分からん。そんな都合いいこと合ってたまるかっ! という心境だ。
「それも、私は答えられないのです。確かに箱を所有していた時、徐々に記憶が欠けていくのは感じていたのですが」
困惑ぎみな香水屋。後から箱のことを知って血の気が引いてたからな。
「意識はあったのね」
「ええ。とはいえ、ほとんど向こうにされるがままでしたが」
「兄さん……」
全く、辛気臭い。
「ま、被害者が俺たちでよかったじゃねえか。なあ」
「うん。僕は気にしてないし、ケープもイアロスさん殴ったから大丈いたっ?」
「おお、てがすべった」
まるで俺が暴力馬鹿みたいじゃねえか。
同時に突き刺さる横からの凍てつく視線はなかったことにしておく。
俺たちのやり取りにふ、と表情を和らげる香水屋。その目が俺に固定される。
「ん?」
「私から、お尋ねしてもいいですか?」
「なんだ?」
「ケープさん、貴方、本当にギルド職員なのですか?」
あまりにもな質問じゃねえか?
ずっこける俺に、姉貴が笑う。香水屋は誤解させたと慌てて言葉を重ねる。
「いえその、あの炎など、ギルドの受付の力では……それこそ」
「待った。それ言わないでくれ。俺も調子乗り過ぎた」
「…はい」
少しきつめに止めておく。あれは、我ながら軽率な行動だった。
それに後からの説教も凄かった。なにせ、姉貴のせいで腕が凍りかかったぐらいだ。それなのに、母親は普段の微笑を崩さない。
……まさか、腕が痺れてるのはそのせいじゃないだろうな?
「ケープは、弟は正真正銘ギルドの受付。初級から中級の依頼と、クレーム処理担当よ。ギルドの構成員ではないわ」
「そうそう。ケープじゃないと嫌だって言う人も多いんだよ。だから三日間、結構凄かったよ」
「マジで?」
「うん! ケラスさんがね」
「ああいい。アイツはどうでもいい」
幼馴染のアンナの犬として周知されている男を思い出し、即座にその顔へ拳を叩きつける。
「とにかく! 俺はただのギルド職員で、ただの受付だ」
「でも自分から喧嘩を買いにいくんだよね」
「弱いのに」
「うっさい! なんだよフランも姉貴も!」
喧嘩は売ってくるヤツが悪い! 俺は丁重なクレーム対処をしてるだけだ!
怒る俺を相手にもせず、姉貴が簡単な経過をまとめ、夕食会は和やかに……進んだ。




