第13話
「……プ! ケープっ!」
「うる、せぇ…」
頭を揺らすな! 頭が痛い! 横になっても目眩が酷いんだよ!
そんでもって、耳元で叫ぶな!
「ケープ! 良かった! 目が覚めた!」
「よくねえ……おいこら……この大馬鹿が…」
「ごっ、ごめん!」
「うるせえ、っての…」
薄目を開けて完全に覚醒する。途端、ものすごい濃度の匂いに頭がやられる。
部屋一面に花を敷き詰めたような、むせ返るほど強烈な匂い。
匂いを払おうと腕を動かせば、指先まで痺れを感じる。
舌打ちしつつ動かすのも億劫な腕を頭に持っていき、こめかみを押さえる。
「ってぇ……」
「大丈夫っ?」
「大声出すな……なんだよ、この匂い…」
「え、匂い?」
「…花の匂い」
横目で見ると、眼に痛い派手な椅子に腰掛けた友人は不思議そうに首を傾げてやがる。
平気そうな顔が大層腹立つ。
同時に、なるほどそういうことか、と理解する。
一瞬で意識が落ちる前のことを思い出し、あの蛇の勝ち誇った笑みが頭に浮かぶ。
「フラン……窓開けろ」
「う、うん」
ここがどこだか知らんが、友人は弾かれたように立ち上がり、窓を開く。外は恨めしいぐらいの晴天。陽光が目にまぶしすぎる。
この対処が合ってるのかは分からないが、効果が出ることを祈るしかない。
思うと同時、頭に鈍い痛みが走る。
「痛ぇ…」
「頭痛? ケープ大丈夫? 僕、治そうか?」
「止めとけ。この場所じゃあ……」
何度やっても『匂い』にやられる。
痺れる全身を動かし、体を起こす。目を閉じても、何をしても頭痛は酷くなる一方。
「毎度毎度毎度……」
「ごめんケープ……気をつけてって言うのが精一杯で…」
「ああいや……お前は関係ない…」
毎度毎度、自分の頭の無さに呆れると。
大丈夫だと思って、行動した俺自身に対しての不甲斐無さ。
他人を魅了するような効果がある香水を作れるならば、他人を拘束する匂いも作れるだろうに。
その可能性を捨て、直接的な力だけに気を取られていた俺の、完全なミスだ。自分ひとりでどうにか出来ると自惚れてた俺の、ミス。
ああ、ホント馬鹿馬鹿しいな!
一向に引かない匂いが、イラつきを加速させる。
…にしてもあの蛇! 閉鎖空間でコレを使うなっての!
イラつきもそのままに、友人へと視線を向ける。
「で? 今回は何をしろって?」
「ええっ? なんでそんなこと知ってるのっ?」
「話聞いた。つうか、ここどこだ? どれぐらい時間が経った?」
「え? え?」
何から答えればいいのか戸惑う友人。なあフラン、首を左右に回しても、答えはないからな?
痺れた腕をさすってみるが、治る気配はない。この匂が無くならない限り、痺れは取れないのか。
「まあいい。まず、ここはどこだ」
「ええと……その、グランスって知ってる?」
「知ってるも何もアイツにやられたんだよ! ってぇ…」
「ごごごごめんっ!」
怒鳴った途端、頭が殴られたように痛む。目をきつく瞑ると、すぐさま戸惑ったような声が振ってくる。
「だ、大丈夫? 本当に大丈夫?」
「いいから。で?」
「う、うん……その、イアロスの屋敷」
「次。今の時間は?」
「ええと…」
教えられた日時を知り、背筋が粟立つ。
あれ? 俺無断欠勤じゃね?
あの蛇っ!
俺の眼光に恐れをなしたか、友人は慌てて距離をとる。
「だ、大丈夫だよケープ! コワルトさんが連絡してくれたから!」
「コワルト……? ああ、花屋の弟だったか? お前が連絡したんじゃないのか?」
一転して温和な顔を思い浮かべる。姿かたちはほぼ同じなのに、内面は全く違うな。
いや待て。
アイツ、俺が倒れる直前に何て言ってたか?
腕を組む俺からフランは視線を逸らして、身を縮める。
「色々あってコワルトさんに頼んだんだけど……て、あれ? ケープ、彼のこと知ってるの?」
「……話したからな」
「ええっ?」
「私を逃さないだとか…」
「どうしたの?」
「困る…?」
「ケープ? どうしたの?」
俺を心配する声すら、思考の邪魔。
最大の邪魔である匂いのせいで、上手く考えがまとまらない。アイツ、確か…
と、何か掴みかけた頭に遠慮がちなノックの音が響いてくる。
「あ、はい」
慌てて立ち上がる友人の後姿を横目で見る。霧散する思考。ったく折角何か掴みかけたのに!
顔を動かしフランを睨みつける。そんな当人は扉をかすかに開けて二言三言、外の人間と交わす。
そして、俺をちらと見てくる。なんだよ。
ためらいの表情を浮かべる友人の後ろから、人影が。
「えっとね、ケープ…」
「…失礼します」
「ああ、弟の方か」
「ケープ、その、コワルトさんは助けてくれたんだよ」
「ああ、分かってる」
あれか? 香水屋に似てるからって、俺がぶん殴りに行くとでも?
そこまではしねえよ。
温和な表情を歪ませ、双子の弟、コワルトは部屋に入ってくる。
ちらりと開けられた窓を見て、顔を曇らせる。ああ、やっぱ駄目なのか。
俺の状態を理解してるはずなのに、やけに無防備…
「なるほど。アンタも平気なんだな」
「はい。私には…効かないので」
「きく?」
なんのこっちゃと首を傾げる友人。お前には効かないからな。分かっているが、腹立つ。
腕をさすりながら、事情を知っているだろう弟へ視線を向ける。
「これ、やっぱアイツの魔術なのか?」
「はい。匂いで他人を操る、そういった魔術です。その、フランさんに効かな理由はよく分かりませんが」
まあ不思議だろう。俺には効果あるのにな。
だから、友人の肩を痺れた腕で叩く。何事かと振り返るフランの顔を指差して言う。
「そりゃ気にしないでくれ。コイツの体質だから」
「あれ? もしかしてケープ、魔術にやられてたのっ?」
「……気付くのが遅いんだよ」
こっちは今でも花の、むせ返る匂いにやられてんのに。ああ、頭が痛い。
驚きつつも心配そうに俺を見てくる友人。その肩越しにコワルトが入ってきた扉を見る。
「なあ、部屋からでれば治るか?」
「無理ですね。この魔術は貴方に対してかけられているので、付いてきます」
「ついて……いらねえよ、こんなん」
手を振り、取れない匂いに顔をしかめる。
ったく、厄介なのに取り憑かれたもんだ。
悔恨からか、俺から視線を逸らすコワルトへ問いを続ける。
「解除方法は?」
「すいません……ありません」
一々申し訳なさそうに頭を下げる花屋。まったく、辛気臭い。
「謝るなって。やったのは香水屋の方だろうが」
「ですが、兄さんのせいでご迷惑を…」
「そういうの面倒だから止めろって」
まだ何か言いかけるコワルトを手で制する。代わりに、フランが手を伸ばしてくる。
「ケープ、やっぱ僕が治そうか?」
「お前もな、無理だと言っただろうが。同じことの繰り返しになるだけだ」
「あいたっ。ひどいよ、ケープ」
理解力のない友人の腕を払う。
不満そうに口を尖らせるフラン。友人の後ろに立っていたコワルトが眉を寄せる。
「しばらく前までは、私が解除できたんですけど……」
「あの箱か…ああくそっ、頭が……くそ…」
「箱?」
「白い箱。遺物。アレがねえと寂しいんだと。フラン、お前、分かってただろ」
ああ駄目だ……
目眩がひどくなる。気を抜くと、倒れそうになる。
考えれば、この匂いに取り付かれてる限り、匂いを取り込み続けるわけだからな。事態は際限なく悪化していくに決まってる。
「箱と引き離せ。取り憑かれてる」
「ケープっ? 本当に大丈夫? 顔色悪いよ」
「多分姉貴が知ってる。姉貴の場所はコイツが知ってる」
「あの……?」
痺れる腕を動かし、緑色の魔鉱石をコワルトに握らせる。その動作だけで、体がふらついて仕方ない。
腕すら、自分のものかと思うほど、重くなってやがる。
「これは?」
「渡せば分かる」
「え?」
「ロクな目に合わねえな……」
「ケープっ?」
喋るのも、つらい。言いたいことは言ったはず。
開くのも億劫だった目を閉じれば、一層強くなる頭痛と目眩。これはさすがに、ヤバそうだな…
半ば自棄でベッドに身をゆだねる。ったく、あのヤロウ、少しは加減しやがれ!
くそっ……覚えてろよ…………




