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全国へ

 どんなに嫌だな嫌だなと思っていても、夜が過ぎれば朝は訪れます。私たち宮床中バレー部は東海大会の二日目を開催地である静岡県で迎えることが出来ました。それは本当に喜ばしい事なんです。しかし今日行われる試合の事を考えるとうきうきしてばかりではいられません。日本の夜明けとか言ってふざけていられた昨日は何と幸せだった事か。


「さあ、いよいよね。戦略は事前の通り。怪我をしないように頑張りましょう」

「おう!」


 率直に言ってこんなやり口はどうなんだろうとは思います。しかし、私だって出来るなら全国大会に出たいのはそうですし、今のレギュラーメンバーで誰か怪我するような事態になったらそれも叶わなくなるのです。人数としては控えの選手もいますが、戦力としてどうかという視点で考えると私たちは六人だけで戦っているのと同じなのですから。何かを決断すれば何かを手放す事になる。どうせ傷になるなら未知の傷を負うほうがましなのではないでしょうか。


「さあ来るわよ! 皆相手の攻撃をよく見ておくのよ!」

「任せて!」


 試合序盤は相手の力を図るために能動的なプレーを控えめにしました。富士二中は柚木さんという素晴らしいアタッカーがいますが、決して柚木さんだけのチームではありません。柚木さん以外の選手も他の中学校に行けばエースになっていたのではないかという素晴らしい肉体と技量を誇っていますから。


 しかし私たちも武智さんの課した練習とこれまでの戦いによって実力は増しています。富士二中の選手たちが次々と繰り出すスパイクはまったくもって鋭いものでしたが、私たちは三上さんを中心によっぽど厳しいもの以外は大体受け止める事が可能なまでに力をつけていたのです。


 一方、私たちのオフェンスに関してはこの夏で最悪と言えるほどに決まりませんでした。攻撃の際、基本的に私たちが頼るのは辻原さんです。しかしその辻原さんは私たちの中で一番慎重に相手の動きを見極めて力をセーブしているからです。


 向こうの攻撃の要である柚木さんも序盤はエンジンがかからないタイプ。それゆえに、お互いディフェンスは破綻なくこなすのですがいざオフェンスとなると決め手が不足して、結果的にラリーが長く続くという展開に陥りました。しかし最後の部分では勝利を渇望する心が強い富士二中がポイントを奪う事が多く、第一セットは12対25で落としました。柚木さんの得点は三点ぐらいでしたが、辻原さんも二点ぐらいしか決めていませんでした。


「まずはこんなもんでしょうね。さて、次のセットは、あっ、あれを見て! ほら、向こうのベンチ!」

「あらまあ。でもまあそうなるわね」


 第二セット、コートに散らばった富士二中のメンバー六人の中に柚木さんはいませんでした。「この程度の力量しかない相手にうちのエースを使う必要なし」と判断されたのでしょう。あるいは柚木さん自身が「このような茶番に付き合わせないで」とでも主張したのかも知れません。第一セットの序盤は私たちを見極めるように鋭い視線を送っていたものが、しだいに目力が弱まり、最後には何かを悟ったかのような無表情になっていましたから。


「どうやってここまで勝ち進んだのか知らないがまったく面白味のない相手。この程度のチームを相手に貴重なスタミナと集中力を浪費するほど愚かな事はないわ。私は決勝戦に備えるから後はあなたたち、頼むわね」


 腕を組み、目を細めてベンチに座る柚木さんの態度はまるでこう言わんばかりでした。完全に私たちは見下されているのです。まあ仕方ない事ですが。もし私たちがこの試合の私たちと対戦してもきっと侮ってしまうでしょう。それほどに低調な内容、勝てる気配が皆無な戦いを繰り広げていました。


 さて、第二セットは相変わらず辻原さんはそのオフェンス能力をほとんどセーブしていました。辻原さん以外の手も今はないでもないのですが、今日の試合では見せる意味がないので実質は辻原さんのあまり決まらないスパイクが私たち唯一の攻撃手段となっているのです。時々いいところに決まるのですが、基本的には相手のレシーバーがしっかり対応できる場所にスパイクを打ち込むのでちっきり受け止められるのです。


 第二セットの序盤も基本的には第一セットと同じ流れのまま進行しました。二回目のタイムアウトを終えて10対16で私たちがリードされている展開。相手はこのままさっさと勝利を決めようというムードが高まっています。


「作戦を代える気はないけど、このまま負けるのも癪ね」

「確かに。結果的にはそうなるとしても少しぐらいは爪痕を残してもいいんじゃないって思うわ」


 園山さんや斉藤さんはこう言っていましたが、気持ちの上では私も同じでした。今は問題の柚木さんもいないんだし、それならちょっとぐらい全力を出してもいいのではと言いかけましたが、その前に辻原さんが口を開きました。


「あくまでもこのペースを保たないといけないわ。皆の気持ちは分かるわ。私も出来るならそうしたい。でも今はもう少しだけ耐えてほしいんです。お願いします。たまっているものはあると分かっていますが、それは次の試合に全部ぶつけてほしいんです」


 こうも面と向かってお願いされるとなかなか反対もしにくくなります。結局第二セットは19対25で富士二中が制し、試合は終了しました。これまで負けたことは数多くありましたが、その中でも最高クラスにじれったくて嫌な、二度と繰り返したくない敗戦でした。春みたいに力が足りずに負けたほうがまだすっきりします。


「お疲れ様でした。決勝戦も頑張ってください」


 試合後、引き上げていく柚木さんに声をかけましたが冷たく白い目線とため息を一つ送られただけでした。随分と失望されてしまったみたいです。まあ自業自得ですが、寒さが身に染みる光景でした。夏なのに、心は底冷えします。


 さて、三位決定戦の相手は岐阜県代表の輪成中に決まりました。ちなみに決勝戦は富士二中と明王台です。やっぱり明王台は強かったのねとなぜか安心する私がいましたが、今は他人よりも自分たちの事に集中しようとすぐに心を切り替えました。この試合は絶対に落とせない。前の試合がご覧の有様だったからこそ、なおさら勝利という結果を残さないと情けないですから。


「皆色々思うところはあると思うけど、とにかくこの試合だけは絶対に、絶対に勝たなければいけない試合よ! これが最後の試合になってたまるものですか。勝利だけを求めてひたすらに全力で、精一杯戦い抜きましょう!」

「おう!」


 試合前の声かけもいつもより気合が入りました。稀代の策士となるか、はたまた世にも哀れなピエロが爆誕するかはこの一戦の結果次第ですから。そんな大事な試合に臨むメンバーはまあいつもの通りです。準決勝含めて、これ以外のメンバーは考えられません。だからこそ、辻原さんに言われなくたって私だってもっとこのメンバーでバレーを続けたいんです。


BR 6 柳

FR 1 天沼

FC 2 園山

FL 7 辻原

BL 4 斉藤

BC 3 三上


「サーブ頼むわよ! 柳さん」

「任せて! おりゃあ!!」


 凄まじく気合の入っている柳さんの無回転サーブが次々と相手コート内を突き刺しまくりました。それにしてもこの気合の入り方は尋常ではありません。だって「おりゃあ!!」ですよ「おりゃあ!!」。今までは「それっ!」とかそんな感じだったのに。この試合に賭ける私たちの意気込みを代弁しているかのようでした。


「さあ来るわよ! でやあっ!!」

「通してきたか。レシーブは任せて!」

「これは私が行くわ! それっ!」


 気合十分なのは柳さんだけでなく、園山さんも三上さんも、斉藤さんでさえも同じ事でした。とにかく声の出方が今までより大きくなり、プレーも荒々しいほどにガッツが溢れていました。一事が万事、この試合において私たちは異常なまでに気迫を前面に押し出しており、相手はそれに呑まれたようにミスを連発した結果、第一セットは25対16と大きく差をつけて私たちが奪いました。


「ふうっ、いい調子ね。さすがに前の試合があんなだっただけの事はあるわ!」

「ええ、このまま一気に押しまくってさっさと決めましょう!」


 ベンチでも皆は野心的な笑顔を剥き出しにして、テンション高く威勢のいい発言を連発していました。しかし私が気がかりだったのは、皆があまりにも前のめりになりすぎなのではという懸念でした。確かにこのセットに関しては押せ押せのいい流れで勝つことが出来ました。しかしそれゆえに、私たち本来のペース以上のものが出ているように感じられたのです。


 ベンチでの会話も普段より息が弾んでいるようでした。すでに一試合をこなした後だから、というだけが理由ではないようです。前の試合でたまっていた鬱憤をこの試合で晴らそうという思いが爆発的な展開を生みましたが、その後に来るのは疲労と言う名の反動です。果たして、第二セットでは私たちの勢いは影を潜め、輪成中ペースで試合は展開していきました。


「はあ、はあ、おかしいな。レシーブできないボールじゃなかったのに」

「ドンマイよ三上さん! 次をきっちり行きましょう!」

「分かってるわ」


 返事は頼もしいもののその声は第一セットで見せたエナジーの半分も出ていませんでした。それは三上さんだけでなく、柳さんもかなり疲労が肉体を侵しているようで、本来得意なはずだったサーブをネットに当ててしまうというミスを犯してしまいました。


「何かがおかしい」

「こんなはずじゃないのにうまくいかない」


 私たちのコート内は疑念によって支配されていました。私はたまらずタイムアウトを要求しましたが、この時点で8対13とリードを許す展開となっていたのです。


「はあ、はあ、結構強いわね向こうも」

「そりゃあここまで来たチームですもの。くっ、それにしてもこのセットは体がうまく動いてくれないわ」


 肉体的な疲労はもちろんですが、「本来ならリードしている予定だったのに逆にリードを許してしまっている」という精神的なマイナスから来る疲労もたまりつつあるようでした。柳さんなど一言も言葉を発せず、胃が痛そうな顔でひっそりと立っているだけでした。


「皆随分と疲労がたまっているわ。第三セットまで突入すると不利なのは私たちね。ならば、何としてもこのセットをものにする必要があるわ。それにはオフェンスあるのみよ!」


 負のスパイラルに陥りそうだった私たちを救ったのはやはり辻原さんの高声でした。その意図は明確で、つまり「私にボールを集めて」という話です。


「そうね辻原さん。こうなったら攻めるしかないわね!」

「もう私たちは背水の陣。もう開き直って全力でやるしかないわ!」

「とにかく辻原さんにボールを集めるのよ! 辻原さんなら何とかしてくれるわ!」


 今さっきまで参ったような表情だった皆も一様に力強さを取り戻しました。チームで一番うまくて一番頼りになるのは辻原さんですから、彼女の言葉こそが私たち宮床中バレー部にとっては元気を回復させる最高の特効薬なのです。そしてその心は私も同じでした。ただでさえ技量は圧倒的ですし、辻原さん自身もこのような場面ではより集中力が研ぎ澄まされるようで、ただでさえ高いプレーの質が爆発的に高まるのですから、これはもう辻原さんを信じないほうが嘘です。


「さあ行くわよ! 持っている力をすべて振り絞るつもりで攻めまくって、最後には何としても勝つのよ!」

「おう!」


 試合再開以降、私たちはこの第二セットにおいて失っていた迫力あるバレーを取り戻しました。しかしそれは第一セットのようにただ強引なだけでなく、確かな信頼と「多少の失点は覚悟の上。攻めて攻めて攻めまくって、そして勝つ」という明確なコンセプトの下で繰り出される、辻原さんを中心とした攻撃システムがうまく機能したゆえの迫力でした。


 相手のボールはとにかく受け止める。そしてボールは私を経て辻原さんというパターンが基本ですが、辻原さんの技量は高いのでトスがずれたり、あるいはレシーブからいきなりスパイクに持ち込むという荒業でもきちんと形になるのです。ジャンプ力も一撃のパワーも、コートの中ではトップなので「本気で攻撃する」と決意すればそれを止められる人間はここにはいませんでした。


 こうして私たちはジリジリと点差を縮めていきましたが相手もさるもの、辻原さんのように飛びぬけた選手はいないものの全員がよくまとまったバレーを展開して粘り強く対抗してきました。そして点差は24対24のデュースとなりました。ここから連続で得点を奪ったチームがこの第二セットは勝利となります。サーブは向こう、輪成中が打ってきます。


「さあ、来るところまで来たわよ! ここまで来たら心の勝負よ。勝ちたいと思う心、攻めきるという決意が強いほうが勝つわ!」

「もちろんよ! 絶対に全国に出てやるんだから!」

「さあ来なさい輪成中! どんなボールもレシーブしてみせる!」

「石にかじりついても次のボールだけは絶対に私たちのものにしてみせるわ!」

「友里ちゃんさえいれば絶対に勝てる! だからとにかく友里ちゃんに回せば」


 園山さんも三上さんも斉藤さんも柳さんも、そしてもちろん私も必死です。「輪成中何するものぞ」とばかりに闘志をネットの向こうへと放出しており、しかしそれは向こうも同じでした。「この試合に勝てば全国。負けてたまるものですか」と言う闘志全開で私たちを睨みつけています。コート内では見えない炎が燃え盛っている中、サーブは放たれました。


「私か、いや柳さん!」


 相手の左腕から放たれたサーブはこちらのコート正面付近に落ちると思いきや、直前に大きくカーブして左隅をえぐってきました。急な変化だったので逆を突かれた形になりましたが、柳さんは横っ飛びしてボールに食らいつき、レシーブに成功しました。その瞬間、私と目が合いました。「頼みます、キャプテン」と聞こえた気がしましたが、それ以降はまるで静かになり、体育館の喧騒とは無縁の世界に迷い込んだようでした。


 しかし私のなすべき仕事はただ一つ。辻原さんへのトスです。音が聞こえなくなったのはこれ幸い、余計な事を考えずにただ正確にトスを上げようとして、それをこなしました。耳に再び喧騒が届いた頃には、既に辻原さんが強烈なスパイクを相手コート内に叩き込んだ後でした。


「よっしゃ後一点!」

「まだまだ最後まで集中して行こう!」


 仲間たちの威勢のいい声は右斜め後ろの一点に集中されています。そこに立つのは私たちのエース辻原さんでした。セットポイントの局面、ローテーションで巡ってきたサーバーはまさに辻原さんその人だったからです。


「頼むわ辻原さん。ここで、何としてもここで決めて」


 私が搾り出した声はキャプテンが部員に送る指示や激励ではなく、もはや祈りでしかありませんでした。この声は辻原さんに届いていたのでしょうか。いえ、声自体はあまりに小さすぎて届かなかったかも知れませんが言葉にこめた想いだけは確実に届いていたと断言できます。サーブを打つ直前、辻原さんは口元を小さく釣り上げながらボールを上空へ投じました。


 無言のまま、そのしなやかな左腕から繰り出された軌跡は大きな弧を描いてネットを飛び越えました。そしていざ落下の瞬間、乱気流に呑まれた様に激しく揺れ始めて受け止めるべく差し出された数多の両腕をすり抜けて地上を打ち付けました。柳さん得意の無回転サーブをいつの間にか辻原さんもマスターしていたのです。


「決まった……」


 試合終了のホイッスルが館内にこだました瞬間、私は全身から力が抜けるのを感じました。自分の荒い呼吸の音しか耳に響きません。とにかく落ち着こうと一度目を閉じて大きく息を吐いたら、ようやく世界が元の次元に戻りました。そこに広がっていたのは敵味方問わずコートに倒れ伏した、まるで戦場のような光景でした。私の膝も硬い体育館の床をしたたかに打ちつけていましたが、最後の理性を振り絞ってどうにか立ち上がりました。


「さあ、整列よ柳さん。園山さんも、さあ、立って」

「はわわ、わかりました……」

「動けないわ…… 疲れすぎた……」


 私も随分疲れました。しかしそれでも私はキャプテンですからね、最後までキャプテンらしく振舞おう義務があるのです。それまでコート上でうずくまっていた園山さんや柳さんは体と心が分離したような覚束ない足取りながらもどうにかエンドライン上に並んだものの、最後の挨拶も意気込みとは裏腹にほとんど声が出ていませんでした。


「おめでとう宮床中。あなたたちの気迫に負けたわ」

「ありがとう。このセットを取れなかったら、きっと逆の結果になっていたわ。それに、うぐっ、くはっ!」


 本当は用意していた言葉もあったのですがうまく呼吸が出来ずに、咳き込んだりしているうちに結局言葉も流れてしまいました。向こうのキャプテンに「大丈夫?」と心配されるなどどうにも締まらない結末でしたが、ともかく私たちは全国への切符を手にしたのです。それを実感したのはコートから姿を消した後でしたが。


 嬉しいとか悔しいとかの前にとにかく疲れました。肉体的な疲労なら仕方ないのですが、今回に関してはどちらかと言うと精神的な疲労のほうが大きかったように思えます。どうせ頭もそんなに良くないんだし、慣れない策略は使うもんじゃないと改めて思いました。

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