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プラズマサーブ

 全日本中学校バレーボール選手権大会において決勝トーナメントの一回戦を突破した私たち宮床中バレー部。二回戦における私たちの対戦相手は私たちが県大会決勝で敗れた明王台を下した鹿児島県の東霧島中に決まりました。


「上別府さんのサーブには気をつけてね」


 明王台のキャプテンである藤尾さんは敗者として会場から立ち去る前にこのような言葉を私に授けてくれました。東霧島中バレー部のゼッケンナンバー1上別府千賀子さんが繰り出すサーブについて藤尾さんからもう少し詳しく問ってみたところ快く教えていただきました。しかしその内容はまるで奇妙なものでした。


「決して止められないボールだと思っていたし実際レシーブのためにボールの下へ潜り込むのは容易だったわ。でも、レシーブした瞬間両腕に電撃が走った感覚がしたの」

「電撃が走ったような!?」

「ええ。あれは普通のサーブとは何かが違っているはずよ。そうでなければ私だってこうはならなかったわ」


 そう言ってかざされた藤尾さんの両手首にまかれた包帯の白さとよく焼けた腕との残酷なコントラストは目に付き刺さって離れませんでした。彼女ほどの実力者の両腕にプラズマを走らせた上別府さんの殺人的サーブとは一体何なのでしょうか。言葉では全てを理解できそうにありません。試合前、コートで体を動かしていてもその事ばかりが気になって仕方ありませんでした。


「まあ大丈夫よ! どんな凄いサーブって言っても虎とか蛇とか出てくるわけじゃないんだから!」

「そうよキャプテン。一回戦は順調に行けたし、私たちだってしっかり強くなってるんだから」


 不甲斐ないキャプテンの姿を見かねて園山さんや三上さんが励ましてくれました。特にこの二人は一回戦を突破したことでかなりテンションが高まっている様子でした。


「それでも相手はあの明王台を破ったチームですからねえ。私は、正直ちょっと不安です」

「柳さんもそう思う? 私もよ。藤尾さんが負傷退場したって言うけど、私たちの選手層でそういう怪我人が出ると……」

「そうね。私たちの誰かが欠けたら相当まずいものね。そうなるとレシーバーである私の活躍が大事になるって所かしら」

「そりゃまあね、期待してるわよ加恋!」

「任せなさい! 大船に乗った気分でいてもいいのよ。でもまあうちで一番大事なのは辻原さんだから、最後はそこに至るわけだし頑張ってよ!」

「ええ、もちろん」


 自信を持っている部員も、不安に感じている部員もいます。でもそんな一人ひとりがチームとして団結している事だけは間違いありません。「それは私のキャプテンシーゆえだ」なんて言えたらそれはもう格好いいですけど、さすがにそれを言うと詐欺で訴えられかねませんね。でも「キャプテンは頼りないから私が頑張らないと」という形で団結できているとしたら、それはそれで私の存在意義もあるというものです。


 さて、対する東霧島中のユニフォームは黒を基調に袖の淵や襟、それに学校名やゼッケンナンバーが黄色という精悍なデザインでした。そしてキャプテンであり強烈なプラズマサーブを放つ上別府さんはこのユニフォームに負けないほどきりりとした、いかにもアスリートらしい見た目の人物でした。


 耳がはっきりと露出した短髪は私とちょっとだけ似ています。でも私の前髪はそれなりにおでこを隠しているのに上別府さんはそういうのもなくてさっぱりと爽やかです。そして肌の色は私よりもはっきりと濃くて眉毛もきりりと太く、ぱっちりとした二重まぶたや右唇を常に釣り上げているような不敵な表情も合わさって少年のようにも感じられました。


 私も灯君から「笙ちゃんは顔も名前も男子っぽいから」などと冷やかされる事はありますが、それでも私の顔写真を見せて「これは男か女か」と問えば九割以上が正答してくれるはずです。でも上別府さんで同じ事をするとおそらく五分五分に割れるのではないでしょうか。「なでしこジャパンにいそうな顔」とは褒めている内に入るのでしょうか、まあそんな感じの顔です。いや、凄い整っていて格好いいと思いますよ。決して不細工ではありません。ただ性別不明なだけで。


「おお、あんたがミヤユカのキャプテンけ?」


 そんなどうでもいい事をうにゃうにゃと考えていたらいきなり上別府さんから声をかけられました。ビリビリと響く低音、この声からしても何と申しましょうか、「男指数」みたいなものが私とは格段に違うと思い知らされます。


 しかも私たちの学校名を読み違えています。まあ床で「とこ」と読ませるのはちょっと特殊と言えるかもしれませんし、そこは仕方ないんです。そういえば鹿児島では上別府の読みが「かみべっぷ」じゃなくて「うえんびゅう」って読む人もいるらしいです。今目の前にいる人は幸いにも前者ですが、後者の人に出会ったら正直勝てる気がしません。


 だからつまり何が言いたいかと言うと、人名や地名なんてところ変われば正しく読まれないのが当然なんですよね。だからいっそ佐藤とか井上とかで良かったなって思う事もあります。大体井上、表面上は現れない「の」を大体読んでくれますよね。それがうらやましいのです。まあ少数存在するという「いのえ」さんとか「いがみ」さんは災難ですが。


 話が脱線しすぎました。とにかく、上別府さんには悪意がないわけだし、あんまり邪険に扱うのはちょっと大人気ないので、挨拶を返しつつさりげなく訂正してみました。


「あ、はい。私が宮床中バレー部キャプテンの天沼です。今日はよろしくお願いします」

「へえ、ミヤトコって読むんけ? そやすんもはんやった! あたいは東霧島中バレー部キャプテンの上別府千賀子。それにしても、今回は三重県とばっかい当たるけどまたうちらが勝つよ! まあ、よろしゅう!」


 上別府さんは見た目と同じくその心も爽やかで器が大きないかにもスポーツ少女らしい好人物であるようです。しかもあの明王台を破った実力者。握手の圧力がやけに強かったのですがこれも悪意あってのものとは感じられず、逆にいい意味でのプレッシャーが私の心に張りを与えてくれました。北関東のあそことは違ってスポーツらしい試合が期待できそうです。


 それと、上別府さんの鹿児島弁だと思いますが初めて聞いた言い回しなんかもあったので、特に台詞に関しては私の知識を総動員しても追いつかず、ネイティブな方にとっては「こんな喋り方するはずがない!」と怒られても仕方ないような表記となっているかも知れませんがご了承ください。もっと具体的に言うとこんなサイトがありまして(http://homepage1.nifty.com/kfb02750/trans.htm)、まあそういう事です。


 さて、話を戻すと私たちのメンバーは、まあ例によって例の如くですが以下の通りです。


BR 6 柳

FR 1 天沼

FC 2 園山

FL 7 辻原

BL 4 斉藤

BC 3 三上


「相手は明王台を破ったほどの相手。明王台にはどうにも勝ち逃げされたみたいで癪だけど、ここで勝てば上に立ったも同じだから、何としても勝って菩提を弔いましょう!」

「おう!」


 サーブはこちらからなので、柳さんの無回転サーブが試合開始と同時にうなりをあげていきなり私たちが先制しました。上別府さんは一瞬驚いた顔になりましたがまたすぐ平然を取り戻してこのように声を張り上げました。


「なるほど、こげなに曲がればそれは得点になんのも分かるわ。こんサーブはあたいに任せらんや!」


 そして柳さん二回目のサーブは一回目と変わらないほど大きく変化しましたが「右じゃろ!」という叫び声とともに素早くボールの下に入った上別府さんによって見事にカットされました。まるでコースを的確に読んでいたような無駄のない動き! それからはうまくスパイクまで持って行かれ、1対1となりました。さらに次のプレーにおいては上別府さん自らがスパイクを放ちましたが本人の気質と同じく真っ直ぐで力強いものでした。


「さすがね上別府さん。レシーブもスパイクも一流クラスね。その上でさらに定評があるサーブはどれほどのものになるのかしら」


 辻原さんが思わずこのような独り言をつぶやくほどに、上別府さんのクオリティは高いものでした。また上別府さん以外の選手に関しては守備はちょっと下手ですが攻めるプレーに関してはかなりのものでした。特にサーブは、噂のプラズマサーブではないもののかなり威力のあるものを全員が打ってくるので、その対応にスタミナの多くが配分されました。


 そして第一セットは14対10で私たちがリードという局面にて、私たちのサーブを東霧島中がうまく受け止めてから最後は上別府さんのスパイクで得点を奪いました。ここでローテーションが回った結果、ついに上別府さんがサーバーとなりました。


「いよいよ来るわね。藤尾さんの両腕を傷つけたサーブが」


 私たち十二の瞳に照らされた上別府さんは、しかしそれまでと同様の自信に満ち溢れた笑みを浮かべたままボールを高く放り上げつつ助走し、高くジャンプしたその最高地点において落下するボールを右手で捕らえました。「はああっ!!」というワイルドな叫び声とともに放たれたサーブは威力だけで言うと片桐さんのものより対応しやすく思えました。


「来たわよ! 柳さん!」

「はい! でもこの威力なら、ああっ!?」


 何と、腰を落として完全にレシーブの体勢に入っていた柳さんの腕がボールを受けきれなかったのです。狙いとは異なる方向へ跳ね返った結果、ボールは柳さんのあご付近に直撃したのです。「な、なぜこんな事に」という驚きの表情が張り付いたまま柳さんは背中からゆっくりとコートへ沈んで行きました。


「柳さん! 柳さん大丈夫!?」

「うぐぅ、完全に捕らえたはずなのにこんなミスしちゃうなんて。これは我ながらちょっと情けないです……」

「何が起こったの?」

「うう、このサーブ絶対変な変化してますよ! ミスの言い訳とかじゃなくて本当です! 単なるサーブじゃないって明王台の人が言ってましたけどまったくその通りで!!」

「うん、まあ元気なのはいい事ね。ところで試合は出られそう?」

「もちろん! まだまだこの柳知佳十三歳、元気溌剌ですよ!」


 ダメージ自体はかなり軽そうなので何よりですが、柳さんの言うところの「変な変化」というのが今回のレシーブミスを誘発し、そしておそらく藤尾さんの怪我もそれが原因なのでしょう。上別府さんは相変わらず不敵な笑みを浮かべています。その余裕綽々な態度は「あんまりダメージを与えられなかったな。今度は誰を狙おうか」と品定めしているようにさえ私には映りました。そして笛が鳴ると、またしてもジャンプしながらのサーブを放ってきたのです。


「くっ、また来るわ!」

「ええい、今度は私が!」

「三上さん!」

「な、何!? これは、ああっ!!」


 レシーブの名人である三上さんも柳さんと同じ運命をたどりました。しかも三上さんの場合は当たり所が悪かったようで一時的な脳震盪状態となってしまいました。千鳥足でベンチに戻った三上さん。これが決定的な引き金となって私たちは東霧島中の猛烈な攻撃を受けきれず、第一セットは17対25で落としてしまいました。


「聞きしに勝る威力だわ。上別府さんのサーブは」

「本当ね。途中からは完全に翻弄されてしまったわ。ところで三上さんは大丈夫?」

「私はもう大丈夫よ。本当に一時的にダウンしてただけだから。お医者さんの先生もいけるって」

「そう。それなら良かったわ」

「でも第二セットもあれを受けないといけないと思うと、憂鬱ね……」


 選手の実力を鑑みてもレギュラー六人の誰かが欠けるととたんにこのような結果になるのは目に見えていた事です。今回の被害者は柳さんも三上さんも無事に終わったので明王台なんかと比べるとまだましでした。藤尾さんのような深刻な怪我をしてしまうとそこで実質試合終了ですから。実際第一セット後半の体たらくは「これ以上傷を負ったら戦えなくなる」という恐怖があったゆえという部分は否定できませんし。


「そう言えば三上さん、上別府さんのサーブについて分かることはない?」

「ええ、あれはこの目ではっきりと見たわ。あれははっきりと見えないのよ!」


 辻原さんの問いかけに対して三上さんは真剣な表情でこのように熱弁しましたが私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになりました。それは園山さんや斉藤さんも同じでしたが柳さんだけは「そうよ、そうなのよ」とでも言わんばかりに深くうなずいていました。


「えっと、つまりどういう事?」

「つまりあれでしょう。よく見ようとした結果よく見えなかったって言う」

「柳さんもそうだった? うーん、うまい言葉がなかなか見つからないけど本当にそれなのよね」

「もしかしてボールが揺れて見えたんですか?」

「あっ、そう言えば良かったんだ! やっぱり辻原さんは理解早いわね!」

「そうそうそれですよ! 私も最初からそう言いたかったんです!」


 私と園山さん、それに斉藤さんは「それなら最初から『揺れる』とか『ぶれる』とか言えば良かったのに」と内心で突っ込みましたが、やっぱり感覚的なものを分かりやすい言葉で表現するのは難しいですからね。最初はまだ脳にダメージが残っているのかと心配しましたが、辻原さんが通訳としても優秀なので助かりました。


「でも本当にぶれてるの? 私にはそう見えなかったけど? そうでしょう園山さんも?」

「そうそう。傍目からは単なるミスに見えたんだけどそうじゃなかったのね」

「おそらく一目見ただけでは分からないほどに小さな揺れなんでしょう。しかし確かに変化が加わっているので普通のサーブと同じように受けようとすると位置がずれてダメージになる。おそらくはそういう原理のはずです」


 辻原さんの理論的な解説のお陰でプラズマサーブを直接受けていない私でも原理はよく理解できました。確かに本来のポイントを外して受けると痛いですからね。それに加えて藤尾さんはなまじ技術が正確すぎたせいで正しいポイントを外した際の痛みが倍増したのでしょう。第一セットに関しても、柳さんより三上さんのほうがレシーブが上手だからこそ三上さんのほうがダメージが大きかったのはそういう理屈だったのです。


「なるほどねえ。しかしそうなるとどう対応すればいいのさ」

「まず基本的には上別府さんがサーブしていない時に出来るだけリードを広げましょう。そしてあのサーブは私に任せてください。数発ぐらいなら耐えて見せます!」


 やはり最後は困った時の辻原さん頼みとなってしまうのでしょうか。結局それが私たちにとって一番説得力のある作戦であるのはその通りなのですが、あまりに辻原さんばかりに負担を強いるのはキャプテンとしても看過できません。それにちょっとした考えもあり、私はあえて辻原さんに逆らってみました。


「待って辻原さん。基本的にはその考えでいいと思うけど、上別府さんのサーブに関して一回だけ私に試させてくれないかしら」

「ええっ、何考えてんのさ! 三上さんでも受け止められなかったのに何を試す事があるの?」

「お願い、一回でいいから! 怪我もしないように気をつけるし、一回やって駄目だったら素直に代わるから」

「だから、その一回で駄目になったら私たち終わりよ? そこが心配なのよ」

「大体キャプテン、言っちゃ悪いですけどレシーブとかサーブカットはあんまり上手じゃないですよね」


 技術的な面に関して私はあんまり信頼されていないのは自分でも理解しています。実際これを提案した私にしても絶対的な確信があるわけではなくて、「もしかするとちょっと面白いかも」程度の思いつきの発露に過ぎないのですから。諦めて「やっぱり駄目よね。ごめん、今のは忘れて」とでも言おうとした瞬間、辻原さんの発言がまた空気を変えました。


「キャプテンにも考えがあっての事でしょうし、上別府さんにサーブが回ってきたら一回はそうしてみましょう。私も出来る限りフォローに向かいますし」


 さすが辻原さん! ただ辻原さんでさえも私の考えは分からなかったかも知れません。でも辻原さんは自分が分からなかった事を「だから駄目だ」と一面的に否定をしたりしませんからありがたい話です。


「うーん、辻原さんがそう言うんなら、じゃあ一回ぐらいは任せてもいいのかな」

「とにかく、怪我だけはしないで下さいね!」

「ありがとう。さあ、サーブ云々の前に次の第二セットを取れなければ私たちは終わりよ! 藤尾さんに報いるためにもオフェンスあるのみで、必ずものにしましょう!」

「おう!」


 こうしてコートを変更しての第二セットは始まろうとしていました。ネットの向こうの上別府さんは試合中と同じ表情を崩していませんでした。あくまで余裕、しかし余裕を持つだけの理由はある素晴らしい選手ですが私たちもこのまま負けて終わる気は毛頭ありません。決意を固めて唇を噛み締めた瞬間、始まりのホイッスルが響きました。

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