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暗雲に雷鳴響く

 全国大会の第一戦、群馬県から来た赤城中と対戦した私たち宮床中バレー部は第一セットこそ足並みが揃わない相手に助けられた部分もあって制しましたが、エース片桐さんが本領を発揮した第二セットは赤城中に奪われました。そして第三セット、勝負を決める戦いが今まさに始まろうとしているのです。


「さあ来るわよ! レシーブ頼むわよ!」

「おう任せて! 私のボールね、それっ!」


 赤城中のサーブにはカーブがかけられていましたがしっかり対応した三上さんがレシーブして私のほうへと送られてきました。私はこのボールをいつもより気持ち高くトスしました。これに呼応するように辻原さんが飛び上がりましたが、それを待ち構えていたように赤城中の黒と赤のユニフォームが三人、飛び上がってきました。その中心には片桐さんがいます。第二セットはこのブロックによって私たちのオフェンス力が半減させられました。


「さあ辻原さん、この壁を破ることが出来る?」


 そう言わんばかりに高く飛び上がった片桐さん。しかし辻原さんはあくまでも表情を崩さず右手を振り上げ、そのままボールを捕らえる事なく着地しました。まだボールは上空高くを飛行しており、到底人の手が届く高さではなかったのです。そう、辻原さんは最初からおとり、そして本命は辻原さんの外からそっと行動を開始していたのです。


「頼むわ! 斉藤さん!」

「任せて! はあっ!!」


 後衛だった斉藤さんが辻原さんの背中越しからジャンプして放ったバックアタックはブロックが静まった赤城中コートを痛烈に襲い、レシーブも届かない右隅へと決まりました。まさに狙い通りのプレーで、この第三セットは私たちが先制しました。


「ナイスアタック斉藤さん!」

「お見事! 相手は完全に辻原さんの動きに釣られてたわ!」

「サイン通りに決まったわね! 練習しておいてよかった!」


 殊勲の一撃を生んだ斉藤さんの周りに祝福の輪が広がります。辻原さん、園山さん、柳さん、そしてもちろん私も満面の笑みで英雄を称えます。その斉藤さんは「でもまだ一点でしょう」と照れくさそうにはにかんでいましたが、内心では手ごたえを感じていたようでした。


 そもそも辻原さんだけに頼らない攻撃は県大会決勝において藤尾さん率いる明王台の多彩な攻撃の前に屈した時以来、私たちもバリエーションを増やさないとという思いから練習においてもいくつか試みられてきました。


「ただ大事なのは誰がそれに向いてるかって事よね」

「私は駄目よ。レシーブとかディフェンス方面なら得意なんだけどねえ、オフェンスはどうも」

「まあ加恋はねえ。そうだ、辻原さんはどう思ってんの?」

「斉藤さんはどうでしょう? ジャンプ力が高いですし、例えばバックアタックでも出来るようになるとかなり有効だと思います」


 斉藤さんはオフェンスもディフェンスも結構バランスよくこなせるのですが、園山さんほど身長が高いわけでもなく、三上さんのレシーブや柳さんのサーブといった一芸に秀でた部分もありません。実力から言ってレギュラーは確定なのですが、選手としてはいまひとつ売りがなくて地味な印象もありました。


 それを助長するのが本人の謙虚な性格で、その辺の押しの弱さがプレーにも影響して試合中でもミスは少ないもののあまり目立つ存在ではありませんでしたが「それでもチームが勝てるなら私はそれでいいの」と本心から思っているようでした。


「俺もそれに賛成だな。斉藤は優秀なアタッカーになれる素質があると見ている。ジャンプ力も辻原の次に高いしな。後はそれをどこまで高められるかだ!」


 私たちの話し合いにいきなり加わったのは武智さんでした。県大会以後は海岸だけでなく、体育館における練習においてもコーチ的な役割として私たちと行動を共にしていたのです。その武智さんも斉藤さんのオフェンスにおける役割を高めたいと思っていたのですが、斉藤さんが持ち前の謙虚さを発揮して「武智さんまで本気でそうおっしゃられるのですか?」と問いかけました。武智さんは一瞬のためらいもなく首を縦に振りました。


「しかし、本当に私でいいんですか。そんな大それたことが出来るとは」

「斉藤よ。前々から思っていたがどうもお前は自分を信じられなさ過ぎる傾向があるな。しかしお前の持っている力からするともっと目立ってもいいんだぞ。それがチームのためにもなるしな」


 言いたい事は色々ありそうな斉藤さんでしたが「チームのため」と言われると弱く、しばらく渋い表情で考えていましたが一度目を瞑り、また開くと一気に「分かりました。出来るだけ努力します」とはっきりした口調で言い切りました。


「斉藤さん行くわよ! はいっ!」

「はあっ!」

「駄目だ! トスが大きすぎる! 斉藤もそんな遅い動きでは相手に読まれるぞ!」

「はい! すみません!」

「よし! じゃあもう一回だ! それっ!」


 それ以来、私と斉藤さんはこの攻撃を形にするべく重点的に鍛えられました。それに付き合う形で辻原さんもおとりのジャンプを何度も飛んでくれました。熱気渦巻く体育館、私たちはこの新しい作戦をものにしようと汗を搾りつくしました。それこそ自分の流した汗に足をとられて滑るくらいに。


「今日はこれまでだ。休む時はしっかり休むのも選手の勤めだからな」

「はい、今日はありがとうございました」


 こんな日がしばらく続き、東海大会までにはある程度の目処が立っていました。しかし東海大会では使う場面がありませんでした。本当なら三位決定戦で火を噴く予定などありましたが、あの試合は変なテンションとそれに伴う体力の大幅な減少から結局使いそびれてしまいました。


 結果的にここまで出し惜しみをしていたわけですが、全国大会に出場が決定してからも練習は続けられたのでその精度はより高まっていました。東海大会なら成功率は50%ぐらいだったものが、今では90%はやれるという自信はあります。そんな秘密兵器がまさに今解禁されたのです。


 この斉藤さんの一撃で私たちの気は大分軽くなりました。ローテーションで回ってきた私のサーブもやけにいいコースに決まりますし、園山さんのブロックもそれまでより高く、三上さんも柳さんもよく動けています。8対5、16対9と、双方タイムアウトをかけるたびにジリジリと点差が広がっていく理想的な展開が続きました。


「まだまだ油断は禁物よ! 何ってったって相手には片桐さんがいるんだから! 最後まで全員で攻めて守って、勝ちきりましょう!」

「おう!」


 意気上がる私たちとは対照的に、赤城中のベンチはまったく声がなくてそれこそ「お通夜のような」という形容をしたくなるほどでした。でも冷静に考えて私お通夜に行った事がないんですよね。理科でたまに出てくる「卵の腐ったような臭い」とか言いつつそんな臭い嗅いだ事ないのと同じ感じですが、まあ「何かこういう感じだよね」ニュアンスは伝わるのでそれでいいんでしょう。


 まあそんな事はどうでもいいとして、片桐さんの目つきがまた変化していました。それまでの溜め込んでいた怒りはどこかへ抜けたのか、異常なまでに冷たい目線でこちらを見つめていました。まるで諦めたようで、実際試合でも明らかにパワーダウンしていました。第二セットでは全然止められなかったスパイクが園山さんによってブロックされるようになったし、サーブもアウトでこちらに得点を献上してくれました。


 結果、この第三セットは25対12で私たちが圧勝となりました。赤城中は、と言うより片桐さんは第二セットで見せた圧倒的パワーは完全に失せていました。もっと言うと、試合中でありながらも明らかにやる気をなくしていました。私たちが斉藤さんの一撃をきっかけに元気爆発、動きがよくなったのと反比例するようでした。


 結局のところ赤城中は片桐さんとその他という構図を最後まで拭い去ることが出来なかったのでしょう。あまりにも圧倒的な力があるために「自分に出来る事は他人も出来て当たり前。それが出来ない役立たずは信頼できない」という高圧的な想いでプレーを続けていたけどどうやら勝てそうにないと判断した瞬間にしぼんだ風船のようなプレーに終始と。まあそれも全ては終わった話。試合後、挨拶でもしようと私がネットのほうへ近づいた瞬間、出し抜けにこんな言葉を吐かれました。


「ふん、そっちのエースと比べても私は勝っていたわ。他の駒がまともであればこうはならなかったものを」


 この女、この期に及んでこんな事をのたまうとは! そして彼女を形容する言葉が今はっきりと見えました。「いけ好かない」。これですよ! 素直な心を忘れて「自分は悪くない。チームメイトが下手なのが悪い」なんて責任転嫁する姿、まったくもって浅ましい光景です。人間、ああはなりたくないですね。大嫌い。


「片桐さん。あなたがそんな考えでいる限りあなたは私たちに一生勝てないわ」


 その時、私の後ろにいた辻原さんが普段よりも冷徹な声でこう言い放ったのです。私が言ったんじゃありませんよ、確かに同じような事は思いましたが。でも片桐さんには辻原さんの体が見えていなかったからか、凄い形相で睨まれたのは私でした。魂を抜かれるような恐怖! でも赤城中の皆さんは毎日のようにこんな顔と対峙しないといけないのですからご苦労様です。


「誰かと思えば辻原か。あなたは私より下よ。私はこの試合で四十二点取ったわ。あなたは?」

「さあ、数えてはいないけれど三十点ぐらいかしらね。でも試合は私たちのものよ。いくら一人が頑張ったところで、他の選手をまったく生かしていないプレースタイルではお話にならないわ。あなたの言っている事を聞いているといつの間にバレーボールは個人競技になったのかしらって錯覚してしまうわ」

「くっ! 言いたい事を言ってくれるわね」

「それはお互い様でしょう。それに私はあなたのように責任転嫁はしていないつもりよ」


 辻原さんと片桐さんとの問答はなおも続きました。いつ手が出てもおかしくないようなとても険悪なムードが漂っていて、出来る事なら立ち去りたかったのですがキャプテンとしてそれはちょっと無責任なのではらはらしながら戦況を見守っていました。


「ちょっとかわいいからって生意気な女め! あなたに私の何が分かる!」

「分かる必要なんてないわ。ただあなたのようなエゴイスティックな考えは確実に間違っているわ。チームメイトがかわいそうよ」

「うるさい! チームメイトなどと言ってもたかが三年間を過ごすだけで仲間ぶられても迷惑よ! 私は故郷にも仲間にも愛着はない! この大会で上位に入ればいい高校にだって行ける! そして高校では優秀な選手と共に全国制覇だ! それを、このプランを三重県なんかに邪魔されるとは」

「何よ群馬のくせに! 大体今の仲間を大事に出来ないような人間がいい高校に入ったところであなたの言う優秀な選手の皆さんに認められると思っているの? 実力さえあればそれでいいと考えている傲慢で卑しい性格の持ち主が!」


 うわあ、全然バレー関係ない領域に突入して来ました。それにしても、辻原さんも意外と強気な言動を繰り返すのにはびっくりしました。これまでそういう部分を見た事がなかったからです。試合中にどうしようもないミスをした時も笑顔で励ましてくれるタイプですし。いや、そうだからこそ片桐さんの自己中心的な態度が許せなかったと見るのが正しいのでしょう。でもこれ以上続けても意味はないので強引に割り込みました。


「もうやめて二人とも! 確かに三重県は田舎よ! でもそれは試合と関係ないでしょう! もう帰るわよ辻原さん! 片桐さん、本日はありがとうございました! では失礼します! もう会う事は当分ないでしょう!」


 いい加減泥仕合に突入したバトルを中断させて、私は辻原さんの手を引っ張って体育館の外へと早足で歩きました。人間悪口を言うときが一番醜い顔になると言いますし、辻原さんのそういう顔はあまり見たくないというのもありました。


「ねえ辻原さん、一体今日は何があったの? あんな姿初めて見たわ」


 つい先ほどまで見せていた白熱のバトルの余韻も覚めやらぬ廊下、私は内心でびくびくしながらも辻原さんを注意しました。最初は例の調子のまま鋭い目つきだった辻原さんですが、目を閉じて一度小さく息を吐くとようやく熱気が醒めたようでした。


「すみませんキャプテン。私としたことが大人気ない態度を取ってしまって」


 さっきまでとは一転、塩らしく弱々しい声で反省の弁を述べた辻原さんに向かって「いいのよ。本当言うと私だって同じ事を思ってたわけだし」と一応フォローを入れておきました。思えば春の大会、今日の赤城中なんて目じゃないほどの酷いプレーに終始した私たちに対して辻原さんは怒る権利ぐらいはあったはずですがそれを行使する事はありませんでした。もし片桐さんみたいな感じで言われていたら私たちは立ち直れなかったかも知れませんし、そういう意味では辻原さんの慈悲によって私たちはここに立っていると言えるわけです。


「大会はまだ始まったばかりよ! 次の試合も皆で頑張っていきましょう!」

「はい、キャプテン」


 まあ何だかんだ言っても赤城中は敗者復活戦に勝ち残って決勝トーナメント進出を決めたわけですが。さて、その抽選の結果、私たちはまず香川県の観音中と対戦する事になりましたが辻原さんと斉藤さんを中心にした攻撃で第一セットを25対16、第二セットを25対13で破りました。


 それ以外の私たちが知っているチームはと言うと、柚木さんの富士二中は準々決勝で、愛甲さん率いる辻原さんが元々いた光国中は準決勝で当たる可能性があります。そして赤城中は向こうのブロックなので決勝までは当たる可能性がありません。これは内心良かったとか思っています。ああいうバトルの再来は勘弁ですから。


 そして藤尾さんを中心に三重県最強を誇る明王台は二回戦で当たるはずでした。しかしそれは叶いませんでした。一回戦で戦った鹿児島県の東霧島中に敗れたためです。この試合について、詳細を私は知りません。こちらの試合は素早く終わったのでそれから「敵情視察よ」とばかりに観客席に繰り出して試合を見たのですが、その時点で第二セット10対24と西霧島中のセットポイントを迎えていたのです。第一セットも西霧島中が奪っていたようで、まさに後一点で決まるという場面でした。


「まさかそんな! あの明王台がこうもやられるなんて!」

「藤尾さんがいながらどうして、あれっ」


 おかしな事にコート内をどれだけ見回しても藤尾さんの姿がないのです。まさかと思って視線をずらすと、ベンチの上に座っている姿が確認されました。しかも右手首には白いものが巻かれており、緊急事態が発生したのだろうと容易に推察できました。


 藤尾さんに向けられた私たちの視線をコートに戻さんとするべく「はあっ!!」という図太い雄叫びとともに東霧島中のサーブが放たれました。遠目から見るだけでもなかなか強そうですが決して返せないボールではないようにも見えました。しかし明王台はレシーブしきれず、何とか繋ごうとあがくも最後はネットにぶつけてしまいました。この瞬間試合は終了、明王台の夏は終わりました。


「ふう、申し訳ないわね。あなたたちと戦いたかったけど、私たちの力が足りずに、つっ!」


 廊下で出会うや否や藤尾さんはこのような言葉とともに頭を下げてきました。痛みのせいで言葉がつかえるほどなのに私たちにこのような言葉をかけていただき、逆に申し訳なくなりました。


「そんなのは別に。それより大丈夫なの? その包帯は……」

「上別府さんのサーブには気をつけてね。私もあれにやられたの。あれにはスピード以上の威力があるわ」


 そういえば試合を決めたサーブ、あれも明王台ほどのチームならば止められないはずがないのになぜかレシーブ出来ずに終わっていました。単に「チームの中心である藤尾さんが抜けた事で意気消沈した」という話ではなさそうです。


「あなたたちと再戦できずに終わるのは悔しいけど、これも私たちの実力が足りなかったのが悪いんだし結局こうなる宿命だったのよね、きっと。でも、こうなったからには私たちの分まで頑張ってね。三重県代表として、私も期待しているわ」

「はい! まあ本物の三重県代表はそっちですけどね。何度も何度も負けていると沽券に関わりますからね。全力で頑張ります!」


 県大会決勝戦における敗北はまだ忘れてはいません。その明王台を下した鹿児島の猛者。私たちに勝てる相手なのかは知りません。しかしこうも期待をかけられるともうやるしかないでしょう。不安と多少わくわくした気持ちを抱えつつ、次の試合までの時間を待ちました。

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