6話 精霊
精霊――それはこの世界とは別次元に存在する〈精霊界〉の住人。
姿は一様ではなく、獣や竜、そして果てには人の姿をとるものもいる。
そして彼らは大気中にあるマナを操りさまざまな現象を世界に引き起こす。
なにもない空間から水が湧き上がり、逆に業火を顕現させることもある。
そんな世界の根源であるマナに愛されし精霊達は人間からみれば、かぎりなく近く、かぎりなく遠いともいえる異世界の隣人ともいうべき存在。
だが精霊達はその次元の境界を越えてたびたびこちら側に訪れる。
ただ、精霊はこちら側の世界に存在するために一つ問題があった。
それは〈精霊界〉よりも大気中のマナ濃度が薄いからである。
精霊の肉体構成は物体より霊体に近く、その身体を維持するためにまわりからマナを供給する必要があったのだ。
人間が『空気』が必要であるように、魚が『水中』でしか生きられないように……。その生物に必要な絶対要素が、精霊の場合は『マナ』だったということになる。
それ故に精霊達はこちら側に渡ってきたとしてもマナ濃度が高いごく一部の自然が豊かな場所でしか生きられないという条件が強制的に科せられているのであった。
――だが、その問題を解決する方法がある。
それは人間と契約を結ぶことであった。
人間は精霊と霊的な経路を繋ぎ、そこから足りないマナ供給して身体を維持させるという方法。
精霊はその見返りとして人間に自身の力を貸し、サポートする。
そのため精霊と契約を結んだ人間は人々からこう呼ばれるようになった。
――――〈精霊使い〉、と。
「――――――と、まあ。簡単に説明するとだな。学院はその〈精霊使い〉を養成する教育機関ということになるんだ。……わかったか? で、まだ質問はあ……――――。よしっ! フォーカード!! また俺の勝ちだな」
どこか得意顔でカードを芝生のうえにオープンすると、オレルスはそう勝利宣言した。
「くっ! なぜ貴様ばかりにそんないいカードがまわるのだ!」
「ミラちゃん。お兄様はこういう遊戯はなぜか昔から得意なんです。……本当に無駄なくらいに…………」
対してミラはフルハウスの役をオープンすると肩をワナワナと震わせて悔しがっている……少々の怒気も込められている気がするがそこはスルーする。
それに続いてオープンしたのはアイリスで、役はハートのフラッシュというミラにはあと一歩及ばずといったところであるが本人はミラのように悔しがる様子は微塵も感じられないが兄にむける複雑そうな視線と、はぁ、と疲れたように嘆息していることがなぜか印象に残った。
「……ま、まあ。ミラもちょっと落ち着きなよ。たまたま運よくオレルスのほうにいいカードがいってるだけだとおもうよ?」
信道もカードをオープン(役はワンペア)しながらミラにフォローの言葉をかける。
「そうとしても、運がよすぎる。先ほどからコイツはロイヤルストレートフラッシュやら果てにはファイブカードもそろえているのだぞ? 私からは作為的なものしか感じられないのだが……」
「…………それには同意するけどね」
「オイオイ。俺がイカサマしてると思ってるのか? いいがかりも休み休みに言ってほしいもんだぜ」
ミラと信道からジトーとした懐疑のこもった視線を受けるがオレルスは飄々とした態度を崩さずにトランプを回収し、無駄に洗練されたカードシャッフルを披露してきた。
「まあオレルスのイカサマ疑惑はいったん保留にしといさ……。まだ三人に質問があるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
その言葉を代表してミラが言葉を返してきた。
追求してもこれ以上進展が見込めそうにないのでムリヤリ話題を変えたのだが、……すんなり受け入れてもらえことから鑑みるにこのイカサマ疑惑はいつものことのようだ。
「……いや本当に単純なことなんだけとね――」
頭をグルリと巡らし周囲を確認すると。
「――なんでみんな遊んでるの?」
その疑問をたんたんと口にした。
天気は晴れ。
風は春の季候らしく温かい。
この広々とした一面芝生を見てると、とても学院の中庭とはおもえないほど穏やかな空間であることを再確認させる。
そこでは数十名ほどの生徒がパートナーである精霊とおもいおもいにくつろぎ過ごしていた。
肩に鳥の精霊をとめながら隣の生徒と談笑する生徒。
ネコの精霊などは契約者らしき者のヒザの上で撫でられノドを鳴らしたりもしている。
果てには馬の精霊とこの広々とした空間で身体能力を強化して疾走してる生徒もいた。
みな信道達とおなじく数名で車座に座り、談笑やトランプに興じている。
どこからどうみても遊んでいるようにしかみえない。
「なんだそのことか」
疑問符を浮かべる信道にむけて口を開いたのは先ほどからトランプをしながら質問に答えていたオレルスであった。
「これも授業のいっかんだ」
「これが?」
周囲に視線をむけながら困惑したような表情を浮かべる信道。
「そうだ、さっきも説明したが精霊は身体を維持するのにマナが必要不可欠といったよな?」
「確かにいってたけど……。いったいなんの関係が?」
「おおありだ。この場所は比較的、マナ濃度が高い。だから精霊達もここでは普段よりも精神的にも肉体的にもリラックスできる」
一泊おくとオレルスはなおも言葉を続けた。
「それに人間と精霊を結ぶ経路は双方の感情や信頼関係からダイレクトに影響を受けるからな。まあ簡単に言っちまえば経路の調整みたいなモンだ。そういう事情があるから学院では週に一度こんな時間が設けられるんだよ」
「へーそうなんだ」
信道は納得したように何度もうなずく。
「ありがとう、オレルス。おかげで色々と疑問が解消したよ」
「別に礼はいいぜ。こっちからも質問する約束だからな」
「答えられる範囲ならね」
「大丈夫だ質問はおまえに関係することだけだ」
そういうとオレルスはさっきまで饒舌に話していたのが嘘のように歯切れが悪そう質問してきた。
「……あー……ひとつ訊きたいんだが、……おまえ学院長とどういう関係なんだ?」
その質問を口にした瞬間。周辺にいる何組かの生徒達がこちらに聞き耳を傾けてきたのが気配でわかった。
(……?)
そんな周囲の反応に内心くびを傾げながらも信道は口を開いた。
「義子だけど」
書類上は。
『『『『!?ッ』』』』
「え? なんでみんなそんなに驚いてるの?」
ざわ――と、周囲に波紋がひろがる。
その答えが非常に以外な答えだったのか周囲で聞き耳を立てていた生徒は同時にのけぞり、ズザッと信道たちから数メートル距離をとってきた。
ミラ達はそこまで露骨な反応はしなかったが、驚いてるような気配は感じられる。
「あ。でも勘違いしないで欲しいんだけど、義理の息子という意味だからね」
驚かれた理由がおそらくあのぶっ飛んだ性格をしたアリスィアの血縁者だとおもわれたからと推測した信道は一部訂正した。
信道自身もアリスィアの息子という存在がいたとしたら最低限の警戒をしてしまうのでこの周囲の反応は至極真っ当だ。
だが周囲の生徒がホッとした雰囲気をだしているのが感覚でわかったがなおも興味深そうな視線は信道を捉え続ける。
「なんでそこまで注目されているかわからないって顔だな」
「あたってるけど……。なんで?」
困った表情を浮かべていた信道にオレルスが呆れたように助け舟をだしてくれた。
「いちおう確認するが。あの学院長のことはどれくらい知っている?」
「どれくらいって言われてもイタズラ好きな子供のような性格しているのと、ものすごく強そうとしか?」
「まあ性格はアレなのはココの生徒にとっては周知の事実だが。今は関係ない。強そうという評価は当たらずも遠からずといったところだろうな」
そう言うとおもむろに真面目な表情と声に変えてくる。
「――で、ここからが本題なんだがな。おまえ、学院長の年齢はいくつくらいかわかるか?」
「まあ外見年齢は十四歳程度みたいだけど。実年齢はもっといってそうとしかわからないよ」
「――――約三百歳だ」
それを答えたのは右隣に座るミラであった。
「ミラ、さすがにそれは冗談でしょ?」
そう再度ミラに問いかける、彼女は冗談呼ばわりされちょっとだけムッとした表情を作るが、腕を胸の前に組んだまま新情報を教えてくれる。
「冗談ではなくコレは事実だ。このノルン精霊学院が創立されたのは約三百年まえで、そのときからこの学院の長を務めている。……それにあの外見と口調から騙されてそうになるが精霊術の腕は超一流という言葉で収まらいほど高いという噂があり、なんでも山を術の一撃で木っ端微塵に吹き飛ばしたという逸話もあるぐらいなのだぞ」
「それは……。本当にすごいね」
スケールが違いすぎてそんな一言しか言葉がでてこない。
「はい。ですのでアリスィア学院長は何個ものの二つ名をお持ちになってるんです。えーと、私が知っているかぎりですと〈不老不死の魔女〉、〈永久の童女〉、〈黒の叡智〉などを畏敬や畏怖を込めて呼ばれてるんですよ?」
ミラの言葉を補足するように今度は左隣に座るアイリスが口をはさんできた。
「精霊術なども、およそ人間が到達できる限界を超えたさきの領域に足を踏み入れてるヒトなのは確かだと言われてるほどで、――――しかも失われた古代精霊文字などの知識も有してる言われていて、そのおかげで不老の身体を手に入れたということも噂されているんです」
その真剣な表情からこれはすべて本当の話だということが否応なく理解させられる。
「ま、それに付け加えるとするとだな。そんな歴史的有名人である学院長が誰かを養子にとるなんていうのは三百年間のあいだで、シンドウ。おまえが初めてなんだぜ?」
最後はオレルスが締めくくる。
「そんな前代未聞の存在であるおまえが注目されない理由はないぞ」
「…………………………………………」
すべてを聞きおえた信道の心境は諦観であった。
様々な情報をいっきに吸収し整理して浮びあがるのは唯一つ。
(……平穏な学園生活はおくれそうにはないな)
そんな悲しい現実であった。