魔法少女 誕生
深夜2時半。草木も眠る丑三つ時というやつだ。
そんな時間に俺こと名取 衛は妹の部屋の前で息を殺し中の様子を伺っていた。
手にはゴルフクラブ。オヤジが常日頃から研磨している名品だ。
ゴルフクラブを握る手に力がこもる。
一応断っておくが、妹に夜這いをかけようとかそういった邪な考えを持ってここにいる訳ではない。
妹である名取 美命は2年前から家をでて全寮制の学校に行っているので部屋には誰もいない、はずなのだ。
ガサガサ
部屋から音が聞こえてくる。
深夜に女性の部屋から聞こえる物音。
これはほぼ十中八九下着ドロと見て相違ないとセンサーが告げている。
よりにもよって美命の部屋に侵入するとは良い度胸だ、即通報すれば良いことなのだが、一発殴っておかないと気が済まない。
ドアノブに手をかけ、音をたてないようにそっとドアを開ける。
妹の部屋に初めて入るのがこんな形になろうとは…。
夢にまで見た愛する妹の部屋。
息を吸いこめば今もそこに妹の香りを感じられるような気がする。
暗くてほとんど見えないのが残念だが…、その中で動く影ははっきりとわかった。
幸いにも犯人はこちらに背を向けて物色している。
抜き足差足忍び足、と、音をたてぬように射程圏内へと忍び寄り…。
ゴルフクラブを振り下ろす。
力加減はもちろんした。
はずなのだったが、メコリ、とゴルフクラブは頭部にめり込む。
我ながらかなり焦った。
人間の頭部にゴルフクラブを食い込ませ無事なはずがない。
無事で済ます気はなかったが、こんな大惨事にする気も毛頭なかった。
焦って、焦って焦って、そして次に起きたことに対してさらに焦った。
というか恐怖した。
ゴルフクラブをめり込ませた頭部がこちらをゆっくりと振り返ってきているのだ。
思わず俺は手を離した。
一瞬の沈黙、そして目があった。
「ギャァァァァァァ!!」
繰り返し言うが、時刻は2時半、ご近所様に迷惑をかけたのは言うまでもない。
「本当に大丈夫?おばさんなんでも力になるからね」
と言うのはお隣の中広屋さん。
中学生になる息子が夜遊びを繰り返しているとかで日々悩みの絶えない専業主婦(36歳)だ。
すぐ相談してね?と言い残すと中広屋さんは自宅に帰っていった。
これで大声を聞いて集まってきた近所の方々全員を送り返した。
さてと、ドアに鍵をかけ一息ついた。
ロビーへ向かいTVの上の時計を見る。
時刻は5時。
空も白み始め、鳥の鳴き声も聞こえ出し、遠くから新聞配達のバイクの音も聞こえてきた。
もう朝か…。
ろくに寝ていないので目がしょぼしょぼする。
顔を洗い、冷蔵庫に入っていた飲みかけのコーヒー牛乳を持って二階に上がる。
妹の部屋を横目に通り過ぎ、廊下の奥にある自室の扉を開ける。
そしてまた施錠。
「本当に申し訳ないでゲス!」
振り返る。
目の前には土下座をする青い狸。
のぬいぐるみ。
このぬいぐるみこそが先ほど下着泥棒に精を出していた張本人だ。
「違うでヤンス!別に下着を盗んでいたわけではないでゴンス!」
おっと声に出ていたか。
弁解するぬいぐるみを品定めするように凝視する。
このぬいぐるみを俺は知っていた。
小学生の頃に妹にプレゼントしたものだ。
それが何故か今、動いて喋って俺に弁解している。
ドッキリか、ドッキリなのか、もしかして部屋のどこかに隠しカメラがあるのか。
「隠しカメラは無いでガス」
こいつ、エスパーか。
「エスパーで無いでヤンス。魔法使いでゲス」
「はぁ?」
「ようやく話してくれたでゲスね」
「いや、いやいや、魔法使いって、ねぇ狸さん」
「ぬいぐるみがこうして念話してるんでゲスよ?何を疑うんでゴンス」
「下着ドロが偉そうに…。もう一度このゴルフォンクラヴォーンを脳天に叩き入れてやろうか」
「兄さん、やる気でゲスか?今度はさっきみたいにはいかないでゴンスよ?」
ゴゴゴゴ…。という擬音が発生しているかのような緊迫感が部屋を包んだ。
くぅ、この狸なんたる殺気。
しかもさっき殴った時の影響で首から綿が旅出して見た目恐ろしさ120%増しになっている…。
はぁ、とどちらともなく息を吐いた。
「止めよう。またご近所さんに集まられても困る」
「そうでゲスね。それにアッシは争いに来たんじゃ無いでゴンス。あるモノを探しに来ただけで…」
「物を探してた?」
「そうでゲス!ようやく本筋に行ったでガンス…。
実はこういう青い石を探してるでヤンス」
ぬいぐるみが丸い手を使って石の形をジェスチャーで表している。
「ほぅ、それは一体お前にどういう関係の物なんだ?」
「アーティファクト、って知ってるでゲスか?」
「アーティ、何?」
「簡単にいえば魔法の道具でゲス。
人工的に作られた魔術器具。
これを使えば普通の人間にも魔法が使えるっていう代物でヤンス」
ぬいぐるみは身振り手振りを大げさにして語り始めた。
「我々魔法ギルドを太古の昔から魔導士と対立してたんでゲス。
両者の勢力は均衡し、ひとときの間は争いの無い平和がありやんした。
でも卑劣な奴らはアーティファクトを盗み、そして別世界にばら蒔くという所業をしたんでガス!
ギルドの長は即搜索を命じたんでゲス。
戦力の低下による均衡の崩壊を危惧して、ということもあるんでガンスが
長は何より別世界がアーティファクトにより混乱することを恐れたんでゲス!
そしてその捜索隊に選ばれたのがこの…」
「青い狸」
話が長いのでなんとなく邪魔をしたくなった。
「違うでゲス!
齢13にして天才の名を冠したこのホルル・ディ・アルカンシェルでヤンス!」
ほるる…何?
これだからファンタジーは…。
「でもまぁ…、お兄さんはシェルって呼んで良いでゲスよ」
頭悪そうだし。と呟くのを聞き逃さなかった。
まぁそれはいい。それよりも、だ。
「青い石、っていうのは、もしかしてコレのことか?」
机の引き出しにしまっていたそれを取り出し見せる。
シルバーのチェーンについたその石は狸、いや、シェルの表した通りの形をした青い石。が半分になった形をしていた。
「割れてるでゲス…」
「割ったからな」
シェルが表したのは正四角形だったが、これは三角錐だ。
「ベル様のアーティファクトコアが!こんな…こんな…」
「ベル様?コア?さっぱりわからんのだが…」
「わかったってもう遅いでゲス!これは特別なんでゲス!ゲスゲスゲス下衆下種!」
じたばたと駄々をこねるように床を転がるシェル。
起床時間にセットしたアラームが騒々しく鳴り出し、いつもの一日の始まりを教えている。
なんだかよくわからない光景であるが、とりあえず罵られていることだけはわかった。
カーテンを開け、朝日を全身に浴びる。
「太陽さん!おはよう!」
太陽に挨拶する俺。
まだ後ろで転がる狸。
ほとんど寝ていないのに起きろと騒ぐ携帯のアラーム。
日常はどこへ、俺の青春はどこへ、何かもうどうでもよくなった朝だった。