オカルト系少女
八時間前 学院中等部 2-2教室。
窓際の席に少女が座っている。時間は昼。他の生徒達は各々友人に声をかけ、学食へと向かう。
一人、教室に取り残られる少女。廊下に出たクラスメイトたちが様々な話に華を咲かせる中、少女の噂もあった。
「名取さん、また一人なのね」
「あんた誘いなさいよ、席、隣でしょ?」
「えー…、だってあの子、アッチ系なんでしょ?」
「アッチ系って?」
「なんていうの?オカルト、ていうのかな」
「聞いたことあるかも。幽霊とか妖精とか見えるっていう噂」
「へー、まぁそんなことよりさ…」
魔法少女ウィッチ・ベル 第一話「オカルト系少女」
また何か噂をされているな。そんなことを考えながら、何をするでもなく校庭を眺める。なんの変哲もないグラウンドが見える。
私、名取 美命は普通の女子中学生である。なんてことは口が裂けてもいえない「異常」な中学生だ。一度目を閉じ、深呼吸してから再び校庭を見つめる。意識を集中。すると見えてくるのだ、ホタルのような淡い光を放ちながらフワフワと浮遊する物体が。
もう一度目を閉じ、再びグラウンドを見ると光る物体は消えていた。これが私が異常な原因。そして友達がいない理由。意識しないと見えないのだが、意識するとあっさり見えてしまう。それが妖精というメルヘンなものなのか、幽霊といったホラーなものなのか、それはいまだもってわからない。
これのおかげで何度育みかけた友情が壊れたことか。一見して何の害もない物体だが、見かけによらず様々な害をもたらしてくれる。
気がつくと廊下からざわめきは消えていた。今からゆっくり購買に行くのが私の日課だった。人気の商品は無くなってしまうが、人ごみに揉まれてまた面倒なことになるのは避けたかった。そんな私の努力は廊下に出たところで簡単に壊されてしまった。
「あら、今日もまた一人で昼食かしら?」
声のした方向には女の子が二人立っていた。緑色のリボンから同級生なのだとわかる。
「お久しぶりね美命さん?食堂で貴方を全然見かけないものだから心配したのよ?」
「オリエンテーリング以来だっけ…?元気そうでなによりです」
ぺこり、と頭を下げる。ここは関わらずに挨拶だけして逃げてしまおう。
「もう行っちゃうの?ああ、妖精さんとお茶の約束でもあったのかしら?」
「…まぁそんなところです」
今私に突っかかっている方は相楽 美乃里。もう一人、黙って相楽さんの横に立っている少女は無灯 弥千代。二人とも二年のオリエンテーリングで顔見知りになった人間だ。ちょっとしたいざこざがあり、今は殆ど話をしていない。
「貴方まだその虚言癖は治っていないのね。いつぞや私に紹介してくれた妖精さんもまだいるのかしら?」
ちらりと横目で相良さんの右肩を見る。います、普通にいますよ。淡い緑の光を放ちながら右肩にそれはとまっていた。ただしそのことは口が裂けても言えない。そもそもそれが原因で彼女は今も私に突っかかってくるのだから。はぁ、とため息が溢れてしまう。
「ため息?貴方、今私にため息をついたのかしら?…そうだわ弥千代、彼女もお昼に誘ってあげようかしらね」
無灯さんがコクりと無表情で頷き、こちらへツカツカと歩いてくる。お昼の誘いにしては妙なプレッシャーを感じるけど、これは逃げたほうがいいのだろうか。悩んでいる間にも武藤さんはこちらへ近づいてくる。武藤さんの右腕が私の方へ伸ばされた、その時だった。
「お昼の誘いにしては、少し強引なんじゃないのかな?」
私と無灯さんの間に一人の女性が割って入ってきた。長い黒髪がとても綺麗な女性。知らない人だ。
が、相楽さんは明らかにその女性の登場に動揺していた。
「お姉さま…!これはその、別にお姉さまが想像しているようなことでは…」
「風紀員の相良さん、だったよね?何があったかは知らないけど、ここは校内、とりあえずここは先輩の顔を立てて引いてくれないかな?」
「…。わかり、ました。弥千代、行きましょう…」
相良さんは申し訳なさそうに頭を下げ、踵を返し小走りで行ってしまった。無灯さんもその後を追って去っていった。
廊下に残ったのは私とその女性の二人。
「ありがとう…ございます」
「うん。校内での争い事は生徒会としては見逃せなかったから」
「生徒会…?」
すると女性はえへんと胸を張り「そう、生徒会。まぁ新人な上に役職もこんな変なのなんだけどね」
そう言って、腕章を見せてくれた。腕章には「生徒会役員 会長の右腕」と書かれていた。
右腕…?そんな役職あるんだろうか。と、同時に胸のリボンの色が赤いことにも気がつく。赤は高等部の二年生だったはず。
「ついでにお昼でも一緒にどうかな?美命さん」
まさか友達がいない私が日に二度も昼食の誘いを受けることがあるなんて思わなかった。だが初対面の人間とご飯を食べるのに抵抗があり、断ろうかと思ったそのとき。ぐぅ~と空気を読まない音が鳴った。
「今のは了承の返事ってことでいいのかな?」
嫌味のない笑顔でその人は言った。
「今のは!違くて!ええと…うぅぅ~…」
顔が火照っているのがわかる。きっと今の私は耳まで真っ赤になっているに違いない。
「じゃ、行こうか」
その人は私の手を握ると、軽快に歩きだした。不意に手を握られ驚いたが、嫌な感じはしなかった。
歩きながら私は考える。そういえば、なんでこの人は私の名前を知っているのだろう。そしてこの人の名前をまだ聞いていなかったことに気がつくのだった。