後悔
あれから三日がたった。毎朝外で待っていてもティコ・キアーロがセレーノの家の前を通ることはなかった。
この三日間、セレーノはずっと後悔していた。自分は彼女にとって触れてほしくないことに触れてしまったようだ。
だいたいからして、彼女は真剣にこの街にとっても、彼女にとっても大切な物について話をしてくれたのだ。それなのに自分はそのことについてまったく真剣に答えてあげられなかった。
(どうしたら彼女に会えるだろう……)
せめてきちんと謝りたい。でも郵便局に行っても彼女は仕事で外出中だという。ならばエスト地区の担当なのだからと、半ば自棄になって近所をぶらぶら歩いてみたりもしたのだけれど、けっきょく会うことはできなかった。
「ヴェント、俺はいったいどうしたらいい?どうしたら彼女に会って謝ることができるんだろう」
夜。セレーノはグストーゾで一人寂しく酒を飲んでいた。
「おいおい、セレーノ。元気をだせって」
セレーノから話しを聞いたヴェントは、やれやれと溜め息を吐いた。
「そんなに気にすることじゃねえだろ。事実、お前が言ったことは本当のことなんだから。あのポスティーノだって、お前にズバリ言われて少しは自分の性格を改めようって気になるんじゃねえか?」
「そんな言い方はないだろう、ヴェント。誰にだって人に言われたくないことぐらいあるさ。それに」
「女神像のことか?」
ヴェントは吸っていたタバコを灰皿におしつけ、ふっと短く息を吐いた。
「その件については俺も人づてに話しは聞いていたよ。けどよ、セレーノ。これはもう決まっちまった話しだぜ。誰にもどうにもできねえんだ。ましてやちょっと前にこの街にきたお前に何ができるって言うんだ?」
こんどはセレーノが深くため息を吐いた。
たしかにそうだ。セレーノだって、この街のことをまだよく知らない新参者がどうこう言える話しではないことぐらい、よくわかっているつもりだ。
(でも、もっと彼女に気の利いたことが言えたのではないか?)
そう思うとセレーノは居ても立ってもいられなくなるのだ。
「マジで元気だせよ。お前、本当にアイツに惚れちまったんじゃねえのか?そんなだとお前の彼女もらっちまうぜ」
「冗談はよしてくれよ……。頼むからからかわないでくれ」
そう訴えるとセレーノはカウンターに力なく突っ伏して、今日何度目かの溜め息を吐いた。
そのとき、
「リエッラ、セレーノにヴェント」
セレーノの隣人、アローネが陽気な声で店に入ってきた。
彼女を見たヴェントは救いの女神だとばかりに彼女に助けを求めた。
「ちょうどいいところに来たぜ、アローネ。コイツをどうにかしてティコに会わせてやってくれよ」
カウンターに突っ伏しているセレーノを見て、アローネは心配そうに声をかける。
「あらあらあら。めずらしいじゃない、セレーノが元気ないだなんて。どうかしたの?」
「話せば長くなるんだが、とにかくティコの居場所を知らないかい?」
弱々しい笑顔を見せるだけで、まったく理由を話そうとしないセレーノに代わってヴェントがアローネに言う。
すると、なんだそんなことか、とばかりにアローネは彼女の居場所をあっさり教えてくれた。
「ティコ?彼女ならこの時間だとチェレスティアーレ大聖堂にいるはずよ」
その言葉にセレーノはガバリと起き上がり、まるでクリスマスにとっておきのプレゼントでももらった子供みたいに、その顔をキラキラと輝かせた。
「それは本当かい、アローネ!」
「ええ。あの子、毎日この時間には必ずお祈りをしているはずだから、きっとそこにいるはずよ」
「ありがとう、アローネ!大好きだ」
ぎゅっとアローネを抱きしめて、セレーノは勢い良く店を飛び出していった。
その後ろ姿を見送りながら、アローネはポッと頬を赤く染めた。
「若い男に抱きしめられるなんて、何年ぶりかしら」