無愛想なポスティーノ
十二時を過ぎた頃、ようやく荷物をすべて片付け終わったセレーノは、キャンバスや絵の具などの必要な道具一式を持って、家から歩いて三十分もかからないバールへと昼食をすませに足をのばした。
「リエッラ、セレーノ。今日もお絵描きかい」
「リエッラ、ヴェント。そうだよ、ここで昼食をとってからね。君のおすすめのパニーニをたのむよ」
ヴェントはここ「グストーゾ」の主人で、よく日に焼けた肌に立派な口髭、二の腕は太くとても逞しい体つきの壮年の男である。ただ少し強面なため、セレーノが初めてここを訪れた時どう声をかけていいものかしばし迷ったりもしたが、そんな見た目とは裏腹に本人はとても気さくな男である。
「どうだい、もうこの街には馴れたかい?」
「ああ、おかげさまでね。この街の人たちはみんな陽気で親切な人たちばかりだから、とても居心地がいいよ」
「そりゃあ、ここに住む奴らはみんなのんきな奴が多いだけさ。治安もいいし、観光地だからそれなり金廻りもいい。街としての心配事がないから、住人は自然と陽気にのんきに暮らすのさ。ほらできたぞ」
差し出されたパニーニを受け取りながらセレーノはふと今朝のことを思い出した。
「でもそうじゃない人もいるみたいだね。今朝女性の郵便屋さんに会ったんだけど、彼女はなんていうか、元気がない、というか無表情だったな」
それを聞いて誰のことかすぐピンときたのか、ヴェントはやれやれといったように首を振った。
「そいつはティコのことだろう。ここらのポスティーノっていったらアイツしかいないからな。ティコ・キアーロって言うんだが、飽きれちまうぐらいに愛想のない女でここらじゃ有名だ。前に観光客に道を尋ねられたときに、ちょっとは笑えばいいものを仏頂面でそっけなく答えるもんだから、相手もビビッちまってな。それを見かけた上司に注意されていたよ」
ヴェントは飽きれたように続ける。
「あいつは昔からそうでな。俺もこの街に長いこと住んでるが、あいつの笑った顔なんて未だに見たことがないよ」
「それはある意味すごいことだな。けど、笑えば可愛いと思うんだけどな」
「おいおい、セレーノ。お前もしかしてティコに惚れちまったのか?やめとけやめとけ、あんな女抱いたってつまらねえぞ」
予想もしていなかったヴェントの言葉に最後の一口だったパニーニをのどに詰まらせ、セレーノは慌ててコップいっぱいの水をいっきに飲んだ。
「そういう意味じゃないさ。誰だって笑った顔の方が良いだろう?それに、あいにく俺にはちゃんと恋人がいるんだ」
今度はヴェントが驚く番だった。セレーノの言葉に興味津々にカウンターから身を乗り出し、詳しく教えろと迫ってきた。
「お前もちゃっかりしてるじゃねえか。それで、相手はどこの女だよ。美人さんか?写真とか持ってないのかよ」
「持ってるさ。いつも財布にいれてるからね。けど、あいにく見せるつもりはないよ。だって」
セレーノは席を立ち、カウンターに金を置いた。
「見せたら、ぜったい惚れちまうからな」
そういって片目をつむってみせると、ごちそうさま、と言って店をあとにした。