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ヴェネルディにて

「家……?」

 

 セレーノは予想外の言葉にポカンと口を開けて、状況を整理しようと目の前の二人を交互に見た。

 それから二人に確認するように、もう一度開けっ放しの口から声をだす。


「ティコの家だって? この店がかい? 本当に?」

 

 正にクエスチョンマークのパレードである。

 混乱しているセレーノの問いにティコは黙って頷き、カメリエーレは、何度も訊くな、と半ば面倒くさそうに返事をした。

 それを受けて、セレーノはがっくりと肩を落とした。


「間抜けだ……」


 実はティコのことを喜ばせようと、昨日の夜からセレーノは張り切っていた。

 家に帰るなり以前買ったベネディーレのグルメ本を引っ張りだしてきて、何時間も夢中で読んでいた。

 それでも迷ったので、最終的にはヴェントに頼ることにしたのである。

 そのおかげで、素敵な店を見つけることができたので、これならティコも喜ぶだろう、と自信満々だったわけなのだが、現実は彼女が店のことを知っているどころか、その店自体が実家だと言うのだから、なんとも情けない話しだ。

 

「恥ずかしいよ、俺……」


 食事に誘っておいて、相手の実家に行く奴があるか……!

 そんなセレーノの姿を前に、ティコもやるせない気持ちでいっぱいだ。


「あの、その……。すみません」

「いや、謝らないでくれ。君が悪いんじゃないんだから。俺がいけなかったんだ。ヴェントに聞いただけで、自分でよく調べもしなかった。完全に俺の調査不足さ……て」

 

 言いかけて、セレーノはハッとした。


「ちょっと待て。ヴェントは知ってたはずだよな、ここがティコの家だって。ああ、嵌められた!」 


 くそっ、と声を荒げても、今になっては後の祭りだ。ヴェントへの仕返しは後で考えるとしよう。

 セレーノはこれからどうしようかと、腕を組んだ。このままヴェネルディに入ったのでは、さすがにティコも面白くないのではないか。

 そんな姿を見ていた若いカメリエーレが、面白そうにセレーノに声をかけてきた。


「いやいやいや。まさかティコのデートのお相手がコルディアーレ様だったとは。コルディアーレ様は、ここがティコの家だと知らずにこいつをここへ食事に誘ったんですか? ははっ。そいつは傑作だ!」

「オーリオ、いいから席に案内してください!」

 

 腹を抱えて笑い出したカメリエーレに無表情でピシャリと言うと、ティコはセレーノに向き直って、気にしないでください、と静かに言った。


「わたしはどこでもいいんです。食事に誘っていただけただけで嬉しいですから」

「でもここは、君の実家だろう? 料理だって食べ馴れているんじゃ……」

「いいえ、大丈夫ですから。さあ、行きましょう」 


 それでもセレーノが躊躇っていると、そんなことなどおかまいなしに、カメリエーレがニヤリと笑って扉を開けた。


「さあさ、お二人さん。席は用意してございますよ。なんたってコルディアーレ様がわざわざ予約してくださったんですからね! まあ、どのみちティコが客でも予約してくれなきゃ、今日はいっぱいで他で食ってもらうことになっていましたけどね」


 

 


 案内された席はアルモ川に面した窓際の席で、そこから夜の川を悠々と行くバルケッタが見えた。こちらに気づいた乗客なんかは笑顔で手を振ってくれる。

 店内の雰囲気はというと、重厚感漂う外観とは違い、中は白を基調とした清潔感漂うもので、それでいてちょっとしたところに置かれた愛らしい木彫りの置物なんかが懐かしい家庭的な雰囲気を感じさせた。

 各テーブルの中央に置かれた蝋燭は、美しい彫り物がされたガラスの器に入れられており、ほんわりとした暖かい光りを放ってそれぞれのテーブルを優しく照らしている。

 そんな店内を居心地良く感じながらも、セレーノはやはり不安に思っていたことをティコに尋ねた。


「本当に良かったのかな? 君にしてみれば馴染みの場所すぎて、その、正直がっかりしたんじゃないかな」


 あまりにも申し訳なそうに言うものだから、ティコはそっと、優しい声音で言った。


「本当に気にしないでください。わたしも気にしていませんから。それに、わたしもいけなかったんです。はじめから自分の家がリストランテだと言っておかなかったものですから。でも、どこで食事をしたかなんて関係ありません。過ごした時間が重要だと思います」


 ティコの言葉にセレーノは救われた思いがしたと同時に、前向きな気持ちになった。


「ありがとう。そうだね、過ごした時間が重要だよね。今日は君とたくさん話しをして、お互いを知るための有意義な時間にしよう!」

 

 ちょうどその時、品の良さそうな年配の男性がセレーノに声をかけてきた。 


「ヴェネルディにようこそ、コルディアーレ様」

 

 見れば皺こそ寄ってはいるが、目元が先ほどのカメリエーレとそっくりだ。


「わたくし、当店のソムリエをしております、ヴィーノ・ビアンコと申します。先ほどはわたくしめの倅が大変失礼なことを申しまして、まことに失礼いたしました」


 そう言ってヴィーノはやや後退しはじめた頭部を見せるように、丁寧にお辞儀をした。


「いえ、気にしないでください。それにしてもとても素敵な店ですね、ビアンコさん」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいかぎりでございます。ところで、セレーノ様にはうちのティコがお世話になったみたいで」

「いえ、お世話だなんて。むしろ僕は彼女の勇敢さや寛大さを見習わなければなりませんよ」

「セレーノ様にそう言っていただけるとは。この子の親としてとても誇らしいですよ」 

 

 二人のやりとりに、ティコは密かに頬を赤らめた。


 


 その後、食前酒に頼んだシャンパンを飲みながらメニューと睨めっこし、前菜にムール貝を炒めて蒸したもの、それからグリーンピースのリゾットなどを食べながら、ティコの仕事のことやセレーノの絵についての話しをした。

 そんな二人のタイミングを見計らって、ヴィーノの息子であるカメリエーレのオーリオがメインディッシュを運んできた。


「こちら魚介類のミックスグリルになります。どうだい? うちの店には満足してもらえたか、コルディアーレ様」

 

 ティコの知り合いだとわかってからオーリオのセレーノへの態度は、おおよそ客をもてなすものとは思えないものになっていた。


「ああ、とても美味しいよ。それにここはなんだか居心地がいい店だ」

「そりゃあ、良かった。たいていの客もそう言って、次に来るときには友人なんかを大勢連れて来て自慢するんだ。どう? わたし、こんな素敵な店を知っているのよってね。そうやって客が増えるのは良いんだが、こっちは家族三人と雇ってるシェフ一人だ。客が増えればその分、大忙しさ」

 

 くるりと目玉を回して戯けてみせると、さっさと次のテーブルへと飛んで行ってしまった。


「なかなか陽気な人だね、君の……お兄さん、でいいのかな?」

 

 大忙しのオーリオの背中を見ながら、先ほどから気になっていたことを躊躇いながらもティコに訊いてみることにした。


「いえ、兄ではありません。だいいち、わたしはこの家の者ではありませんから」

「え!?」


 セレーノは思わず口の中のエビをのどに詰まらせた。







11/22. 書き溜めているものが尽きそうなので、少々更新に間が空くと思いますが、お時間のある時にでもまたお立ち寄りください。

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