恋人たちのイベント(2)
人々の物珍しそうに向ける視線が自分たちに向けられているのがわかる。
「………」
人の声が雑音となり、観光客に伝える放送が騒音となって海値の耳に聞こえるが、頭の中までは届かない。
つまらない
アンドロイドのモデルとなって小一君、外夢のクローンと一緒にパレードにでられるなんて、普通の高校生じゃありえない凄いことなのに。
しかも荷台には小一君とアンドロイドを維持するため)クーラーがかかっているから、優遇うけているのに
それなのに
「………」
海値は近くから向ける視線に気づきゆっくりとした動作で小一をなでた。
見世物パレードの間、隣に並べられているアンドロイド風機械と同じようにゆっくりと動かなければならない。僅かに表情を変え笑みを作る事が許されているが、機械にプログラムされていない怒りや悲しみ。ましてやしゃべることなど言語道断である。
それらすべてエネルギー施設にいる彦星、涙羽が人間ではなくアンドロイドだと隠すために。
揺西を離そうとするため。
「ぶも?」
行動の制限がないというより、制限することができない小一は海値に不安げな声をだした。
『大丈夫よ、小一君。馬鹿なことなんて考えすらしていないから』
小一の声を勝手に解釈し、口を開かず答えた内容など小一がわかるはずがないが『大好きな海値が、さっきより元気になった』と判断したのか、小一は頭を正面に向け華やかな光景をじっと観察し始めた。
人形のように動かない海値は、ぼんやりと祭りの様子を見続けていた。
人工都市『外夢の町』の七夕祭りは、物珍しさもあって賑わいが衰えることはない。
ましてやアンドロイドだとか未来のエネルギーを担うクローンだとか未来の匂いがする珍しいものとなれば、好奇心がうずかない観光客はいないだろう。
「………」
その視線を、観光客と同じ人間の海値にも向ける。
一斉に見られる視線に、最初、海値を戸惑わせたが、時の流れと共に『私はおまけ』という言葉が浮かび、気を落ち着かせることができた。
落ち着かせたというより、自分は蚊帳の外にいる事を認識させ、揺西と会えない事で憂鬱になってしまった。
「………」
車の荷台から見下ろす見物人の頭が、黒くうごめく蟻のように見えた。
そう思うのは、このパレードが、祭りが、どうでもいい事になっているからだろう。
「………」
見物人、黒い蟻たちは食料を運ぶ行列のように道路の端に並んで中央のパレードを見物している。
となると私は女王蟻になるのかな、いや、獲物のようね。私は見世物なんだから。
パレードは午前と午後の2回。それが3日間あるのだから6回ある。
それが終われば、開放される。
蟻の行列から開放された海値は表情ある人間と戻った。
日の暮れた時刻、夏の激しさがとれた人工都市とはいえ、とても涼しいとはいえないが、開放さた海値にとっては心地よいものに感じてしまう。
翼を手に入れたよに海値の軽やかな足は揺西のいる公園に進んだ。
「……」
揺西は木陰のベンチで前のめりになって居眠りをしていた。
「おや、海値さ…」
公園の先客、ジャングルジムに上ったものの直射日光に負け、揺西の隣にいた田崎の声が途切れたのは、すぽーんと空になったペットボトルで揺西の後頭部を(軽く)叩いたから。
「わっ…って海値、なんだよ突然」
「それはこっちのセリフだからね。人はつまらないでいたのに、すやすや眠っていられるなんて」
「はぁ?こっちだってなぁpillarを見張って動けなかったんだからな」
ムッとした顔を見合わせる2人は第3者の視線によって離れた。
「あの~。海値さん、居荒先輩たちを見かけましたか?」
やっと再会した2人に邪魔するのは悪いが、居荒たちに会いたくない田崎は(サボった事に)分が悪いと思いながらも口を開いた。
「さぁ?朝、見かけたきりですよ」
「そうですか…そうですよね。海値さんと関係ないし」
苦笑して立ち上がった田崎は公園の出口に向かって歩き出したが5歩目で足を止めて振り返った。
「田崎さん、ここにいた事は居荒さんたちには言わないよ」
「揺西君、ありがとう。
でも、そうじゃないんです。海値さん、小一さんは、安全な所にいますよね」
この場合、田崎が小一に教われない危険性がないかの安全である。海値が安全の太鼓判を押すと安心して公園を出て行った。
「あの人、本当に会社員なの?普通、社長とか偉い人と行動しなければならない時にサボれるもん?」
海値は揺西の言葉に笑って肯定を避ける事にした。
「み~ち。田崎さんの肩を持つわけ」
しかし機嫌の悪くなった揺西にとって、それすら嫉妬の対象になる。
「……」
海値は子供っぽい揺西に不満の表情を浮かべてから、揺西に背を向けて歩き出した。
小学生並みの揺西は膨れっ面を浮かべてから、海値の後を追い、ジャングルジムに右手と左足を乗せる。
日の暮れた時刻。人工セミの音声発生時間が終わり、カナカナというひぐらしに変わった。
ジャングルジムを上り終えた海値は最上段の鉄棒に腰を下ろし、揺西ではなく公園を見渡した。
到達した揺西も腰を下ろしたが公園ではなく海値に向く。
揺西の恋愛的挑発行為であった。
海値に好きだと訴えるためであり、それを感じ取る海値にとって嫌ではなかった。
しかし、海値は視線に気づかない振りをして公園から視線を固定した。
隣にいる揺西の視線が痛いほど感じる。
「………」
意地っ張り小学生揺西は答えてくれない事に固持になり、さらに続けた。
そのまま気まづいまま時が流れてゆく。
「………」
小学生な揺西にとって挑発する恋愛行為は嫌いではないが、自分自身が気まづくなるのは好きではない。
だから…
体勢に気をつけながら、上半身を横に大きく倒し海値の脚上に。
揺西は脚をジャングルジムの上に伸ばし横になるまでバランスを崩さないように懸命だったが、それが成功すると海値の顔を伺った。
海値は予想もしなかった揺西の行為には慣れているので慌てることはなかった。
視線を揺西に移動し優しい目で見つめた。
『しょうがないな』と言葉が浮かぶ海値の表情は子供をあやす母親のようであった。
小学生並みだが子ども扱いされたくない揺西はムッとしたが、海値が反応してくれた事に少しほっとした。
静かなる時が流れた。
沈み始める空の色が、ゆっくりと青く変わってゆく。
「…………」
さっきよりは穏やかだが、気まづい空気は漂っていた。
『ただの無』という空気から『恋愛的空気』へ
2人だけの空間
言葉もなく、動くこともなく。心は…伝わっているのだろうか?2人は不安を感じていた。
パレードに引き離されて、ようやく会えたのに。心が完全に報われたようには思えなかった。
「揺西、大丈夫?落ちないでね」
「起きる」
海値の落ち着いた声に揺西の恋愛挑発モードが冷めたらしく、もそもそと起き上がろうとしたが…バランスの悪いジャングルジムの上、簡単に起き上がれるものではない。
体を動かした時点で揺西もそれに気づき、まずは目で訴えた。
「み~ち。助けて」
「助けてって、どうすればいいの?」
「落ちないで起き上がれる方法を教えて」
「教えてって…」
海値はあたふたと上半身を軽く動かしうろたえたが、とりあえず冷静に、海値なりに考えた。
「とりあえず…私がどくから…そっから」
「え、頭はどこに置けばいいんだよ」
「鉄棒か何とか支えて。足をジャングルジムの上に移動して仰向けにする体勢になってから、起き上がれば、何とかならない?」
「無理だよ」
「それなら落ちるしかないわよ」
「…」
無言イコール承諾と見なし、海値は揺西から離れた。
海値がいなくなりジャングルジムで横になった状態から、うつぶせになる。
あとは鉄棒を握り、スムーズとはいかないが、何とか起き上がり、立ち上がって座りなおすことができた。
「…もう、揺西。心配させることしないでよ」
海値の不安げな顔が隣にあった。
「…。………」
揺西は視線を逸らしたが、すぐに戻した。
「心配させられるのは、こっちの方だよ」
「何で?」
揺西は腕を伸ばしみちの肩を引き寄せる。
「海値が、あいつらの『物』になりそうで恐い。だから明日と明後日のパレードサボって」
「無茶言わないで。学校とは違うんだから。
それに私がなりそうだったら、揺西はなっているじゃないのよ」
「違う。なりたくてなっているんじゃない。涙羽に選ばれたから、あんな所、誰が近づくかよ」
海値は揺西が『彦星』ではなく『涙羽』と呼んだ事に不満を持った。
同じ意味を持つささいな言葉。どっちを使ったとしても変わらないのだが、海値は僅かに眉をあげた。
「…何だよ」
しかし揺西も海値の表情に気づき、その言葉を使うべきではないと後悔した。
過敏に反応してしまうほど、その2文字は2人を支配していた。
「涙羽は可哀想だからだよ。俺が好きなのは海値だけだ」
揺西は安心させるように笑ってみせたが、乾いた安っぽいものでしかない。
海値は笑みを返した。それから近づいてきた揺西の唇を受け入れた。
安っぽくて何度も使われた言葉だが、海値は信じるしかなかった。
この長い口付けも、もしかしたら無意味なものかもしれない。と、海値の脳裏に横切ったが、心の中で否定した。
信じようよ、揺西を
海値は、自分の言葉を信じることにした。
「あ…」
2人が唇が離れた後、海値はそれに気づいた。
時刻は19時を過ぎていてpillarのイベントが始まっていた。
「何だよ、折角待ったのに、今年もハズレかよ」
2人は映像装置pillarの中に移動した。
夜に始まるpillarのイベント。それは降り注ぐ星。雪が落ちてくる速度で黄色い小さな星が降ってくる。
2人は黄色い光に包まれた。
「揺西、知ってる?この星はねぇ、天の川かの星から流れてきた星になっているんだよ」
「本物の星はこんなに小さくて軽いものじゃないだろうに」
『夢ないなぁ』と海値は苦笑したが、文句を言う表情ではなかった。
舞い降りてくる星を見ていると子供のように無邪気になる力があり、揺西は純粋に笑っていた。
「揺西、かわいい」
無防備にさらけ出した顔を見られ、慌てたが揺西の表情はすぐに戻っていく。
同じように笑っている海値を見たから。
子供のような笑顔を互いに見ることができるpillarのイベント。恋人達にとってこれほど嬉しいイベントはないだろう。
「キレイだね」
「あぁ」
3センチほどの星を手の平に当てても実体のない映像は通過していく。
しかし、手に触れる瞬間、pillarの粋なプログラムにより光が僅かに強くなった。
それが頭や服に触れるたび、それが起こるのだからpillarのイベントは神秘的なものでもあった。
イベントの力により直前まであったわだかまりを、綺麗に忘れさせてくれた。
ちなみに当たりは降り注ぐ星の代わりにピンク色のハートになる。
当たり、ハズレを意識する2人だが金色の光に近い星に包まれると、そんなのどうでも良くなってしまう。
「来年、一緒に見ようね」
「あぁ」
大事なのはpillarのイベントを2人でする事なのだから。
これ以上、恋人たちに言葉は必要ない。