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恋人たちのイベント(1)

 昨日

「うん。で、目星はついているの?」

 2人の会話は、夜のイベントによるものだった。

 開会式で鳩を出した映像柱の装置pillarは、さらなるエネルギーを使うため(3日後の休息を迎える外夢の放出エネルギーが跳ね上がり、それを処分するためとも言われている)イベントが催された。

 都市内157箇所に設置してあるpillarが祭りの日だけ起動し様々な立体映像が流れ人々を楽しませる。

 夕方5時になるとpillarは一度映像を消して夜の7時7分まで待機モードに入る。

 時間になると156箇所は夜用の映像が始まるのだが、1箇所だけ特別な映像が流れた。

 その場所に恋人が居合わせたならば、永遠に結ばれると言われており恋人達が躍起になって探すイベントであった。

 しかもpillarは直径1メートルしかないので幸運は毎年一組だけとなる。

 pillarは都市の端まで散らばっており幸運の1箇所もランダムとなる。

 海値と揺西がイベントに参加して5回目となるが幸運とやらは降りてくれない。

「ランダムだからなぁ、感を頼りにするしかないというよりも、157箇所しかないから場所とりに専念した方がいいな。

 場所をとったらメールするよ」


 毎年、祭りの間は最高気温が27度に設定されている。

 祭りの間は一般世界の天気と関係なく快晴で夕立のおそれもなく、大いに楽しむことができた。

 ここが人に管理されたドーム年である事を揺西は改めて実感してしまう。

 肌をじりじりと焼く日も人工で、それを一匹のモンスターが作り出していることも。

「………」

 実感しなければならなかった。

 揺西はエネルギー発電の塔を出て大通りを住宅エリアに向かって進んでいると、祭りを中継するリポートの声が聞こえた。

「さあ、パレードの先頭が見えてきました。

 まずは町のシンボルである外夢です」

 揺西は立ち止まり車道に視線を向けた。

 祭りの間は一般車は歩行者天国になっているのでパレード用の車がゆっくりと視界に入りこんでくる。

「今、荷台にいるのは、この町のエネルギーを作り出す時期外夢、のクローンモンスターです。

 そして、その両脇に並んでいるのが話題となっているアンドロイドと、そのモデルとなった二木海値さん。

 どちらがアンドロイドで、どちらが二木海値さんなんですが…皆さんはわかりますか?」

「あの人たちもよく考えるよな…」

 そう呆れながらも揺西の視線は近づいてくる車、青い彦星衣装を着た海値を見続けた。

 海値は役になりきっているのか、ただ緊張しているだけなのか、胸を張りまっすぐ進行方向を見つめていた。

 揺西の目には少しこわばった表情が勇ましい同性のように見えた。

「……」

 海値は…

 見慣れ過ぎているはずなのに、他人の様に見えた。

 それは見慣れない服のせいか、人形、隣のアンドロイドもどきがいる違和感なのか…

 海値が遠くに感じる。

 さっきまで手を伸ばせば、触れられたのに。

「………」

 周りの声、雑音が揺西の耳に入り込むようになった。

 海値が振り返ることはなく、乗り物は揺西の前を通り過ぎ、そして視界から消えていった。

「気づけよ…」

 それから揺西は携帯を取り出し、祭りの事が載っている『外夢の町サイト』にアクセスする。

 トップページに『157分の1になろう!!』という項目に進んだ

 表示されたページには、こう載っていた。



 『157分の1になろう!!』


1.過去の記録

2.傾向と対策

3.要注意エリアはここだ!!

4.恋人達の勝利インタビュー

5.掲示板


 揺西は2.傾向と対策に進む。

「………」

 祭り前から開いて何度も目にした文章は1文字たりとも変わっていないが、それでも揺西は目を通した。

 過去データからして、商業エリアが多いが、ここ最近は都市外れに転々としています。

 しかし今年はイベントが始まって10回目、区切りのいい数字です。

 イベント研究会が出した本命は、中央エリアか商業エリア!

 大穴を狙うならば都市外れで決まり!」

「中央か商業…」

 揺西はウェブを終了させ歩き出した。

 人工の日差しが揺西の髪に照りつけ、考える力を奪い、頭に浮かぶ言葉は不満で埋め尽くされた。

「本命とか大穴とかほざいているけれども、それ以前の問題をなんとかしろよな…」

 年々話題になりつつあるイベントは、幸運を手に入れようとする恋人達の数も増してきている。取り合いになり喧嘩騒ぎも起きていていたが、何も処置されていない。

 恋人たちのイベントは157分の1よりも数百分の157の確率になっていた。

「この時間じゃ本命どころか、大穴エリアも無理だな」

 揺西は目にとまったコンビニに足を向ける。

 イベントの場所取りは花見や運動会のと変わりはなく、時がくるまで見張りをしなければならない。

 去年までは2人で見張っていたので、食料の補給など何の苦も感じなかった。

「海値のかば。何でパレードなんか出るんだよ」

 小一のお守りであり、アンドロイドのモデルになっているのだから仕方ないのはわかっている。

 しかし頭で納得できても心は納得してくれない。

「………」

 仏頂面だった揺西は、足を止めるほどの事に気づいた。

「そっか。俺、寂しいんだ。海値が恋しくて仕方がないんだ」

 海値が好きでいる事の証に気づいた揺西は、顔をほころばせた。

 自分が本当に恋している事。それを実感できることに安堵していた。

 戸立から何度となく海値との交際を否定され激怒したものの、その度に揺西は僅かな不安にさいなまれていた。

 この激怒は本物だろうかと。

 その疑問に気づくと揺西は考えることを恐れ、自分に怒りを覚えた。

『何かんがえているんだよ。俺と海値はつきあっているんだからな』

 自分に言葉を叩きつけるものの、心の奥に住む同じ姿をした揺西はニヤニヤ笑っていた。

『偽りなんかじゃない。俺は本当に海値が好きなんだ』

 夏の日差しにさらされてるのにもかかわらず、揺西の心は小春日和のように穏やかであった。


 

 食料と大量の飲み物を買い、戦闘準備を整えた揺西は方々を歩き回ったものの、恋人達のイベントとなる157箇所のpillarはどこも人であふれていた。

 揺西はため息をつくと海値にメールを打ち込んだ。『いつものpillarで待っている』と

 『いつものpillar』というのは住宅エリアにある、ほとんど見過ごしてしまう所にあり、地元の2人でさえ偶然に見つけることができた滑り止めのpillarであった。

 その場所は住宅街のど真ん中にある。

 公園と幼稚園、保育所。それから放課後に子供を預けられる学童保育の施設が集中する子供エリアでpillarは子供エリアの真ん中にある公園のジャングルジムの真ん中にあった。

「しっかし変なところに設定したよな。ウケを狙ってか、それとも設定ミスか」

 ただ、あまりにもマイナーすぎる場所なので当たりpillarに選ばれることはないだろう。ということである。

「あち~」

 夏の日差しは揺西をせきたて歩行速度をあげた。

 目的地の公園、ジャングルジム…横にあるベンチへ

 公園はさほど大きくはなく、まず広場が目に入った。ブランコやシーソーは手前にあり、揺西が目的とするジャングルジムや砂場は奥で、その間に木陰に覆われたベンチが配置されているのだが…

 男が座っていた。

「うそだろ…」

 滑り止めでさえ取られてしまった状況に愕然とする揺西だが、男が1人だけで女性がいない事に気づき全身を始めた。もしかしたら、万が一にも違うかもしれないという気になり、だめもとで聞いてみようと考えたからであった。

「……」

 前進する足が速まった。

「田崎さんっ」

「へ?わっ、揺西君。どどどどうして、ここまで…」

 加速した理由は相手が田崎だったからで、一方の田崎はものすごく動揺していた。

 おそらく、いや間違いなく、仕事を抜け出してきたのだろう。

「連絡しませんよ」

 田崎の動揺を見抜いて『この人は本当に社会人なのか?』と疑う揺西であった。

「ただし、そこのpillarを譲ってくれれば」

「そこの…pillarって?」

 … … …

 どうやら田崎は、純粋にサボるために、ここのベンチを使用していたようだ。

「あ、もしかして海値さんが言っていた、夜になるともっとすごい事が起きるて言っていたイベントですか?一体、どんな事が起きるんですか?」

 田崎の口から海値の名前を聞いてムッとする揺西であったが、子犬のように目をキラキラさせて、話をせがむサラリーマンに仕方なくpillarについて語るため、田崎の横に座った。

「へえ。ロマンチックですね」

 ありきたりの感想を述べてから田崎は、これまたありきたりな質問をした。

「もちろん、海値とすごすためにきたんですよ」

 先を読んだ揺西が答えてしまったが。

「ははは。いいですね、相手がいると」

「田崎さんは彼女、いないんですか」

 幼なじみになれなれしい男に親しみをもてない揺西だが、涼風が通り過ぎる木陰から出る気はなく、なんとなく話しかけてしまった。

「彼女ですか、ここに来る一ヶ月前に別れたからフリーなんですよ」

 高校生に敬語を使うサラリーマンから予想もしなかった言葉に揺西は田崎を見つめてしまい、慌ててジャングルジムに視線を移した。

 木陰から見るジャングルジムは直射日光が降り注ぎ少しまぶしいが、その真ん中にあるpillarの映像は1本の大きな笹に短冊や飾りが一つ一つ取り付けられていくもので、さらりさらりと揺れている。

 笹は大きくゆれ、ないはずなのに葉がこすれる音が聞こえるような錯覚を感じた。

「まるで風鈴のような映像ですね」

 田崎の発言に揺西は再び視線を向けてから、心の中でうなづいた。


「それにしても…誰もいないんですね。私たち以外には」

 田崎は夏休みなのに人がいない公園を見渡した。

 風鈴のような光景の効力が続くことはなく『夏の大合唱』となるセミが騒ぎ立てている。

 しかも、人工のセミが。

 人工の町、しかもドームが覆う町で自然のセミは存在せず、セミを知らず大人になる子供の将来を心配して、教育機関に要請した。

 毎年、夏休み前になると役人たちが借りだされ、せっせと音声機能がついたセミの模型を木に取り付けるという、涙ぐましい光景がみられるという。

「そりゃあ、祭りだから、いるわけないですよ。

 祭りが終われば停電になるんだから祭りに行かないで旅行に出かけている所もあるし」

「そうですか…じゃあ、誰も来ません、よね」

 田崎は辺りをキョロキョロと見回してから、腕にかけていた上着をベンチに置くとおもむろに立ち上がった。

 まっすぐ進み、ジャングルジムに到着すると鉄の棒に手をかけたが、揺西の存在を思い出して振り返る。

「あのう…揺西君。このことは誰にも言わないでください」

 やはり田崎はジャングルジムに上るらしい。

「はあ」

 ネクタイを緩めてから、足を一段目の棒に乗せて片腕と片足だけで体と持ち上げる。

「これは…結構、大変な作業だったんですね…子供の頃は難なくこなしていたのに」

 体力はないみたいだが、中肉中背のサラリーマンが苦戦する様はこっけいに見えた。

 揺西は笑うことなく無関心に眺め、それから田崎の歓声を聞いた。

「何とかあがれましたよ。いやぁ~子供はすごいですね。これを毎日こなすなんて」

「最近の子供はめったに遊びませんよ」

 揺西は冷たくあしらい、コンビニで買ったペットボトルの蓋を開けた。

 炭酸飲料でのどを潤し、背もたれに身を預ける。

『いい大人のくせして、まるで子供みたいだな』

 揺西が出した田崎の感想は、田崎が出した揺西のものと変わらないが、2人が互いの感想を知ったら気を害するのは間違いないだろう。

「………」

 揺西はポケットから携帯電話を取り出し時計をみるものの、ほとんど変わらない数字にため息をついた。

「つまんねぇ…」

 海値がいないだけで、こんなにつまらないものか。

 いつもだって。そう毎日24時間一緒じゃないっていうのに。

 学校だって同性の友達と行動しているし。クラス違うし。日が沈めば自分の家に戻っていく。

 その間、会いたくなってメールするけれども。

 こんなに1人がつまらないと思ったことはない。

『それは今日が祭りという特別な日だからじゃないのか?』

 その声は揺西の頭にしか聞こえない、心の声だった。

『かもしれないな。去年まで3日間ずーっと一緒にいたんだから』

『それだけじゃないだろう』

 揺西に話す心の声は何でも知っている。

『恐れているんだろう?奴らを』

 揺西は何も答えなかった。

『海値が奴ら、塔の関係者たちの手元にいて、もしかしたら海値も彼女みたいに捕らえられて、二度と会えなくなるんじゃないかっていう不安がよ』

 揺西は返答を拒否した。

『もし、本当にそうなっちまったら、どうするんだい?

 どっちに行く?まったく同じに閉じ込められた海値と涙羽…』

 揺西はおしゃべりな心の声を強制終了させた。

 揺西の精神は心の声を押さえつけられる余裕が残っていた。

『俺は海値を選ぶ』

 だが押さえつけられたはずの心の声は揺西からするりとかわした。

『じゃあ、なぜ俺の声を消したんだ?海値に負い目を感じているから耐えられなかったんだろう』

『違う。冗談じゃねぇ。負い目なんて、あるわけないだろ』

『なら、なぜ怒る?なぜ、彦星に会いに行く?』

『それは俺が織姫に選ばれたからだ』

『選ばれただけなら、なぜ、そんなに悩んでいるんだ?』

『悩んでいるだと?』

『そう、お前は悩んでいる。彦星、涙羽の純粋な笑みを見て。お前、いや、俺は悩んでいるのだ』

『それは涙羽に悪いと思っているからだ。涙羽を彼女として見られないからだ』

『ふうん』

『何だよ』

『じゃあ、なぜ、好きな海値に口付け止まりなんだ』

 他の者には聞こえない『心の声』に揺西はさっと表情を変え、耳を赤く変色させた。

『それはっ。それは、もしもの事だ。まだ高校生だっていうのに取り返しのつかない事になるのが気になるし…第一、海値の了承だってない』

 心の声は何も言わなかった。しかし、それは明らかに挑発した無言であった。

 揺西も心の声と向かい会うことができたのならば、相手の胸ぐらをつかみ突っかかりたかった。

 しかし相手は実体のない自分。揺西は嘲笑する心の声に腹立たしく思うことしかできないでいた。




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