七夕祭り
旧暦7月7日の3日前に人工都市の七夕祭りが始まる。
祭りの日だけは必ず快晴になり、じわりじわりと町を照らした。
朝、人工都市で目を覚ましたほとんどの者が『この日が来た』と口にしたことだろう。
宿初施設で目を覚ました観光客は、これから起こるイベントに喜びを
主催者側は各自が受け持つ仕事の責任。
そして地元であり、塔の関係者である2人は複雑なため息をついた。
「ただいまより、外夢の町、七夕祭りを開催します。
脂ぎった顔をハンカチで拭きながら市長が開始の言葉を言い放つと控えていた楽器隊からファンファーレの演奏が始まり、祭りの合図を大勢の人に知らせるための花火が打ち上げられた。
会場は町の中央、エネルギー施設のある塔敷地内にある中庭で行われている。
会場に集まっているのは偉そうな権力者たちと町のPRにはかかせないマスコミたちであった。
ニュースや新聞の著いネタにしようとデーターを納めていたが、どよめきが上がった。
市長が開始宣言してまもなく、市長の手から、はたまた自分らが座っている何の変哲もないコンクリート、芝生から突如として無数に近い白い物体が浮かび上がってきたのだから。
白い『それ』は最初2.3センチの球体だったが上昇していくにつれて上、左右に突起が出て、それが鳥、鳩に変化した。
どよめきが歓声に変わる頃、会場に居合わせた者たちは、鳩になった物体から羽ばたきの音を耳にした。
「すごいな、これが外夢の町が持つ力か」
「えーと。鳩、鳩です。地面から現れた球体が鳩に変わりました。今、飛んでいきました」
権力者たちは目を真ん丸くし、アナウンサーは驚きをリポートする中
「鳩は映像なんですよ。知ってましたか田崎さん」
その様子を塔の3階休憩所から観察していた海値は案内人のように説明した。
「映像って…あの鳩が映像なんですか?」
「pillarっていう方法を使っていると聞いたことがあります。地上とドーム天井部分に特殊な装置があって、映像の柱になっているんです」
「映像の柱ですか」
「はい。柱自体は見えませんが柱の範囲内ならば、今飛んだ鳩どころか架空動物でさえも可能なんですよ」
会場で起きた鳩の仕掛けは、会場内に大きめの装置をつけているので無数の鳩を飛ばすことができた。
「へぇぇ。やっぱり、この町はすごいですね」
「pillarは町の至るところにあって、祭りの期間中だけ様々な映像が流れるんですよ。夜になれば、もっとすごい映像になるんですよ」
「み~ち、時間だよ」
後ろのソファーにどっかりと座っている揺西は時計を見ずに知らせた。
「時間って、戸立さん来ていないよ」
窓側で会話することに嫉妬しているのはわかっていたので、海値はそれを口にしないことにした。
「田崎さん。会社の人達が動き回っていたのに、のんびりしていいの?」
揺西の棘を感じる言葉にシャツにズボンにネクタイをしめている田崎は視線を壁にそらした。
「いやぁ、朝は体調がよくなくて」
「サボるために体調悪くなったっていうやつ?」
「え、あ。そのう…まえ。あはは」
2人の会話を聞いていた海値は疑問を口にした。
「でも、今、お盆休みじゃなかったんですか?」
「そうなんですが、社会人となれば休み関係なく働かないとならない時があるんですよ。社長がくるとなれば…」
「社長って…偉い人なのに、サボろうとするつもり?」
呆れ顔の揺西にごまかし笑いをする田崎であったが…それが一気に凍りついた。
休憩室前にある右側のエレベーターが止まり、開かれた扉から
「ふはははっ。たーざーきー、仮病を使うとはいい度胸だな」
「ひぃぃぃぃ」
悪の三流魔王のような先輩居荒の登場に、後輩は雑魚モンスターのような悲鳴をあげた。
「俺が体調不良になって祭りを堪能するんだから、お前は大人しく働け」
有無を言わさず田崎の後ろ襟首をつかみ閉まろうとしたエスカレーターの扉を足で止めて、中に入った。
「世話になったな」
居荒は言葉を残し、雑魚モンスターと共に姿を消した。
「何か、先行き不安な会社だな」
海値は苦笑して問いかけるため揺西を見た。
居荒が『世話になった』と言った時、視線は揺西に向けられていた。田崎をつかまない手には携帯電話が握られていた。
揺西が居荒に告げ口メールを出すにもアドレスを知ってないと送信できないが、戸立女史を通せば不可能ではない。
「………」
海値の問いたげな視線に気づいたのか無意識に判断したのかはわからないが、海値を見つめにっこり笑った。
「海値、それ似合っているよ」
田崎との会話と居荒の一騒動で触れることができなかったが、海値は祭りの衣装に着替えていた。
「でもさぁ、何で海値が彦星役なの?」
小一の見張り、脱走防止役としてアンドロイド披露パレードに参加することとなった海値は、青い着物、漢服を着ていた。
髪も結い上げた髪を丸め水色の布で包み白いリボンでとめている。リボンは長く、海値の腰あたりまで垂れ下がっていた。
「そりゃあ、アンドロイドがメインだもん」
左側のエレベーターが開いた。
3階休憩室前に足を踏み入れたのは、夏用スーツを上着まで着た男2人と1人の女性、戸立であった。
「みっちゃん、揺西君」
戸立に呼ばれ、2人は3人の所に歩み寄った。
「紹介します。こちらは二木海値さん。今日のパレードに参加します」
織姫の役目を持つ揺西よりも先に紹介された海値は戸惑いながらも一礼した。
「という事はMci-8550のモデルになった子だね」
どうやらアンドロイドを作った会社の偉い人のようだ。
白髪が混じった初老の男に見られている中、戸立が紹介してくれた。
「みっちゃん、揺西君。こちらの方はUEVコーポレーションの素宇野社長と広報部の素宇野部長よ」
高校生にとって『社長』という『遠い世界だけれどもすごい存在』に目をぱちくりとした。
それから社長と同じ苗字にの気づいた。血の繋がっているから部長という立場になれたんだろうなと推測していた。
社長の横で鋭い目を向ける部長は田崎よりも年上だが居荒よりは下だと判断できた。
それから2人は居荒たちと同じ会社の人だと気づいた。
「戸立さん。そっちの子は例の子かい?」
ぶしつけな言い方にむっとする揺西だったが、口にすることはなく表情を僅かに歪ませる程度に抑えた。
「はい。織姫に選ばれた尾原揺西君です」
揺西も一礼するものの、じろじろとまとわりつく様な視線に不快でならない。
「ぶもう」
揺西を救ってくれたのは後方の通路から飼育係に連れられてきた気楽な生き物だった。
「あれは外夢のクローン。小一ですか小二ですか?まさか三ではないはず」
若い管理職人は灰色長毛の生物を揺西以上の好奇心の目を向けた。
ちなみに外夢のクローン外夢小一は外夢の小さい一号という意味で小一と名づけられている。
「ぶも?」
小一は見慣れない人物に気づいたが近づくことはなく、大好きな海値に歩み寄った。
「小一です」
権力という言葉に縛られない生物に戸立は苦笑するしかなかった。
「ぶもう」
上機嫌な小一は海値に頭を擦り付け、頭をなでてくれとせがんでいた。
「小一が。大きくなったな」
社長は自ら小一に歩み寄り背中をなでた。
社長は自ら小一に歩み寄り背中をなでた。
「しゃっ…触っても大丈夫なんですか」
エネルギーを放出するモンスターのクローンだから感電すると思っての発言であろう。
「外夢はAngという新しい特殊な気体を放出し、それを二酸化炭素と融合させることにより発生するエネルギーから蒸気を作りタービンを回す」
「そうですか…でも」
「外夢たちは、その作動装置がない限り、なんの変わらない生物だ。
それに、お嬢さんたちが普通に接しているではないか、気づかないのか」
「はあ…そうですね」
「失礼します」
後方の通路から1人の職員が現れた。
一体のアンドロイドと共に
「ほう」
初めて目の当たりにする広報部長は目を見開き、社長は目を細めた。
「………」
海値と同じ顔をしたアンドロイドはゆっくりとだが、人間の動作と変わりはなかった。
海値の青い彦星衣装に対しアンドロイドの織姫衣装は赤が使われている。赤そのものではなく白やピンクを使ったヒロインらしい漢服であった。
海値より長い髪を結い上げ、紅をつけた唇は海値よりも大人っぽくみえた。
「素晴らしい出来だ」
「これが本物ならば…なんですけどねぇ」
ため息交じりに言う戸立の言葉に誰もがうなづき、改めて機械を見つめた。
海値と同じ姿をした『それ』が歩けるのも、止まり、少しぎこちないが人間に見える笑顔が作れるのも、機械の後ろにいる職員のリモコン操作によるものだった。
「だが、人の目は誤魔化せられるだろう」
「パレードは車の荷台に透明な囲いの中織姫と彦星、外夢小一を乗せます。職員は車の助手席に座り、モニターを見ながら操作します」
「そんなに離れて大丈夫なのか。もし、それが無様に倒れたりでもしたら、おしまいなんだぞ」
「ご安心を部長。リモコン操作は20メートル離れたところでも、繊細な表情を作ることができます。車に乗せた状態を何度もテストしていますし、操作する者も厳選なる審査のうえ…」
まだ納得のいかない部長の顔を見て、話が長引くと見抜いた揺西は数歩さがり、海値に目で合図した。
「俺、探しに行ってくるから」
揺西は団体に一礼して通路を歩いていった。




