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塔の中で眠る影

「純粋な涙羽の心を傷つける事になるわね」

 その者は揺西が持つ胸のうちを鋭く言い放った。

 エネルギーセンター制御管理室長、戸立こだち

 その名の通り、制御管理をする。早い話、涙羽の管理係である。

 涙羽のいるエネルギー室を出た揺西は、いつものようにエネルギー制御管理室に向かった。

 部屋は数台のパソコンらしき機械と長い机が置かれ、そこで涙羽の状態を監視し続ける者、戸立がいる。

 戸立は40代を少し過ぎた女性で、長い髪を一つにまとめ、平均的な体型を白衣で覆っていた。

 眼鏡の似合うキャリアウーマンといった感じであろう。

「………」

 美人かもしれないが揺西は好きになれなかった。

「だけどさ…戸立さん。俺だって人間なんだよ」

 揺西がこの部屋を訪れる理由は涙羽の状態を報告するためだったが、いつからか不安を吐き出す場所になっていた。

 海値とつきあっていながら涙羽の支えになり続けるのは、今の揺西にとって負担であり、不安でしかない。

 涙羽とは織姫と彦星の関係だけれども、揺西には現実があって海値がいる。

 しかし、涙羽は幼なじみの恋人がいるなど知る由もなく。彦星と織姫という特別な関係だと思っている。

 涙羽の純粋な目は語り。表情は特別な人のためだけの笑顔を向けているのだから。



「もうちょっと先になったら、外夢はエネルギーモンスターの役目を終えるって聞いたの。

 そうしたら、ずっと揺西と一緒にいられるんだよ」

 いつの日は涙羽は無邪気な笑みを浮かべそう言っていた。

 それは、そういう意味だろうと揺西はわかっていた。

 いや、俺がそう勝手に思い込んでいるのだろうか?…できるならば、そうであってほしい。



「あら、涙羽だって人間なのよ」

 長い思考は戸立さんの返答で戻された。

「………」

 戸立はマイナスしか言わないとわかっていたが、戸立以外の人に話すことはできなかった。

 涙羽が人間であることを語れ、しかも二人の思い加われば海値にすら言葉を吐き出せないのだから。

「隠しているのに、よくぬけぬけと言えますね」

「ここは聞かれたらマズイ人間はいないからね」

 この制御管理室は戸立専用の部屋になっているので2人だけしかいない。

「………」

「迷っているのね」

 その言葉に揺西の顔が変わる。

「迷っているって、俺が?何を?どうしてですか?」

 『何を』というものの揺西の声には怒気が含まれており、明らかに知っている事を言い表していた。

「涙羽に向ける感情に決まっているじゃない。みっちゃんがいるから涙羽を愛しさを向けられない。涙羽がいるからみっちゃんに愛しさをむけられない」

「俺が好きなのは海値だけです」

 言い切る揺西に戸立はため息をついた。

 戸立の目から見た揺西と海値は幼なじみ以上の仲には見えなかった。

『というより意地になっている。2人は意地になってつきあい続けているようにしか見えない』

 その言葉は何度となく口にしてみたが揺西は怒りの反論をする。

『それは、あんたが涙羽を、エネルギーを優先して考えているから、そう見えるんだよ』

 これ以上、言葉を口にすれば揺西が暴れだすのは目にみえていた。

「………」

 かといって、このまま黙っていても重い空気のまま変わらないが。


「戸立さんは、いや、あの女は仕事の事しか考えていない。だから平気で言えるんだよ。

 意地になっているだと。冗談じゃねぇ」

 制御管理室を出た揺西は目にとまった壁に蹴りつけ怒りを表した。

 白い壁を淡い水色の床が続く通路を進むと深緑色の床に変わり、少人数用の休憩室にたどり着いた。

 揺西は誰もいないのを確認すると抹茶色のソファーにどすんと音をたてて座る。

「ったく、冗談じゃねぇよ」

 向かい合わせてある隣のソファーに足を乗せたかったが高級そうなテーブルに阻まれ、足をかける勇気はなかった。

「………」

 それから揺西は右奥にある二つのエレベーターに目をやったが双方とも動く気配はない。

 海値に小一の面倒や今回のように彦星涙羽に呼ばれた場合、ここにある専用のエレベーターを使ってあがっていく。

 ここで待ってれば、必ず会えるので二人の待合場所になっていた。

「…」

 揺西は主人を待つ飼い犬のように耳をすませエレベーターの上にあるランプから目を離そうとはしなかった。


『意地になっているって?馬鹿馬鹿しい』

 海値の家は近所にあるので物心ついた時には、もう行動を共にしていた。

 海値が何を考えているのかわかる。それは海値も同じだ。

「意地になっているなんて、ありえない」

 海値といるだけで安心できるし。心が繋がっている気がする。


 そう確信の言葉を思い浮かべているうちに眠ってしまったのは、快適な空気が送られてくるのと、夜遅くまでゲームしていたからであろう。

「…」

 目を開けると左隣に海値がいた。

 近くの自動販売機で買ったジュースの紙コップを両手で持ち中身を見つめていた。

「祭りの予定で何かあったの?」

 表情がないから、何か考えているのも見落とすことなんてない。

「え?ううん、何も問題なんてないよ」

 ………。まぁ、こういう時もある。

「目が覚めたんなら帰ろう。それとも…」

 海値の会話が途切れたのは、揺西の顔が近づいてきたからであった。

 両方の手を伸ばして海値を絡めようとするものの、海値は揺西から離れるように立ち上がった。

「海値?」

 海値は視線を合わせようとはせず、首を振った。

 それから僅かに顔を右にずらして揺西にその方向を見るよう訴えた。

「………」

 揺西が視線を向けてみると、そこにはスーツを着た男が2人から視線をそらしていた。

 『人がいるんだから、恥ずかしいでしょ』と顔で言う海値に苦笑するしかなかった。


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