織姫と彦星と牛
「………」
残された二人は『気まづい空気』を味わうしかなかった。
2人はとりあえず塔に向かって歩き出す。
田崎は汗を拭いてから、その空間を断ち切った。
「小一…(小一に睨まれた)さんってオスなんですか?メスなんですか?」
「小一君って呼んでいるけれども…性別なんて聞いたことがないですね。
小一君、君はオスなの?メスなの?」
「ぶもぅ」
海値になでられてご機嫌に鳴いた。
「田崎さん、夏休みはどうするんですか?」
旧暦7月(8月上旬)海値に言われて田崎は、お盆休みが近づいていることを思い出した。
「そういえば休みなんですね。仕事に追われてすっかり忘れてましたよ」
高校生の海値より年上なのだが、言葉遣いの腰は低いようだ。
「お盆休みは、せっかく『外夢の町』にいるんだから堪能しようと思っています。お祭りがすごいらしいですね」
エネルギーモンスターが稼動を停止し、彦星と織姫が再会をはたす旧暦7月7日の前三日間。町は観光客を取り入れようと七夕祭りを考えた。
未来都市という珍しさがあり、車を使わなければたどり着けない離れた所にあるのにもかかわらず、町祭りは毎年盛り上がってくれた。
田崎の言葉に海値は、にこっと笑った。
「実は、パレードに私も参加するんですよ」
「彦星・織姫大会ですか?」
観光客を狙って催しも色々ある。
彦星・織姫の扮装した者たちが集まりパレードに参加したり、どの組が一番似合いの者たちが競った。祭りの日は臨時のレンタル衣装屋が開かれているので、ふらりとやってきた観光客でもエントリーが可能であり、もちろん優勝すれば豪華商品が貰える。
海値は首を横に振った。
「違いますよ。塔側の、といっても小一君のお守りですけれどもね。町のシンボルであるエネルギーモンスターの公開する事になったので」
海値の声は小さくなり辺りに人はいないか伺った。
「メインはアンドロイドなんですけどね」
アンドロイド疑惑
エネルギーモンスターを24時間監視を続けている涙羽の存在は誰もが知っている。
彦星、涙羽は人間ではないかという疑いがかけられていた。
関係者は疑いを晴らすためアンドロイドをパレードに出そうと計画していた。
「わけありなんですね、でも」
「織姫の連れでしかない、ただの女子高生がどうして知っているか、でしょ」
「はい。こういう事は内密ごとだと、先輩が言ってました」
田崎の言葉はすでに知っていると表していた。
「えー知っていたんですか。じゃあ、お披露目するアンドロイドのモデルが私だって事は?」
田崎は苦笑で返答し、付け加えた。
「小一さんもパレードに出るって聞いてましたから。小一さんに一番なついているのは海値さんだけですから。
将来、小一さんがエネルギーモンスターになった時、海値さんそっくりなアンドロイドなら制御しやすいんじゃないかって、聞きました」
「へぇ、田崎さん達って、すごい関係者なんですね」
「すごいのは会社と先輩だけです」
その環境にいられる事事態すごいのだが、謙虚な田崎は、それを出さず汗を拭き頭をかいた。
「僕なんか滞在していたホテルを追い出されて、塔の職員にたのんで何とか生活している状況です」
ホテルを追い出された。
それを聞いてほとんどの者は何か問題を起こしたんじゃないかと田崎の人格を疑うだろう。
しかし、海値は違った。それは彼女の取り巻く環境のせいであったが。
「当然ですよ。お祭り前だから予約いっぱいだし。電気が止まる七夕の日にお客を泊めることはできませんよ」
最低限度の電気しか使えない犯罪多発の一日でもあるのでたいていの店はシャッターを閉じて商売よりも安全な一日を優先していた。
「塔内なら安全ですよ。関係者以外入れませんし。当日はほとんどの人がいないし。何より町の建物と違って冷房が効いてますよ」
田崎はわずかながら海値の顔が曇るのを読み取った。
『なぜ、海値さんが当日の塔内状況を知っているのか聞かない方がいいでしょう』
田崎が何も言わず歩き、目の前に迫った塔を見上げた。
「小一!探したんだからな」
塔内にたどり着いた途端、小一関係者たちがどっと押し寄せてきた。
関係者たちは小一と海値を取り囲むと、あっという間の勢いで塔の奥へ消えていってしまった。
「………」
一人取り残された田崎はしばらくぽかんとしていたが、苦笑に変え今来た道を戻り始めた。
中央エリア、エネルギー発電の塔
「プライベートタイムに入りました。
緊急感知機能を除いた全てのサウンド映像機能をOFFにします」
機械のような感情のないアナウンスが流れてからメインルームに入った揺西は歩き出した。
透明とメタル色の大小二つの柱しかない広く、高い空間を進む揺西の視線は透明な柱を見続けている。
それは、水の入ったコップを逆さにしたようだった。ベタという尾ヒレを優雅になびかせて泳ぐ色鮮やかな熱帯魚を閉じ込めたまま。
「涙羽」
ベタは赤や青色をしたオスだが、塔に閉じ込められているベタはシルク色のワンピースと長い黒髪を水中でなびかせていた。
『揺西…』
外見は揺西とほとんど変わらないだろうか。顔のパーツは海値と正反対にできている。
大人しい…というより人形のように生気がないと言った方が早いだろう。
少女の声は耳ではなく、揺西の頭中に直接届いた。
ガラスの中から僅かに笑みを作り出して、同じ言葉の形を唇が作っていた。
『揺西。来てくれたんだ…嬉しい』
まっすぐな黒髪が涙羽の動きに従って左右になびいた。
揺西は微笑み、いつものようにガラスに両手をつけ顔を近づける。
涙羽の手が伸びた。
ガラスの壁を隔て涙羽の手が触れる。
「…………」
2人は何も言わず、互いを見つめあい、長い時間を過ごした。
「………」
涙羽はほとんど話さない。それは彼女が会話を必要としない環境にいるからであろう。
俺が織姫に選ばれたのは小学3年の春だった。
その時は涙羽はアンドロイドだと聞かされていたから、単純に、能天気に話しかけていた。
涙羽の返答が機械みたいに同じ言葉しか返さないのも、アンドロイドだからと納得する事ができた。
違和感を持ち始めたのは、中学に入ってから。
時が流れるのと共に涙羽の髪が伸びて、俺や海値と同じように成長しているように見えた。
疑問を口にした時、誰もが『気のせい』だと口を揃え、俺もうなづいたが、少しづつ濁った世界を感じ取り始めた。
『濁った大人たちの都合よく嘘をつく世界』を目の当たりしたのは、純粋なる滴
涙羽が涙を流した時だった。
「涙羽…泣いているの?アンドロイドって泣くの?」
「……」
涙羽は何も言葉を放つことはなく、ただ、ただ泣き続けていた。
涙羽の周りにある『呼吸できる液体』から新たなる液体が生まれでた。空中にはなったシャボン玉のようだと今でも鮮明に覚えている。
「どういう事だよっ」
それは明らかに人間のする行為ではなく、問いただした。
涙羽が同じ人間だとあっさりと答えたのは、隠しても無駄だと判断したからであろう。
奴らは反論しょうとする俺よりも早く口を開いた。
「エネルギーモンスター外夢は涙羽以外の彦星を認めない。
涙羽がいなければ、この町は生きていけない」
反論できなかった俺は、その日から共犯者になった。
「………」
その言葉を覆す事ができずに、今までの時が流れていった。
涙羽は決して今の環境に文句を言わない。
ただ涙を流すだけだった。
長い永い時の中、彼女はこの閉ざされたガラスの器ですごさなければならない。
ただ、一匹のモンスターを制御するために。
ただ、一つの町にエネルギーを維持するためだけに。
「………」
そんな涙羽にできる事は、俺しかいかった。
涙羽の呼びかけに答えることしか。
「揺西…もう少しだね」
涙羽は笑みを浮かべ言った。
「もう少しで、本当に会えるんだね」
「……。あぁ」
涙羽の支えになりたい。
でも…運命の日を素直に喜べない自分がいる。




