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織姫と彦星と未来都市  作者: 楠木あいら
モンスター
24/25

闇の中で

 海値は閉じていたまぶたを開ける。

 薄暗い空間をぼんやりと眺めていたが、やがて思考が起動し、意識を失う直後の情報を海値に教えた。

「……」

 海値は固い床から身を起こし、そして目の前にいる気配に悲鳴を上げる。

 立ち上がって逃げ出そうにも、僅かな明かりが逃げ場のない空間にいることを指し示していた。

 それでも海値はそこから離れようと、立ち上がって壁まで行こうとしたが、あいにく恐怖で足に力が入らない。

「海値さん……ゴメンナサイ。あなたを驚かせてしまい」

 薄暗いが灰色物体があり、そこから聞こえる声で海値はそこにいるモンスターが田崎であることに再認識した。

「はい。

 あなたを手に入れるためには、この姿しかないと思い。モンスターになれる薬を飲みました」

 田崎の勝手な行動に海値は何も言えなかった。

 まだ全身に恐怖があり、感情を出す余裕なんてなかったから。

「………」

 海値は何も言わず、田崎の周りにある背景を見回した。

 狭い空間。田崎の横は1.5メートルほどの壁があるがその後ろは広い空間があり、僅かな蛍光灯が点されていた。

 背を向けている方向の壁の上には小さな窓があり、それがドアであると気づいた時、海値はここが屋上に出られる階段の踊り場であることを知った。

 皮肉にも旧暦7月7日に揺西と涙羽が過ごしたあの空間であった。

 田崎の後ろにいる後ろが階段になっているだろうから、逃げようとすればドアを開けるしかないだろう。

 しかし、今の海値にたちあがる力はなかった。それにドアに鍵がかかっている恐れもある。

 もし鍵がかかっているのに開けようとして失敗したならば、田崎の感情が高ぶり何をされるのかわからない。

 とはいえ、今の状況でも何をされるのかわからないのだが。

 田崎は海値を運ぶために、メインルームにいる外夢の時と同じように人型に変形していた。人型であるが長い灰色の毛を全身に覆う雪男としか見えない姿だが。

「…………」

 海値は僅かに照らす明かりで田崎を見つめた。

「海値さん。私は海値さんと揺西君から入り込める隙間がない事を知っています。

 でも、それと同じに海値さんが永遠に、この施設から逃れられない事を知りました」

「どう…して」

「永遠に海値さんと揺西君。そして彦星、涙羽さんの関係が繋がってしまうからです」

「どうして?」

「揺西君は海値さんを愛しても。涙羽さんが頭から離れられないからです」

「どうして…でも、揺西は織姫を辞めたから。関係は途絶えてしまう」

「でも。涙羽さんを忘れることはできないでしょう。

 それが男というものです。男と24年続けた私が言います」

「わからないわよ、そんなの。

 それに…。それに田崎さんがモンスターになると何が関係あるの」

「海値さん。あと少しでエネルギーモンスター外夢は時を終えてしまいます」

「知ってる。居荒さんから聞いた」

 田崎は僅かに間をおいた。

「都市は新しいモンスターに私を起用します。

 私がエネルギーモンスターになった時、海値さん、私はあなたを彦星に選びます」

「……。そしたら、私は第2の涙羽となって。永遠に施設に閉じ込められるじゃない」

「でも、揺西君との関係は途切れます。あなたは、私のものになるのですから」

「………」

 海値は田崎の理性が壊れているのに気づいた。

 モンスターになる時点で、彼から理性が崩壊したのだろう。

 今や田崎は人間後を話すモンスターでしかなくなっていたのだから。

「いや…やだ。近づかないで」

 薄暗い空間でも田崎の動きが読み取れる。

「海値さん。あなたはご自分の魅力に気づかれていない。

 あなたは私よりもしっかりしているし、揺西君の前ではお姉さんのようだ。

 でも、あなたは弱い。弱くてもろい一面を持っている。狂おしいほど助けたくなる一面を。

 それを私に気づかせてしまった」

 海値は座ったまま壁に移動し、腕を伸ばした。屋上にある扉は一段の段差があるから僅かに届かない。

 海値は左手を地面につけて体を浮かし、右手をさらに伸ばした。

 ひんやりとしたドアノブに触れた時、田崎の灰色の毛が頬に触れる。

「いやあぁぁ」

 増した恐怖により海値の右手はドアノブを離れ、体重を支えていた左手は力を失い尻餅をついた。

 意識を失えず、海値は首と全身に灰色の毛が触れるのを感じ取り、それから体の接触を認識した。

 灰色の生物が視界を覆い、海値から明かりが消えた。

 それから『海値さん』と呼び続けるモンスターの声が耳に響き、嫌な接触を唇から受け取った。

「海値…さん?」

 触れて数秒とたたず、田崎は海値から離れた。

 海値の頬に伝ってゆく涙に毛で覆われたモンスターが気づいたんだろう。

「海値さん…」

 海値は放心したまま、動くことなく涙を流していた。

「………」

 田崎は何も言わず後さずった。

 それから長い時を待った。


 海値の涙は短いものだった。

 涙が止まった海値は、頬につたる滴をそのままにした。

「………」

 それから田崎の存在に気づいた。

 薄暗い中、1メートルほど離れた田崎がじっと海値を伺っていた。

 何も言わず、動くこともなく。じっと海値を見守っている。

「………」

 海値も変わり果てた田崎を見つめた。

 一つの思い込みで理性を壊した男。

 そして今、海値の人生まで狂わそうとしている。

『良い人だったのに…』

 口に出さず漏らした言葉に海値はハッとした。

 良い人だからこそ。その身を壊してしまったのだと。

 海値は田崎がどれほど身を焦がしていたのかは知らない。

 自動販売機の前で頭を背中につけた時、田崎がどれほど傷心の海値に何かをしたいと強く思っていたとは、心の痛みで海値は知る余裕もなかった。

 しかし『良い人』という言葉により、海値はその部分に触れたような気がした。

「………」

 それから、海値は田崎の優しい行動を思い出していった。

『この人は良い人なんだ』

 と思った時、海値は静かに言葉を放つことができた。

「田崎さん。

 あなたはどうしてモンスターになってしまったのですか?」

 海値の言葉に灰色のモンスターは、まず海値の目をじっと見つめた。

 犬が主人を見つめるように。

 それから『ごめんなさい』と告げた。

「あなたに振り向いてもらいたかった。

 あなたと揺西君の絆を外すには、エネルギーモンスターになるしかなかった。都市を維持するため人権のない愚かさを利用して」

 田崎は静かに言った。

「でも。もう無理ですね。あなたは最後まで私に抵抗しました。あなたの心は揺西君のところにあります」

「…。ごめんなさい」

 うつむいた海値は、言葉を吐き出した。


 薄暗い空間の中。

 2人は何も言わず、距離を縮めることなく見つめあっていた。

 2人は互いに伝えたい言葉などなかった。しかし、このまま離れる気もなく、手を伸ばして触れる気もない。

 2人はただ見つめあい、時だけが流れていった。


 時計のない空間では、正確な時間はわからないが、2人にとって長い時間だった。

「海値さん、戻りましょう。ここにいても仕方ありません」

 沈黙を破った田崎は立ち上がり、海値も続いた。

「でも田崎さん。あなたはどうするんですか?」

「もちろん、エネルギーモンスターになります。このまま町に出たら熊と間違えられて大騒動になるだけですし。

 そんな目をしないで下さい。私はエネルギーモンスターになるべき人物なのですから。

 大丈夫ですよ。海値さん。私はあなたと同じ姿をした人形で十分です。でも、たまに愛に来てくれたなら嬉しいです」

 海値は『ごめんなさい』としか言えなかった。

「いいえ。海値さんが謝る必要はありませんよ。

 でも…

 海値さんにお願いがあります」

 近づいてくる田崎に海値は目を閉じた。

 まぶたを閉じてすぐ、灰色の毛が海値の頬をくすぐる。

 毛皮の中にある肉の感触が続いた。

 唇がふれあい、感触は長く続く。

 ただ触れあうだけのもの。しかも幼なじみで慣れているはずなのに、数年、数十年たっても鮮明に残る口づけとなった。

 それは田崎から伝わってくる『切なさ』が唇を通して海値に伝わってくるからであろう。

 田崎の届かなかった思いと共に、海値は田崎の涙を受け取っていた。

 海値は唇を離さないまま、まぶたを開き、田崎の涙を指で拭きとってあげた。

 それから目を閉じた。


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