真実
「お久しぶりね。戸立碑太郎さん」
戸立の姿は涙羽のいるメインエネルギールームにいた。
この部屋は彦星に選ばれた織姫か旧暦7月7日の七夕イベント時のみ入室が許されているが、織姫、揺西が辞退した
今、新しい織姫を見かけるまで戸立が受け持つこととなった。
戸立が入室すれば『プライベートタイムに入りました。
緊急感知機能を除いた全てのサウンド映像機能をOFFにします』とアナウンスが流れ、会話や設備内の映像が遮断される。
「この町を維持するために。うるさい職員から逃れるにはもってこいの場所」
織姫に選ばれた者が持つ彦星、涙羽とのテレパシー能力は戸立にはない。
だから『涙羽が気になる』と職員に告げれば、いつでも入室可能となる。
「碑太郎さん。あなたはちっとも変わってないわ」
戸立はメタル色の巨大エネルギー放出装置を見上げる。
それから右横に備え付けられているモニター装置に指先を置き、長い長いパスワードを入力した。
『関係者と確認しました』
そっけないメッセージの後、20センチほど画面いっぱいに『それ』の姿が現れた。
エネルギー放出モンスター『外夢』
外夢の灰色の毛が暗い背景で見えてるが4つ足の牛ではなかった。
「また変形したのね。やめてちょうだい」
容器を見上げ声を放ったが、モニターのモンスターに変化はなかった。
「…」
戸立は外夢の容器から離れ、ガラスの容器、涙羽に近づくと軽くノックする。
『姿を元に戻すんですね。わかりました』
戸立の独り言みたいな話を聞いていた涙羽はにっこりと微笑み届かない声を送った。揺西が離れていったのに健気な
涙羽にうなづき、戸立は戻る。
「昔から変わらないわね。あなたは」
モニターに映る外夢の姿に戸立は侮蔑の視線を向けた。
「あなたは、私の話を聞いてくれないのに、あの女のためなら尾を振って忠犬のように従う」
戸立の愚痴はろうろうと空間いっぱいに響きわたるが、モニターに映る外夢は4つの蹄を地につけたまま微動だにしな
かった。
まるで写真のようだが、小さく空気が浮き上がってゆくので故障ではないことを照明した。
「本当に嫌な人。
でも、いいザマよ。あなたは2度と人間に戻れないのだから」
モニターに映る外夢の長い毛が揺らいだ。
それは目の錯覚と思うほど僅かなものだが、戸立は動揺と読み取った。
「ねぇ、碑太郎さん。あなたと私は似たもの夫婦よ。あの夜、あの女に全てをバラして二重生活を壊したのは私。怒り狂
ったあなたは、さらに壊した」
戸立の声が低くなった。
「でも壊した事に後悔していないわ。私の知らない碑太郎さんのいる生活を知る留移は、もういないのだから。
私たちの指示に従ってくれる留移のDNAを持つだけの涙羽に操られるがいいわ」
広い空間は重い空気が聴力ある者を圧迫していた。
戸立は子犬のように見つめる涙羽に答えた。
涙羽の言葉は選ばれた織姫にしか聞こえないが、周りの声は貝殻のような耳から聞きとれる。
「涙羽、あなたは留移という人のクローンよ。
でも、あなたは涙羽であって、他の誰でもないわ」
『………』
涙羽はぱちくりとまばたきをしたが、それ以上の反応はなかった。おそらく、クローンという言葉を知らないのだろう。
彼女は都市の電力維持のために存在しているのだから。
戸立は画像に見えるモンスターに言葉を放った。戸立は悲哀の目を浮かべていた。
「外夢になったあなたは小一や田崎さん同様、強く意識した人物のところにだけに発揮する瞬間移動機能がある。なの
に、あなたはそれを使わない…使う必要なんてない。すぐ近くに意識する人物のクローンがいるのだから」
戸立は悲哀の目をモニターに向けたが、外夢は身じろぎもしなかった。
誰も声を発しない空間は沈黙に沈んでゆく。




