未来都市の住人たち(1)
2.未来都市の住人たち
私の幼なじみ差南 揺西は男なのに織姫という役目を持っている。
「………」
教室の窓際に立つ揺西は、空を見上げた。
「彦星が呼んでいるの?」
向かい合わせに立つ二木海値は、返答する揺西に明るい笑みをみせた。
「なら、行こうよ。ほら、ぼーっとしていないで」
巨大スクリーンに覆われた人工都市は外の世界とあわせて同じ天気、気温、湿度まで変わらない。
通っている高等学校を出ると、外の世界同様梅雨明け後の青い空が広がっていた。
「海値。何度も、言うけれども。彦星の涙羽とは、偶然、選ばれただけだからな」
隣、歩く揺西は何度も聞いたことがある言葉を使い、私を安心させようとする。
「わかってるって」
『涙羽は、かわいそうだから……』そう続ける事も嫌というほど聞いていた。
学校を出た私達は中央エリアへと向かう。
人工都市『外夢の町』は、ゼロから町を作り出した所。
なので幾つかのエリアに分かれている。
居住エリア。オフィスエリア。商業エリア。工業エリア。医療エリア。学校施設エリア。歓楽街エリア。
それから中央エリア。
人工都市の心臓となるエネルギー発電の塔があるから『心臓エリア』とも呼ばれている。
エネルギーを創り出すモンスター『外夢』とそれを制御する『彦星』がいる塔。
彦星は涙羽という少女が役目をはたしていた。
彼女はエネルギーを放出し続けるモンスター『外夢』を制御できる『適格者』と認められたため、塔に閉じ込められる身となってしまった。
七夕伝説で牛をひいて田を耕す若者彦星のように。
彦星、涙羽は天の川の向こうへ出ることができなかった。
ただ一日。織姫と会うことができる『七夕の日』を待ち望みながら。
「……」
でも、彼女が望めば織姫はいつでも会うことができた。
運命の一日はモンスターが休息の一日をとるため。彼女が塔から解放される日を指しているだけで、涙羽が放つテレパシーが織姫に選ばれてしまった、揺西に届いてしまう。
「……」
なのに私は笑顔で揺西と一緒に向かうことができた。
揺西とは幼稚園以来の仲で、涙羽がある日突然揺西を織姫と決めるよりもずっと前に、私達の心は通じているのだから。
これからも。
高校がある学校施設エリアから中央エリアへは5分とかからず、塔のある中心へはさらに5分。
淡い銀色をした柱型の高層ビル。
それが発電所、外夢のエネルギー施設であった。
円中型の自動回転ドアの左右には警備員が立っているけれども、場違いな高校生呼び止められることない。
扉から出た足は鏡のように磨かれた床に触れ、頭上は筒抜けの広い空間が迎いれてくれた。
正面奥にいる受付のお姉さん達に会釈だけして、私達は左奥にあるエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターから地下へ。
10階ほど沈んで目的地にたどり着いた。
開かれた扉の先に、私たちにとって見慣れた光景が現れた。
NASAの宇宙センターみたいな所。初めて見た私が出した感想だった。
巨大モニターに向けられ並べられている、様々な管理コンピューターの類に、それを操作する人たち。
「揺西君に海値ちゃん」
顔なじみの関係者から声をかけられ、とまどうことなくあいさつする。
「こんにちは」
私は足を止めるものの、揺西は奥へと進む、メインルームへと。
「……」
そして毎回のように、私は揺西の背中が自動ドアが閉まるまで微動谷せず見送った。
見送り終わった視線は巨大モニターに向かう。
巨大モニターには、広い空間の中に大小二つの柱型保存施設を一つの物体しかなくて、一つの物体である揺西は小さい方の保存施設に向かっていた。
大きな保存施設には巨大モンスターが、今もエネルギーを放出し続けているが塔と同じ色をした素材のせいで目にすることができない。
「………」
小さな保存施設にはガラスのような素材で作られていて、中を細部まで観察することができる。
清純な少女、彦星の役割りを持つ涙羽の姿が。
純白のワンピースに長い黒髪は、中に入っている液体のせいで、ふわりとなびいていて神秘的だった。
「プライベートタイムに入りました。
緊急感知機能を除いた全てのサウンド映像機能をOFFにします」
揺西の姿が消えた。
深緑色の背景に『Private mode』という白い文字があるだけの巨大モニターに変わった時、複数の人達が私に同情の視線を向ける。
でも、それは間違いでしかない。
私達は心からつながっているから。無理に思い込んでいるわけでもない。長い年月を経て、この生活に慣れてしまった。そう言った方が早いと思う。
「………」
とはいえ、運命の日が間近に迫っている今は、少しだけ別。
「……」
でも、それが過ぎるまでのこと。それが過ぎれば、また元の生活に戻っていった。
毎年、去年も一昨年も。変わらず繰り返されてきたのだから。
「………」
海値は巨大モニターを見つめた。
「育成ルームに行くので揺西に伝えてもらえませんか?」
仲の良い職員さんに、いつもの言葉を言ってから私は揺西から背を向けエレベーターに向かう。
「わ…」
いつものように誰もいない空間に入るとばかり思い込んでいたので、開かれた扉から大勢の人が出てきたので頭が軽く混乱した。
「わっ。わわわ」
それはエレベーターにいた方も同じで、重要設備に女子高生がいるとは考えようがない。
驚きの声とぎょっとした視線が向けられたが、それは数人だけで、ほとんどの人達は何事もなかったように歩き出していた。
ぶつかってしまうと思った瞬間、誰かに手を引っ張られていた。
引っ張られるままに、私は壁の方へ進むと、繋がっていた手が離れ、手の持ち主は私の前に背を向けてたっていた。
ぶつからなように壁になってくれたらしい。
エレベーターに乗れる数は少なく、団体はあっという間に通り過ぎていた。
「…あ、あの」
「たざきー、何してんだ?」
「あ、はいはい。今、行きます」
声をかけようとした時にはもう、壁になってくれた恩人さんは誰かに呼ばれ、団体に向かっていった。
「これがエネルギー発電装置、外夢です」
群集に戻った田崎は説明する職員が指す巨大モニターを見上げたが、そこにはに『Private mode』という文字が書かれていた。
「申し訳ありません。たった今、エネルギーメインルームに織姫が入り、映像をシャットダウンしています。
とはいえ中は灰色の大きな容器があるだけで、エネルギーを放出するモンスター『外夢』をご覧にすることはできません」
「容器を見ても、仕方ねえな」
エネルギーメインルームに来た団体の一人、井荒は聞こえない程度に言葉を漏らした。
「映像が戻る前に、ご説明いたします。
我が『外夢』の発電は原子力とほとんど変わりません。
原子力は、原子核が中性子を吸収し核分裂を起こす際に発生する熱、エネルギーを使い、水を加熱し蒸気を発生させ、蒸気タービンを回して発電し、それを送電します」
「…………」
井荒は、ほけっとする後輩、田崎を肘で突っつき、小声で図星を口にした。
「お前、わかってないだろう…」
…の後は『俺もすぐには理解できなかったが』という事実があるが、先輩としてのプライドがそれを隠した。
「要は物凄いエネルギーを利用してタービンを回して発電させる。自転車こいで前輪のライトを作るのと同じだ」
「ずいぶん安っぽくなりましたね。最近の自転車は自動でつきますよ」
田崎の感想に軽く突っ込みをいれたが、思いの外、いい音が団体の耳に届いてしまった。
団体の『何をしているんだ』という視線を何人かが向けたが、すぐに職員に視線を戻した。
「外夢の場合もほとんど変わりません。
外夢はAngという新しい特殊な気体を放出し、それを二酸化炭素と融合させることにより発生するエネルギーから蒸気を作りタービンを回します」
聞いたことのない物質や融合方法に団体は軽くざわついたが、すぐに静まった。
職員の説明を聞くために
団体が一番聞きたいことは、一つの情報だった。
外夢の隣にあるもう一つの設備、そこにいる一つの存在。
だから誰ともなく職員にちらりちらりと向ける目が、それを訴えていた。
「えーっと。まだ、ご覧になれませんが、外夢の隣には制御システムがあり、外夢の放出エネルギーを調整します。簡単に言うならば、蛇口のようなものです」
「その蛇口に、アンドロイドが使われているんですね」
無言でいられなくなった団体の一人が口にした。
群集の視線は発言したものから、職員に戻っていくが、その目が強く変化していた。
「はい。外夢の外見が牛に近いことから『彦星』という人造人間が容器の中に納められています。アンドロイドこと『涙羽』は、送られてきた信号を読み取り、指示を外夢に送ります」
「わざわざアンドロイドを仲介する必要はあるんですか?」
「あります。外夢は自分が選んだ者にしか反応しません。
外夢は彦星、涙羽同様、人の手により作り出されたモンスターでありますが。一つの生物でもあり、好き嫌いの精神的なものが存在します」
「今日のようにアンドロイドが、一人の少年に会わなければならないのは、どうしてですか?」
「彦星、涙羽は人間に近い状態です。彼女が人工であること以外、ほぼ人間と言っても過言ではないでしょう。人間と同じ精神を持つ彦星にとって織姫の存在は心の支えになります。
彦星、涙羽の精神を安定させることにより、外夢の放出エネルギーも安定し、それを使うこの都市も安定した生活を送ることができます」
団体はさらに質問をはじめたが、井荒のとってどうでもよい内容に変わっていったため、聞き取る機能を遮断させた。