外夢の町にある七夕物語
どうでもいい…。
何を考えているのかわからなくなった。
『どうしたの?』
ガラス一枚奥にいる涙羽が不安げな表情を作っていた。
ここはエネルギー施設メインルーム内。揺西は涙羽に呼ばれていた。
「なんでもない」
否定するものの、揺西の視線は床から離れない。
「………」
海値の手を離してしまった。
あの時『離さないで』と訴えていた理由が今になってわかった。
あの時、つないだ手は、ただ手と手が触れているだけではなく、ガラスのように壊れやすく繊細な糸が繋がっていた。
俺たちが『つきあっている証拠』繋がっている証拠。
それを離してしまった。俺が壊してしまった。
「………」
もう壊れてしまった…。
壊れて…もう…
『揺西…?』
ガラスのように透き通った目が揺西を覗き込んでいた。
「……。何でもない」
視線を落としたまま答える揺西は、痛いほど純粋な視線を感じた。
海値の存在を知らないどころか、何もかも知らない涙羽の視線。
『「どこか痛いの?』
知らないからこそ言える純粋なる問いが、耳に突き刺さる。
『悲しいの?』
首を横にふった俺に涙羽は次の純粋な質問をした。
『揺西。悲しそうな顔をしているよ。
揺西、どうしたの?体が痛いの?心が痛いの?
揺西が辛いと涙羽も笑うことができない』
無理に笑ってでも涙羽に不安がらせたくなかった。でも、今、作った笑顔で彼女を笑わすことはできない。
『揺西。辛いことは我慢しちゃいけないよ。辛いままでいなければならないんだから』
それは涙羽が経験してきた事を言葉にしたんだろう。
涙羽は、この人工都市を支えるエネルギーを維持するため、施設の一部として働かせたのだから。
だが、外夢の老朽化により終わりが見えてきた。
涙羽は開放される。それも1人の人間として。
『でもね、揺西。辛いことはちゃんと終わるんだよ。
あのね。(旧暦)7月7日になった時、戸立さんが教えてくれたの。涙羽、もう少ししたら、ここから出られるって』
雑じりのない笑みを浮かべて、嬉しさを表現していた。
『涙羽に大きな家とね、お花いっぱいの広い庭のあるところで、不自由な暮らせるんだって……』
少しの間があってから『それでね』と、小さな声で揺西に伝える。
『その『お家』に揺西、いてくれるよね』
彼女は純粋だった。
涙羽が放った言葉は、俺を困惑させた。
『七夕伝説』としては、この上ないハッピーエンドだろう。
離ればなれになった彦星と織姫は年に一度しかあえないでいた。
でも、2人を引き裂いていた『天の川』が消滅し、2人は大きな家を建て、そこで末永く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「………」
本来ならば、そうなるべきであろう。
涙羽は、幸福でなければならない。幸せにしなければならない。
幸せに
「………」
心が痛い。
『揺西?』
彼女の思いに応えてあげたい。
だけど、胸が張り裂けそうになる。
涙羽に応えられない悔しさと、それを意味する海値への気持ちが。
あの時、なんで手を離したんだろう。海値の気持ちに何で応えられなかったんだろう。
「………っ。くぅ…」
色々な悔しさが、込みあがってきて、抑えられずに溢れてきた。
『揺西?…揺西』
「涙羽…ごめん。俺…涙羽の気持ちに応えられない」
涙と鼻水でいっぱいの顔で、そう言うのが精一杯だった。