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告白

 海値さんを守ってあげたい。

 あの子は『塔』に直接関係していない。なのに巻き込まれている。

 助けなければ

 閉ざされた塔から救出しなければ。

 あの子は、もう、これ以上、悲しむ必要なんてないのだから。


 …というのが田崎の論理的な思いであった。

 24の男が7才も離れた、それも高校生を好きになる。その時に生まれる戸惑いをなくすために必要な論理らしい。

 世間一般な年の差がはなれたカップルはそんな理論がなくても『好きになるのに理由なんてない』というものだが。

 人を敬いすぎる田崎にとって、いくら壊れてようとしているとはいえ幼なじみから奪い取らなければならない恋。理由の一つや二つがなければ恋を始動することができなかった。

 もちろん正論を必要としなければ、田崎の恋も世間一般と変わらない。


「とはいえ、その思いが海値に伝わったわけではない」

 現実を語ったのは地を這うような低い声であった。

「なぜそれを?私は何も言ってません」

「お前の顔を見ればわかる。もちろん、我の勘もある。

 だが、もちろん、その思いが伝わることは永遠にない。今、この場で処理してやる」

 エネルギー施設の塔内部。人通りの少ない通路を選んだばかりに田崎は窮地に陥っていた。

「それは…そうと、小一さん。どうして、ここここに?」

 長く灰色の毛を持つ牛顔が近づき、ニワトリのように鳴いてしまったが、刻一刻と迫ってくる危険に怯えていた。

「お前が放つ、消してやりたい気配とニオイがする。人間どもの目さえなければ塔の外だって出られる」

 小一の人間後が長々と続けられるのは、人が来る心配がないからであろう。

 とどめを指した時間も加えて…

「お前の気配は更なる危険に達した」

「ここ小一さん。殺傷は犯罪です」

「何をいまさら。彦星は人権無視されている。

 我の素は改造した人間だ。塔の中では人一人、いなくなったところで何の問題も起こらない」

「………」

 返す言葉がなかった。

 そして沈黙は危険に近づいた。

「遺書はないか?ないな」

「かか勝手に決めないでくださ…ひっ」

 田崎が壁にくっついていた体を右に逸らし、間一髪で避けられたのは、本能によるものだろう。

 続く二攻撃目、三攻撃目をかわせたのもそうだが、本能は長く続いてくれない。

 というより田崎が本来持つ『お間抜け性格』が発動されてしまった。

「うわっ…わぁっあああああ」

 つるりと滑ったが、そこは大人。体勢を立て直し転倒を避けた…が、そのチャンスを小一が見逃すわけがない。

 闘牛と化した外夢小一は頭を少し下げ角を標的に向ける。

 今までずーっとあげていた田崎の悲鳴は衝撃にかき消された。

 壁に音と振動が伝わり、田崎は誰も助けに来てくれない事に恨んだ。

 とりあえず、生きていた。

「………」

 生きた心地はしないだろう。

 壁に小一の角がめり込み、田崎の両脇にそれがあった。

 いつの間にか腕を上げていたので怪我はない。

 しかし、田崎の胸部に小一の額を始めとする顔が触れる程度に当たっているので、喜べる状態ではない。

「今いる場所に感謝することだな」

「それは、消さないでくれる…と、という事ですか?」

 田崎の蚊がなくような力ない声に小一は否定した。

「足がつくからだ。ここで、お前の死体が転がっていれば、犯人が我になる。

 それは大好きな海値に嫌われるからだ。

 だから、お前に向ける殺気が消えたわけではない」

「そ、そうですか。ほっとしました」

「お前に安全などない。

 場所が変われば、証拠隠滅できる場所なら、いつでもとどめを刺す。

 だが、この場でも狙う。お前の居心地を悪くするため」

 小一の顔が引き、角が壁から離れてゆく。

「歩け」

 ほっとする暇もなく、小一は軽く角を振り、田崎に歩けと言い表した。

 長い通路を進み、それから小一は口を開いた。

「ぶもっ」

「小一く…あぁ、田崎さんまで」

 海値の気配を感じ取った小一は穴のあいた壁を見られないようにするため田崎を移動させたらしい。

「………ぶもぅ」

 小一は一度振り向き田崎に鋭い視線を向け口止めをしてから…いつものように海値へ寄っていく。

「ぶもぅじゃないでしょ小一君。また、性懲りも泣く抜け出して、しかも田崎さんまでいる。田崎さん大丈夫でしたか?」

「何ともないですよ」

 小一の視線を受けながらの返答であった。


 海値の後ろからやってきた職員たちに回収され、2人はこの前の出来事を思い出すしかなかった。

「…すみません、田崎さん。…あんな恥ずかしい所を見せてしまって」

 床に視線を落とす海値を優しく見つめる。

「気にしないでください。人間、生きていれば色々あります。

 私でよければいつでも来てください。

 あ、いや、慰めとかじゃなくて、ストレス発散のサンドバック代わりに」

 田崎らしい返答に『ふふっ』と海値は笑い、田崎は気まずい雰囲気が和らいだことにほっとした。

「良かった海値さん元気そうで…」

 それを口にした途端、通り雨のように海値の表情は急変してしまった。

「……」

 海値は首を横に振った。

「どうすればいいのか…わからなくなりました」

 長い沈黙の後、海値はぽつりと言った。

「揺西…あの後から会っていないんです。見かけることはあっても、声をかけられなくて」

「今は近づくだけで辛くなると思います。少し距離を置くべきではないでしょうか」

「………」

 田崎の言葉を聞き入れるまで海値は時間をかけて考えた。

「田崎さん…聞いてもいいですか?」

「何でも聞いてください」

「語り継がれている七夕伝説は、ハッピーエンドになるんですか?」

 田崎は返答に困り、海値の言葉を聞いた。

「離ればなれの織姫と彦星は、年に1回会えるようになったけれども。2人が天の川を越えて、永遠に一緒になれたというストーリーはあるんでしょうか?」

「七夕伝説は中国や他のアジア圏内にも存在すると聞いたことがありますが…そこまでは:

「そうですか…田崎さん。

 『外夢の町』にある七夕伝説はどうなるんでしょう」

「それは、私にはわかりません」

「…そうですよね」

「海値さん。今はあまり考えないほうがいいですよ。

 もしよければ、私がお供しますよ。

 あ、いや、別に変なことじゃないですよ。買い物の荷物持ちとか雑用で、海値さんの沈んだ気を元気にするためのもので。こき使ってください。

 あ、でも、それだったら高校にいる海値さんのお友達がいますね。何を好んで施設に関係のあるむさい男よりは」

「田崎さんて優しいんですね」

 海値から微かだが笑みがこぼれた。

 その笑みに隠された『まだ癒えない悲しみの表情』はあの夜、背中に顔を当てたものと変わらず。

 同じ感情がこみ上げてきた田崎は、両腕を海値に伸ばしていた。

「…た、田崎さん?」

 驚き、動揺する海値は、そのまま腕の力に従い、田崎の胸部に触れた。

「これ以上、海値さんが辛い思いをする事なんてありえません。

 私でよろしければ、海値さん、あなたを癒してみせます」

「………」

「海値さんのために」

 海値は何も言わず、長い間、田崎に身を預けていた。

 田崎さんの鼓動が聞こえる。

「忘れるべきです。塔の伝説など」

「………」



 海値の体が離れたのは、さらなる時が流れた後だった。

 反発することなく離れようとした海値の意思に従い、田崎の腕は簡単に解除する。

 離れた海値は視線を落としたまま。

 何も言わず、一礼だけして去っていった。

「………」

 田崎も何も言わず通路を歩き出した。

「おい、田崎」

「ひっ、いいい居荒さん」

 角を曲がるや否や現れた声と姿に田崎はコミカルな動きを使って驚いたが、先輩は無反応だった。

 とはいえ鋭いものはなく、穏やかに見える。

「居荒さん、もしかして見てたんですか?」

「何がだ?」

「い、いえ。見てないならいいんです」

「?

 まあ、いいや。

 それより田崎、飲みに行こう。今日は特別な商談がうまくいったから酒が飲みたいんだ」


 田崎が居荒と飲みに連れていかれた後。


「……」

 田崎はようやく意識を取り戻した。

「ここは…いててて」

 頭を押さえ、田崎は見慣れない部屋を見回した。

 滞在用に借りている施設内の一室だから見慣れないのは当然なのだが。

 強引な先輩に飲まされた後の朝なので、ひどい二日酔いが田崎を襲う。

 起き上がった田崎は、スーツ姿のままベッドで眠っていた事を理解し、それから大事な事に気が付いた。

 開いたままになっていた携帯は12時を過ぎていた。

「うわあぁぁぁ、遅刻だっ」

 自分が上げた声に頭を押さえ、痛みに耐えてから田崎はベッドから転がるように床に降りる。

「わっわっわ。ご飯、それよりもシャツを取り替えて歯と髪…ゴミは日曜日だから出さなくていい…違う…ここはアパートじゃないから出さなくてもいいんだ。あれ?」

 田崎は自分が口にした事に気づいた。

「…日曜か、今日は」

 念のため携帯の日付を確認してから、安堵しベッドに身を預ける。

「はぁ~良かった」

 田崎は日付と時計の数字しかない殺風景な待ち受け画像を見つめていたが、うつぶせに体勢を変えてから操作を始めた。

「ふふ」

 田崎は画面内に現れた海値の画像に笑みを向ける。

 横顔の海値は視線を前方に向け、撮られてた事に気が付いていないのを表していた。

 それもそのはずだろう、画像の詳細に書かれている撮影の日付は七夕祭りよりも前になっているのだから。

「…………」

 田崎は長いこと画面を見続け、それから仰向けに体勢を変える。

「いくら諦めようと思っても、駄目でした」

 年の離れた女子高生。しかも幼なじみからの相手がいる。という状態に、いくら鈍感型田崎でも立ち向かおうとは思わなかった。

「私の前に初めて現れた時から、あなたに思いがありました。

 でも、あなたを好きになるのに障害が多すぎました。だから抑えていました。海値さんが好きだって事を。

 バレないように周りの目を気にして、私自身、自分に嘘をついて。時には『この恋愛は成功するわけがないだろうが』と言い聞かせたり。

 でも、それが裏目にでたようです。

 押さえつければ押さえつけるほど。思いは反発し。とうとう行動に出てしまいましたよ」

 田崎は『ふふふ』と待ち受け画面に笑ってみせた。

「海値さん。私とあなたは良い関係になれますよ。だって、小一さんが言っているんですから。小一さんが嫉妬するほどに、ね」


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