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つないだ手


 引き金は、揺西が机を叩いた時だろう。

「ふざけるなっ。俺たちの恋愛に邪魔をする権利なんてないんだよ」

 日曜日の午後、戸立さんに呼ばれた。揺西だけではなく私まで。

「………」

 

 机を叩いた手は、今、私の手を握り、引っ張っている。

 前方を歩く揺西は、何もしゃべろうとはしない。今、何を言っても言葉は返ってこないだろう。

 まだ消えない怒りをあらわにして、私たちは黙々と歩き続けていている。


「単刀直入に言うわ。

 彦星、涙羽の引退にともない。あなた達には別れてほしいの」


 数時間前に言った戸立さんの話は、予測はできても衝撃が強くて、何かの弾みで頭の中に再生されてしまう。


「俺たちは絶対別れないからな」

 再度、机を叩きつけ、私たちはエネルギー施設の塔を出た。

 揺西は握った手を離すことはなく、どんどん歩き続ける。

 中央エリアを離れ、商業エリアを進む間も揺西は口を閉ざしたまま。

 しばらく進んでから揺西は呟くように言った。

「町を出る」

 揺西の宣言は、繋がっている私にも言っていて、手を離せば揺西に『反対』を意味する。

「………」

 この手は離さない。

 でも、町を出ることに困惑し、思い直してほしいと言いたい。

 でも、この手を離すことはできなかった。

 繋いだ手は、揺西と一緒にいられる全ての『繋がり』に見えた。今、手を離したら二度と繋がらないのではないかという不安が、私から行動力を奪ってしまった。

「………」

 私はただ歩いていく。

 揺西に引っ張られるままに。町の外へ。


 商業エリアから北へ。

 いつもは西に進んで住宅エリアに帰っていく。

 商業エリア北はオフィスエリアになっていて、スーツを着た大人たちの視線を感じた。

「………」

 こんな事にならない限り、足を踏み入れる事はないので物珍しさから周りをキョロキョロしてしてたけれど、すぐに揺西の背中に戻した。

 『宣言』以来、何も言わず歩き続ける揺西の背中から『怒り』は消えていた。

 怒りは消えて、今はぼうっとしていた。

 何も考えていないという『無』というよりも喪失感に近い。

 『私たちは恋人同士でいたいけれども…』と考えて海値は心の中で首を振った。

 『けれども』という否定を意味する単語にひかっかりを覚えたから。

「…。ねぇ、揺西。私たち恋人同士でいられるんだよね」

 揺西の背中を見続けながら言う海値の声は、弱いものであった。

「当たり前だろ」

 前を見つめたまま即答する揺西の声は力がこもっていないような気がした。

 海値は返答を聞いて安心し。新たなる不安を感じ取り、それを弱めようと手に力を入れて、繋がっている事を確かめた。


「揺西。私、恐いよ」

 オフィスエリアの端に近づいたところで弱々しい声が揺西の足を止めた。

 久しぶりに振り返って見る海値は視線を地面に落としていたため、頭部と髪が表情を隠していた。

「恐いって、町を出ることが?」

「それもあるけれども、恐い」

「何が恐いんだ?」

 揺西は手を離し、海値に近づこうとしたが、しっかりと握る海値の手に邪魔された。

「海値…」

「お願い、手を離さないで。恐いの」

「何が恐いんだよ」

「…。揺西と離ればなれになりそうで恐い」

「バカな事を言うなよ。俺たちは離れたくないから、ここまで歩いてきたんだろ。町を出るんだろ」

「………」

 海値は首を振って否定した。

「違う」

「違うって何が」

「………」

 海値は首を振るだけであった。

「海値、何が違うんだ?」

「恐いの。私たちの仲が壊れそうで恐いの」

「海値…。俺には何が言いたいのかさっぱりわからない」

 困惑する揺西に対し海値は顔をあげた。

 そして不安な泣きそうな顔を揺西に見せた。

「どうしてだよ。何で壊れるんだよ」

「………」

 まっすぐ向ける揺西の視線に海値は視線を逸らしたが、揺西は繋いでいない手で海値の頬に触れ顔を固定し、まっすぐに見つめた。

「どうしてだよ、海値。何でだよ…」

「…。わからない?一緒にいて気づかない?

 一緒にいて。つきあっている気分い思えない。楽しいとは思えない」

「思えないって『つきあっている』ってそんなものだけじゃないだろう」

「じゃあ、揺西は『つきあう』ってどういう事を言うの?キスとか、そういう事をするためだけなの」

「…」

 一つの単語に揺西はカッとなったが何も言わず表情もすぐに消した。

「そんなんじゃねぇよ…」

 言葉を吐き出し、揺西は顔に触れていた手を離し背を向けた。

 歩き出すために。

 でも、どの方向に行こう。

 揺西は都市脱出にためらいを覚えた。

 だが、元来た道に戻る勇気もなかった。いや、本当に帰ろうか悩んでいた。

 どうしよう…。

 怒り任せに町を出ようとしたものの、海値との会話で戸惑い、勢いを失った。

 揺西は後ろから海値の視線を感じた。

「戻ろうよ、揺西」

 海値に促され足を向けたかったが、戻れば自分たちの関係を否定しているようにも思えた。

「戻れば、俺たちは関係が壊れる事、認めることにならないか」

 揺西はそれを口にした。

「町を出なければ、俺たちはあの女に仲を壊されるんだ。町に戻れば、仲を壊されてもいいって事になる。認めることになるんだ。海値はそれでもいいのか」

「………」

 へりくつな言葉でも海値は何も言わなかった。

 何も言わず…ただ時が流れた。

 人工の日が沈もうとするなか、手をつないだまま立ち尽くす影が弱く、やがて消えようとする。

 繋いだ手は離れないまま。

「………」

「…………」

 2人は何も言えないでいた。

 だから一番会いたくない人物に声をかけられても、ほっとすることができたのだろう。

「揺西君、みっちゃん。どうしたの?こんな所にいて」

 驚いてはいるが、エネルギー施設の関係者である戸立がここにいるのは計算されてたものであるのは明らかであった。

「何がこんな所にだよ」

 揺西は戸立を睨みつけ背を向けた。

「あっ」

 歩き出すために海値の手を振りほどいて。

「揺西」

 揺西は逃げるように離れていった。

「……」

 海値は再度、名を呼んでから戸立が近づいてくることに気づいた。

「失礼します」

 戸立に捕まることをおそれ、海値は駆け出した。


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