真実と噂話
「なんてピュアな子たちでしょう」
戸立はカタカタカタカタとなり続けるキーボードを打ち続けながら、その者は揺西と海値について話していた。
「幼なじみなのに、彼が彦星の恋人として選ばれたばかりに純粋に恋愛ができない。
それでも彼らは、懸命に恋愛ごっこをする」
「こっけいだと、言っているようにしか思えませんが、あなたの発言は」
エネルギー制御管理室
部屋に招き入れられた居荒は数台のパソコンらしき機械と長い机が置かれただけの狭い部屋を見回し、それから左側にはめ込まれた窓から見える、広大な施設を見下ろした。
都市の心臓エネルギーを発電する彦星の牛が飼われている場所。
外夢を包み込んだ灰色の容器が居荒の目線にある。
「ここからでも中は見られないんですね」
「もちろん。見えたっておもしろくないわよ。
そうそう、居荒さん」
リズム感のあるキーボード音が止み、居荒を見上げる。
「ようこそ、暗黒エリアへ」
皮肉を込めたあいさつをすませると、再び指から生まれる雑音が始まった。
「ここまで足を踏み入れれば、立派な共犯者ってわけか」
「ええ」
止まることなく続く音の中で短い即答が終わり、雑音だけが2人を覆う。
それが止んだのは5分くらいの時が流れた後。
「彼女の存在がなければ、2人は幼なじみ以上にはならなかったわ」
『彼女』という言葉を聞き入れた居荒の視線は、自然と窓に向かうがここからでは涙羽のいる容器はほとんどみえない。
「制御管理室なのに見えないんですね」
「彼女の情報はここ(戸立が使っているパソコン)に来るから窓から見る必要はないわ」
「そうですか…」
見えなくても居荒は窓外を眺めた。
織姫は彦星涙羽が自ら選んだらしく、彦星の頭に直接声を送ることができるらしい。
それ故、彦星、涙羽について気になる居荒であるが、それを知るのは困難だと判断できた。
謎めいた都市『外夢の町』その隠されたエリアに居荒は足を踏み入れたばかりであった。
彼はこの閉ざされた都市の闇がいかに大きく、いかに深い霧に包まれているのか嫌でもわかる。
余計に踏み込めば、ミイラ取りがミイラになりかねない事も。
居荒はうづく好奇心を抑えて、戸立の言葉に反論するだけにした。
「恋愛っていうのは、当事者同士しかわからないものがある。第三者の予測通りにならないもんですよ」
「そうかしら」
「それよりも戸立さん」
戸立のキーボード音が止んだのは、居荒の声が地を這うような低いものに変わったからだろう。
「明日、例の物が届きます。開発部の素宇野(どうやらまだ一族がいるようだ)からも説明があると思いますが。使う使わないのは、あなた方次第です」
「使うわ。使わなければ、この町は滅んでしまう。
そのために居荒さんも暗闇の地に放り込まれたんだし」
「………」
戸立は、左斜め後ろにいる居荒の視線を感じ取ることができた。
『ふん』と声を出さず居荒が心の中で言葉を放った。
『まさか、一介の営業マンがこんな事をやるとはな。
田崎の補佐をしろといわれた時、引っかかってたんだよ。田崎のレベルじゃあ、開拓は無理だし。第一、ここで都市の無関係者たちに売り込める安全な物なんてない』
報告を終えた居荒は制御管理室を離れ、エネルギー施設の塔を後にした。
再び機能を取り戻した人工の空は、いくつもの雲映像を作り出している。
夏に見られた入道雲より高いところに位置するいわし雲の映像を見て居荒は秋に気づいたが、空しいものがあった。
本物と変わらなくても本物ではない。
見れば見るほど滑稽という言葉が当てはまる。
「作られた空なんか…テレビ番組のセットと変わらん。あれも裏はハリボテだ」
塔を出てしばらく進めば人通りが多くなり、塔と比べれば知人に会う確立が減る。
気を緩めた居荒は懐をさぐりタバコを取り出そうとしたが、都市内全面禁煙につき入り口で没収されたのを思いだした。
「ちっ」
口の寂しさを紛らわすため、目に入ったコンビニに入り込んだ。
外の町でも見られる大手コンビニエンスストア。売り物も構造も違いはない。
『作られているが本物か』
居荒の足はレジ近くのガム売り場ではなく、窓側にある雑誌コーナーに視線を向けながら通り過ぎる…つもりだったが見出しにが気になる週刊誌を手に取り、本をめくる。
「………」
たいした内容ではなく本棚に戻した。
『田崎をダシに使ったってことだ。
共犯者として俺を引きずり込むために』
居荒はくだらなかった週刊誌を睨んだ。それが会社の者であるかのように。
『どおりで去年まで、不参加だった社長が祭りに顔を出してきたわけた』
コンビニを出た居荒は、回想を始めた。
「第2の外夢を造るため、ぜひ、君の力を借りたい」
祭りが一息ついた後で居荒は上司たちに呼ばれた。田崎が公園で平和にサボれたのは、こういう背景があったからであった。
塔で借りた会議室内に響き渡る声は、しばらく居荒の耳に残っていた。
「第2の外夢とは…小一とかいうクローンの事ですか?」
「何を言っているんだね、居荒君。小一が使えるならば、君の力などいらないだろうが」
「営業課向きの仕事ではないだけだ、広報部長。お前の部署だってそうだろうが」
上司か親の機嫌を取りたがる息子をたしなめ、社長は退出を命じた。
反論したが命令は変わらず、居荒に『いいか、くれぐれも粗相のないように』と上から目線で言い放ってからドアを閉めた。
『粗相だと言える礼儀ではないだろうに』を言葉を吐いてから本題に切り替わった。
「居荒君。外夢のクローンでは間に合わないのだ」
「………」
「我々が立てた計画では外夢小一が十分な成長を遂げるまで外夢で足りるようになっていた。
しかし、都市の者たちがあまりにもエネルギーを使うから外夢の老化が早まってしまった」
居荒は相槌をうち、前方を左右に歩く老人をうやうやしく見つめるしかできなかった。
「だから、我々は新しいエネルギーモンスターを供給せねばならない」
歩いていた足がぴたりと止まった。
「新しいモンスターだ、居荒君。法に触れた犯罪をな」
居荒は社長の目に含まれる異様な気配を感じ取った。
「我々は、これを と呼ぶ事にした。
この計画に居荒君の力を借りたい」
淡々と続ける話に流されてしまう事に気づき、慌てて需要部分に戻した。
「待ってください、社長。法に触れるとは、何のことですか?」
居荒の言葉に社長の目がつり上がったが、何も知らない事を思い出し、穏やかな顔に戻した。
「居荒君。
噂話は本当なんだ」
「噂…か」
回想を終えた居荒の目がつり上がる。
「話の種に過ぎない3流ネタかと思っていたのに…。
あれが人間だと」
居荒はエネルギーモンスターが入っているメタル色の巨大容器を思い出した。隣の彦星と違い、シルエットすら見えないモンスターに得体のしれない不気味さを感じた。
「あの中に人間がいるだと」
ゴミ箱にガムを吹き飛ばしてから、自分が公園にいる事を思い出した。
「共犯者になれ、か。
市長をまるめこめだと?」
「ええ」
居荒が声を放ったのは公園に1人しかいない事を知った上での事だった。
『後をつけてきたのか?』と、問いたかったが塔にいたはずの戸立の手にはスーパーの袋が握られていた。どうやら偶然らしい。
「本当は一族だけの秘密にしたかったのよ。
でも、あそこは研究が一流すぎて、口まで頭がまわらない」
「だから市長に詐欺まがいな違法、犯罪を納得させなければならないのか」
「そうよ」
さらりと言う戸立に『…。あんたも怖いね』と言葉を漏らし、汚れた言葉を放った口内を殺菌するかのように新しいガムを放り込んだ。
「知ってる?居荒さん。その有名な噂話には…さらに細かい設定ができていてね。
元モンスターだった男は、奥さんと愛人を手にかけたんですって。
でも、一命を取り戻した科学者の奥さんが男を研究所に送り込んで改良。
働かせられる哀れな旦那をほくそ笑みながり管理しているんですって」
見つめられた戸立に感情の変化はみられなかった。
「もちろん、根拠のない噂よ。
そもそも外夢は、ただのモンスターにすぎないのだから」
根拠のない噂話に戻した事に居荒は『冗談』という事した。
「………。そうだな」
噂話にしてはキツイものだが…。