祭りの後
祭りの時間は終わった。
賑やかな七夕祭りも。織姫と彦星年に1度だけ会えるイベントも。
すべて
ついでに学生たちの楽園期間、夏休みも終了し、季節は秋に向かう。
「………」
とはいえ、人工の太陽(ドーム内の映像)はようしゃなく照らす。人々はクーラーが効いた部屋へ非難する。
外を歩く私たちは日影を求めながら、手うちわで気休めの風を送る。
私たちは自由になった。
年に1度だけのイベントを終えた涙羽は、来年の七夕が近づくまで大人しくなる。たまに声を放つ事はあるけれども、ほとんどないと言ってもよかった。
「…………」
祭りの日、不安定になったけれども、彼女の存在が消えて開放された私たちは互いを想う力が強くなった。
それも涙羽という反動によるものなんだろう。
今は揺西と一緒にいられるからどうでもよかった。ひどい事かもしれない。
罪悪感を感じている。
でも…
「どうした海値?」
唇を離し顔が見えるようになった揺西は、僅かな変化に気づいたが海値は首を振った。
「何でもないよ。
…。揺西?」
「……呼んでる」
空を見上げ、揺西は確かに言った。
中央エリアのエネルギー施設の塔にたどり着いたとき、人々の視線を感じた。
祭りの後に私たちがここにいる事は去年まで一度もありえない事だったから。
エレベーターから地下のコントロールルームにたどり着いた時、私たちに向ける視線は明らかに違っていた。
「揺西君、海値ちゃん」
戸立さんも驚きと不安げに私たちを見つめる。
何も言わず揺西が背を向けて歩き出した。揺西の表情も空間感染していた。
「いよう、青春少女。また、会うとはな」
エレベーターの扉が開いた先にある休憩室のソファーにどっかりと座る居荒がいた。
「どうも…」
混乱する頭を冷やすためにも1人でいたかったが、その場所は2人の待ち合わせ場所であるので同じ空間にいるしかなかった。
居荒の左前で時間を潰さなければならなくなった海値は、涙羽の異変に不安を浮かべていたが、休みなく聞こえるキーボードを叩く音に視線を向けた。
三流魔王やら、後輩田崎に技をかけて遊ぶ居荒だが、この日はまったく違った。
ノートパソコンに向ける視線は鋭く、笑みのない真顔を海値は初めて見た。
『やっぱり社会人なんだなぁ…』と想っている間に、視線に気が付いた『未来の会社を背負う営業マン(?)』が顔をあげた。
「悪いな、忙しくて構ってられん」
「いえ、お構いなく」
カタカタカタカタと続く音に海値は視線を床に落としたが、宣言したばかりの男が自ら破った。
「俺の口からは何もいえないが。覚悟しておいた方がいいな」
「え…。覚悟って、何をですか?どうしてですか?」
モニター画面を見ながらの言葉に海値は反論したが、居荒の視線は変わらなかった。
「細かい事は彼女に聞いてくれ」
「彼女って誰ですか?」
「戸立さんだ」
その後は宣言どおりカタカタカタカタカタという音だけが響いた。
「何だ、聞きに行かないのか?」
てっきり行動するために立ち上がると予想していた居荒は、身動き一つしない海値にようやく視線を向ける。
「戸立さん、今は制御室にいるから会えません。外夢に関しては無関係者になるから、戸立さんのいる制御室に入ることはできないんです」
『無関係者』という言葉が居荒の眉を動かした。
祭りでパレードに参加させ、アンドロイドのモデルになったといえ『それとこれは別』という、エネルギー施設の塔にいる職員たちの冷たい態度にやりきれないものを感じたからだろう。
いくら揺西と共にここを訪れ、巻き込まれているのにもかかわらず。
『無関係者…か』
居荒は心の中でつぶやいて辺りを見回した。人の気配がないか確かめてから低く、小さな声で海値に話しかけた。
「俺とみっちゃんの仲だから、特別に教えてあげよう」
海値は居荒の言葉につっこみをいれず、居荒に『お願いします。教えてください』という表情をむけた。
「だが、条件が2つある」
「条件、ですか」
「あぁ。これは、まだあまりにも秘密になっているから絶対、口外しないでくれ。誰にもな。恋人も戸立女史。俺、自身にも」
聞き返したり、この話題を出さないでくれと表していた。
「でも、戸立さんは知っているんでしょう?」
「だが、この情報をみっちゃんは知らない事になっている。恋人か戸立女史から話を聞かない限り、君がこの情報を耳にすることはないだろう。
これはみっちゃんの先行きを案じてのためだけに流すことにした俺の独断だから、しゃべった事がバレれば首が飛ぶだけでは済まされないだろう。なんせ、命の重さなどわからん連中だからな」
後半の声はあまりにも低すぎて、海値の耳には聞き取れなかった。
最初は居荒の冗談かと思ったが、笑みを見せる気配はない。
「……。誰にも言いません」
「もう一つの条件はみっちゃん次第だな」
条件は海値の情報公開…何のことはない。携帯のメールアドレスを教えるだけであった。
どこで誰が聞いているのかわからないからという理由での情報公開で、居荒はメールで『覚悟しなければならない理由』を教えてくれた。
[件名]覚悟の理由
[本文]
エネルギーモンスター外夢が老朽化している。
都市の者たちがエネルギーを使いすぎて、外夢はあと何年もつかわからない。
かしこい みっちゃんならば『覚悟する理由』がわかるよな。
「…はい」
携帯をしまいながら海値は、目の前にいる送り主に返事をした。
居荒は何も反応せず、キーボードを打ち続けてくれるので、海値はうつむき考えをめぐらせる。
外夢がエネルギーを作らなければ新しいエネルギーモンスター小一君と私を素に作り出した(今は製作中)アンドロイドに代わる。
代わる。
そうしたら元彦星になる涙羽はどうなるの?彼女が自由になったら揺西は?
「……」
思考が解除できたのは、エスカレーターの扉が開いたからであった。
「田崎、何やっているんだよ」
同時に視線を向けた居荒は鋭く言い放った。
「すみません」
先輩の鋭い目と声は、田崎の精神も簡単に感染させ、飼い主に叱られた犬のようにびくんとふるわせた。
カタカタカタカタとキーボードを叩く音だけが部屋を支配する。
「まあ、社会人なんだから色々あるんじゃない」
2人の様子を聞いた揺西は興味なく答えた。
「けどさあ、気まずかったわよ」
「場所を変えれば良かったんじゃないか。メール送ればいいんだし」
「…。場所、変えたくなかった」
海値の呟くような返答が消えると、2人から言葉が消えた。
社会人たちの話題で本題を逸らしていたが、重い空気が2人を覆う。
「………」
2人ともわかっていた。
これから先に押し寄せてくる不安について。
「揺西…」
不安げに唱えた言葉が空しく消えていく。
揺西は返答の代わりに海値の手をつないだ。
触れ合った手から互いの不安が伝わってくるよう気がして、相手の体温すら感じ取れない。
不安な帰り道、2人の口は閉ざされたまま到着する…と、思っていた、揺西は。
「ねぇ、揺西。これからどうなるの?」
居荒から『覚悟』という情報を知った海値は、黙っているわけにはいかなかった。
揺西が外夢の老朽化を知っているのか、わからず聞けない今、それ以上のことは言えない。
だから『大丈夫だよ』と、髪をくしゃくしゃと撫でて抱き寄せられても、不安は変わらない。
「外夢が疲れているから、涙羽の目が覚めやすいんだってさ。外夢が休息すると涙羽は自由になって『声』を放つのは知っているんだろ」
「そうなんだ」
外夢は旧暦7月7日以外でも『仮眠』は取る。仮眠状態に入った時に涙羽が『声』を放つことができた。
もちろん仮眠に入るとエネルギー放出も通常の8割に落ちるが、大きな支障はない。
「戸立さんは一時的だと言っているから」
『あの人は同じ手を使うよね』と、海値は頭の中だけで言葉を放った。
涙羽をバレる直前までアンドロイドだといい続けてきた者にとって、今回も同じ手を使うのだろう。
「……。
大丈夫だよね、揺西。
もしさ、もし、涙羽が開放される事になったら…揺西はどうするの?」
「心配するな」
くしゃくしゃに海値の髪をなでる揺西の視線は海値から離れていた。