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日のない町と影


 海値は階段前にある車椅子を見つめていた。

 この先に揺西と涙羽がいる。

「………」

 涙羽にとって年に一度だけのイベント。

 海値は彼女が人間なのを知っている。知っているからこそ、仕方がないと思い、揺西を取られる嫉妬心も生まれる。

「………」

 …変なの。毎日、揺西の顔を見ているのに。

 ずっと一緒じゃない時間だってあるのに。

 どうして、こんなに辛いんだろう。

 今日1日揺西に会えないのはわかっている。

 ここにいても意味がないのもわかっていた。わかっているが足が動かない。

「……」

 永遠に続くと思われた海値の呪縛を解いてくれたのは、後方から聞こえてきた足音だった。

 人の存在に気づいた海値は野生動物のように階段を離れ、小走りで離れた。


 自力発電設備があるとはいえ、エネルギーのメイン施設を重視に配分されており、エレベーターは一部しか使えない。

 海値は非常階段を2階まで降りて行く。

 階段には踊り場がある所に蛍光灯があり真っ暗ではないが、省エネシステムが作動しているため、半階ちょっと降りるたびに上階の電気が消えてゆく。

 海値は足を止めて上階を見上げたが、こみあがってくる負の感情を味わいたくないため首を振って足を下段に移した。

 これからどこに行こうが考えるため、手すりの隙間から下階に向けると2、3階下あたりに明かりが灯っていた。誰かがいるらしい。

 好奇心か同情の目しか向けられない、1日。誰にも会いたくない海値は別の進路を決めることにした。

「みっちゃん」

 しかし、偶然か、鋭い勘によって見上げた知人は手を振っている。

「戸立…さん」

 一番あいたくない知人に海値は顔を曇らせたが、すぐに戻し階段を降り始めた。

 優れた良い人なのだが、揺西との辛い関係を同情し、別れさせようと話を進める。

 いくら怒ろうが、泣きそうな顔をしても、この人は平然としていた。

「あなたも大変ね。毎年毎年」

 身構えていた海値にとって嫌な言葉だが、長い年月を経て免疫ができているので表情を変えることなく答える。

「この町のためですから」

 視線を逸らしたものの、戸立の口は閉じてくれない。

「それはそうと田崎さん、しらない?」

 少し身構えていた海値には気の抜ける質問だった。

「田崎さんですか?いえ、お祭りの初日に見かけたっきりですが」

「困ったわねぇ…居荒さんから電話があったんだけれども携帯が繋がらないのよ」

「携帯…もしかして電源消しっぱなし…」

 海値は田崎のサボっていた事を言いそうになり、慌てて別の言葉を探した。

「きっと…(人工都市から見て)外の携帯は電波が繋がらないか…電池が切れたんでしょうね」

「そうねぇ…もし、見つけたら連絡するように伝えてくれない?」

「はい」

「それと…居荒さんから、もう一つ伝言があってね。これも伝えてくれないかしら?」

「いいですよ」

「新作のプロレス技と18番の刑。どちらかを選べ」

「………」


「どちらも嫌です。新しい技が何が出るかわからないし。技が下手に外れれば命の保障もない。かといって18番は3日3晩うなされるし…」

 尋ね人は意外と早く見つかった。

 …というより

「それはそうと、何をしていたんですか?」

 田崎は玄関ロビー窓側に置かれていた観葉植物の隅にうずくまっていた…。

 偶然、そこを通り、視線をそこに移らなかったら永遠に見つけ出す事などなかっただろう。

「もちろん、小一さんに見つからないように物の影に潜みながら移動し、今は休んでました」

「田崎さん。小一君は外夢のクローンだけあって今日は眠り続けていますよ」

 … … …

「それって、今日1日、私の行動は意味がなかった…という事ですね」

 海値はどう肯定したら傷つかないか悩んでしまった。

「でも、まあ。今後のためを考えれば、いい練習になったんじゃあ…ないでしょうか」

「…。そうですね」

 省エネに加え、蛍光灯の光を30パーセントダウンさせた空間は、いつもより灰色に包まれていた。

 人がほとんど活動しない旧暦7月7日となれば、2人の放つ声が空間いっぱいに広がってゆくが、あまりにも広いロビーでは途中で消えてしまう。

「それはそうと田崎さん。居荒さんに連絡しないでいいんですか?」

 灰色に包まれるのは空間だけじゃないようだ。

「………」


 祭りの日以来、電源を切っていた田崎の顔は、灰色を通り越して闇色に包まれていた。

「だ、大丈夫ですよ。今はお盆休みなんですから、休みが終わる頃には嫌なことも忘れていますよ」

「海値さん。それフォローになってません…でも、そうですね。海値さんの言うとおりです」

 2人は、先の暗い未来を忘れるために空を見上げた。

 しかし、覆われた人工都市の薄灰色の覆いが目に入るだけで、心が癒されることはない。

 2人は外にいた。

 電力を停止した『外夢の町』は時が止まった明け方というべきであろう。

 日が昇る前のうっすらとした闇夜色が町を包んでいた。辺りが見えない心配はないが、たまに見かける人を見なければ廃墟にも見えてしまう。

「不思議ですね。一日前はあんなに華やかだったのに」

「そうですね」

「それはそうと、海値さん。いいんですか?私の危険な探索に付き合ってくれるなんて」

「興味はあったんです、電力停止した町中を。でも、治安が悪いを恐れていたので」

 2人は安全を考えて中央エリア付近の大きな通りを、初めて訪れた観光客のように辺りをキョロキョロしながら進む。

 灰色のドームが覆う、外とはいえない空間。

 治安の悪すぎると言われ続けた旧暦イベントの外。

 幼い海値の願望を家族を受け入れてくれたことはなく、少し大人に近づいた今は、揺西と行動できないので、叶わないものだと諦めていた。

 とはいえ海値は油断せず、絶えず細い道路や建物の影に人が潜んでいないか視線を移動させる。

 もし、運悪く、治安を悪くしている者たちが現れたら、田崎では勝ち目がないという不安が心の奥底に潜んでいるのは、田崎の頼りない面を見ているので仕方ないだろう…。

「ここは…作られた町なんですね」

 『空』というドーム天井を見上げながら海値は言葉を漏らした。

「何も知らずに見上げていた青空も、作られていたんですね」

 生まれた時から人工都市に住んでいた海値にとって、この日、初めて『それ』に信じることができた。

 本物と変わらない。ただそれが偽物であることだけ。

「それと外夢たちが作っている」

 外夢たち。それは涙羽を指しており、海値が彼女を無意識に意識していることも指していた。

「辛いですか」

 それを察した田崎は、口にしたが、聞かれた海値はきょとんとしていた。

「何がですか?」

 とはいえ、胸のうちを明かすほどの仲ではなく。聞かれた海値にとっても、まさかその事を聞かれているとも気づいていないようだ。

「え、いえ…歩きっぱなしだから…大丈夫かなぁと思いまして」

「まだ全然だめですよ」

「そうですか」


 2人は当てもなく歩いた。灰色の空が覆う灰色の町を。

 治安が悪いという噂話を信じてか、外を歩く者はほとんどいない。

 店はシャッターを下ろし、住宅は防犯か長期留守のため雨戸を閉めている。

「何か廃墟みたいですね…すみません。海値さんの町なのに、こんなことを言ってしまって」

 ぽろりと出た言葉に気づき、田崎はそのまま謝罪した。

「私も思ってましたよ。それにしても電気があるとないとじゃ、こんなにも違うものなんですね」

 田崎は足を止めて前方にあった自動販売機にコインを入れた。

 百円玉が落ちてくる音にきづいてから、田崎は自動販売機にも電気が流れていない事を思い出した。

「言っている側から、馬鹿な事をしてしまいましたよ」


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