ヒトミ先生に抱きつきたい
夏頃はポニーテールだったヒトミ先生も、秋が深まるにつれ、髪を束ねてこないことが多くなった。髪を下ろしてくる日や、鼈甲色の髪留めをしてくる日が多くなった。
相変わらずヒトミ先生は教え子たちに嫌われたままだった。ヨシヒロも、どちらかと言うと好きではなかった。ただ、ある日突然、こんなことを考えるようになった。今まで思いもよらなかった変化だ。
ヒトミ先生に抱きつきたい。
最初、自分でもワケがわからなかった。今まであまり好きではなかった先生に「抱きつきたい」って?いったいぜんたい、どうしてしまったのか。
実は「抱きつきたい」の他に、もう一つやりたいことがあった。ヒトミ先生の化粧を剥がしたいと思った。親指の腹で、少しずつぎゅーっと、力いっぱい剥がしたいと思った。
なぜ、突然そんなことを思ったのか?20年以上経った今でもわからない。ただ、この頃からヒトミ先生への想いが変化していく。「どちらかと言うと嫌い」から「特別な好き」へと。
ヨシヒロが突然「ヒトミ先生に抱きつきたい」と思い始めたのとは別に、ヒトミ先生からの扱いも他の同級生とは違う気がしていた。ヨシヒロは、授業中でも自分への言葉遣いや接し方が何か違うなと思っていた。自分の方を向く時だけ笑顔だったり、話し方が優しかったりするような気がしていた。
本当に先生から依怙贔屓されていたのか、それとも単純に思い過ごしか、真相はわからない。しかし、ヨシヒロは自分の印象がいいのは確実だと思っていた。勉強もそこそこ出来たし、先生の言うことにも素直に聞いていた。他のタツヤやアキノリ、シンジと一緒で、数少ない中立的な立場の児童だった。
クラスの中は二学期の中盤でも険悪な雰囲気だった。ヒトミ先生も怒る場面が増えた。それでも先生は毎朝笑顔でやってきた。いつもニコニコしていて、やる気に満ち溢れているようだった。
ところが、そんなある日、またも事件が起こる。これまでも散々事件が起きてきたが、今回は別格だった。クラスの中だけでは済まない、学校全体を揺るがすような事件だった。