他の世界を知らないから
ヒトミ先生はヨシヒロの仕事について興味があるようだ。
「教師って、他の世界を知らないから。」
ヒトミ先生は言った。なんというか、これがコンプレックスみたいになっていた。ヨシヒロ自身も働き始めてまだ1年も経っていなかったが、それでもヒトミ先生は目をクリクリさせて聞いてくれた。
「ほら、TVとかネットでこういうでしょ?」
ヒトミ先生は何度か言っていた。たしかに、教師をしていると「会社」というものを知る機会がないし、断片的な情報に偏りがちだなと思った。会社が社会の全てとは言えないが、社会の重要な部分であることは間違いない。ヨシヒロの短い会社員経験でも、ヒトミ先生にとっては興味深いもののようだ。
「大人になったね~、ヨシヒロくん。」
ヒトミ先生はしみじみと言った。ヨシヒロは、失礼かもしれないが、先生と距離が近くなった気がした。その、男と女としての距離ではなく、社会人経験に基づく「大人度合い」みたいなものの距離だ。まあ、昔は文字通り大人と子どもだったのだが、精神的な部分で、ヨシヒロは昔とは違うと思っていた。
ヒトミ先生との新年会が、そろそろお開きかなと思った時、ふとしたことから共通のバンドが好きだとわかった。あんまり有名ではないが、それぞれ何度かライブを見に行ったことがあった。
これもまたヨシヒロにとってチャンスだった。そのバンドのライブを見に行きたいと行ったらヒトミ先生も乗り気だった。
「神戸でもいいし、大阪でもいいよ~。」
先生は嬉しそうだった。
使い慣れてきたi-phoneで、そのバンドのホームページを見た。近々ライブをする予定はなさそうだが、いずれ一緒に見に行きたいと思った。
「今日はありがとう。楽しかった!」
ヒトミ先生は明るく言った。
「仕事がんばってね!」
昔と変わらない笑顔だった。
「先生も、色々大変だと思うんですけど、無理のないようにされてください。」
ヨシヒロは気遣った。
「おおっ!言うようになったね~。」
社会人として、少しは認めてくれたかな?ヨシヒロは思った。




