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4. ままならないのは金か世間か

「一体どういうことだ!」

怒りを滲ませた声が店の外まで響き渡った。

そこは中流家庭の平民が使う商店で、貴族の屋敷が立ち並ぶ住居区からは少し離れた、平民が住まう住宅街の大通りにある。

何事だと好奇心から店内を覗いた通行人もいたが、視線の先にいたのが貴族だとわかれば慌てて出入り口から離れていく。

「ご立派な貴族のご子息様がうちの商会をご利用頂くのはありがたいかぎりなのですが、リナルディ子爵様からご子息様分の請求を受け付けないと言われましてはねえ。

うちも商売なんで、支払ってもらえないとなれば売ることは難しいのですよ」

店の中、怒りに満ちたセルジオに頭を下げた店主は、申し訳なさそうな顔をしつつも頑なに現金払いしか認めようとはしなかった。


あの暗愚の塊である両親が思いつくはずのない嫌がらせ。

フィオレッラの采配だろう。

どこまでも邪魔をして、本当に気に食わない女だ。

「このような扱い、到底看過できん!主人、貴族だ平民だと言うつもりはないが、私がこの店でどれだけ多くの物を購入したかという恩を忘れ、今更売るのを拒否するつもりか!」

ぎりぎりと歯軋りしながらも、恨み言にも似た言葉を吐きかけるが、店主は頭を下げながらも態度を変えることはない。

「私だって心苦しいのですよ。

けれど大変申し訳ございませんが、子爵様からお支払い頂けるとお知らせがあるまでは、リナルディ子爵令息様からの支払いは現金だけとさせて頂きます。

本日の購入分は銀貨二枚となりますので、必要でしたら見える形でお金をお持ちになられますようにお願い申し上げます」

お戻りになるまで取り置きますのでという言葉を背に、怒鳴り散らしたくなるのを懸命に堪えながら店を出た。


怒りの収まらぬ頭でどうしようかと考える。

おそらく他の店に行っても、セルジオに対する扱いは同じだろう。

行ったことのない小さな店舗を狙ってもいいが、家への請求やツケは信用があればこそ。

初めての店では先程とは別の理由で断られる可能性が高い。

それに小さな店になるほど購入品の質が落ちるのも事実。

「癪だが金を用意した方がいいな」

幸いなことにセルジオの非常識な両親であっても、子の個人資産を用意するという義務は覚えていたらしく、常識の範囲内の額がセルジオ名義の口座に用意されている。

なるべく使わないようにと思っていたが、給与の支給日もまだ先なので背に腹は代えられない。

とりあえずは暫く必要な分を引き出そう。

そう決めて歩き出すセルジオだが、思惑が上手くいかないと知るのはすぐのことだった。



 * * * 



「一体どういうことだ!」

怒りのあまりに握りしめたこぶしを受付台へと振り落として鈍い音を響かせれば、静かな銀行内での騒々しい音に客の誰もが視線を向ける。

その視線の先にはセルジオがいた。

受付の向こう側の若い行員が表情を変えながらも頭を下げる。

「ですから、申し訳ありませんが、リナルディ子爵令息セルジオ様の個人資産はリナルディ子爵様によって制限されており、銅貨一枚も用意することはできかねます」

「私個人の資産だぞ!いくら親とはいえ、成人している私自身が使えないのはおかしいだろう!」

再び上げた怒声に周囲からの視線が今一度向けられるが、視線に乗せられる感情は冷ややかなものに変わっている。

最初にあった困惑や驚きといったものは瞳から抜け落ち、残った感情は迷惑や侮蔑といった類だった。


受付をしていた者より立場が上と思われる行員が、騒ぎの中心になっているセルジオへと近づいてくる。

「リナルディ子爵令息様、ここでお話されると他の方へのご迷惑となります。

お話は応接室にてお伺い致しますので、どうぞこちらへ」

あからさまなクレーム対応にカッとなって、誘導しようとした手を払いのける。

「ふざけるな!他人に聞かれて困るのはお前達だろう!

ここに預けられているのは私の資産だ!四の五の言い訳せずに、言われた額を揃えて持ってくるといい!」

セルジオの口座にあるお金な以上、セルジオの要求は正当なものであるはずだ。

「そちらについてはリナルディ子爵様の一存としか」

定型文を読み上げるようなお堅さに反吐が出そうだ。

成人していない子どもならともかく、既に成人も迎えて仕事すらしている。

両親よりもよほど金銭感覚はしっかりしていると思うのに、どうしてあの無能な父親の一声で自身の金が引き出せなくなるのか。

考えれば考える程に怒りが増すばかり。


「そちらのご子息、よろしいですかな」

不意にかけられた言葉につられ、振り返った先には初老の男が立っていた。

セルジオの父とそう年の変わらなさそうな人物で、丁寧に整えられた髭と仕立ての良い服装から、おそらく相手も貴族なのだろう。

「何の用だろうか?」

怒りが収まらずセルジオが睨むように男を見れども、気にした様子もなくこちらに歩を進める。

「いえね、ここには貴賤問わず多くのお客様がいらっしゃる。

そのような人に見られる場所で貴族らしさを捨て、まるで犬のように吠えるだけなのは些か貴族の品位に欠けましょう」

「どこの誰かは存じませんが、初対面の相手に対して失礼が過ぎるのでは?

どうにも年ばかり召されただけのようにお見受けするが」

攻撃の色に染まる言葉のトゲに対し、相手は怯えも無ければ気負いもない飄々とした雰囲気で笑みを浮かべている。

「なに、若気の至りのせいで後々恥ずかしくならぬよう、年寄りの忠告みたいなものですよ」


ただ、と続く言葉の色が変質する。

笑みのままに細められた目の縁に留まるのは、朗らかさではない。

「あまりに行儀が悪いとなれば、目を瞑ったままではいられない。

私の息子の出世を愚かな部下が足を引っ張らないように、その感心しない態度を伝えなければならないでしょうからね」

「私の上司が息子!?

もしや、貴方はダレスタン伯爵閣下か!」

王家主催の夜会に参加することはあれど、上司の親までは気を回す必要はないと挨拶まではしておらず、顔をよく覚えていなかったことが災いした。

セルジオの上司は、財務院の財務官長を務めるダレスタン伯爵の息子だ。

王国財務院の権力者として有名な、ダレスタン伯爵を相手にするのは分が悪い。


「ははは、今更かしこまらなくても結構ですよ」

快活に笑う様が恐ろしい。

笑っているようで、決してセルジオを許していない気がするのだから。

ぽん、と肩に手を置かれる。

「まだ目を瞑って済まされるうちに、ご自宅に帰られたほうがよろしい。

年寄りからの助言は耳障りでしょうが、聞いておいた方が後悔しないですよ」

さほど大きくない声がよく通るのは、距離が近いせいか。

しっかりと掴まれた肩の手からは逃げられず、貴族らしい笑顔のままに威圧されそうだった。


それに負けて一歩、もつれそうな足のままに後ろへと下がる。

ここにきて、ようやく周囲の人々が向ける視線にも気を向けることができた。

呆れ、嘲笑、蔑みといった感情が乱立し、セルジオを見ている。

誰も若者が少しばかり取り乱したのだと、困ったものだというくらいの感情ではなかった。

さらに一歩と後退したセルジオにできたことは、「もう結構」という言葉と共に立ち去ることだけだった。



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