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3. 義両親と朝食を

「お義父様、お義母様、おはようございます」

いつもより遅めに目覚めた翌朝、身支度をしていたフィオレッラに朝食のお誘いをしてくれたのはリナルディ子爵夫妻だった。

食堂ではさほど待っていなかったらしく、まだ二人の前にはカトラリーが揃えられていない。

「お二人と朝食をご一緒にできるのは嬉しいのですが、お待たせなどしておりませんか?」

「いや、私達は遅くまで夜を過ごすのが好きだからね。

これでも早い時間に頂くことになりそうだ」

そう返すリナルディ子爵はにこやかに笑みを浮かべ、それから少しだけ眉を下げて空いている席へと目を向けた。


セルジオの姿がない。

昨晩のことでショックを受けて寝込んだか。

もしくはフィオレッラが提示した選択肢を選ぶことができず、部屋から出てこられないのか。

既に夫妻は彼との顛末を聞いているはずだ。

セルジオの愛人のことも知っていたので、フィオレッラの自由にしていいと言ってくれていたのだが。

給仕に引かれた椅子へと座る。

「旦那様は?」

近くに控えている家令を一瞥すれば、表情の変わらないままに「家出をされました」とだけ返された。


「まあ、家出」

どうやら夫となった人物は目の前の問題を放り投げて、現実逃避を選んだようだった。

子爵夫妻がフィオレッラと朝食をしようと午前中に起きたのはこのせいだろう。

家令に叩き起こされたに違いない。

「今は愛人の為に借りた家に転がり込んでいるようだ」

困った様子を見せる子爵の前にカトラリーが並べられていく。

「本当に困った息子だわ」

子爵夫人も溜息をついた。

「先に言ってくれれば、朝食の用意をさせずに済んだというのに」

その言葉に使用人への配慮は感じられても、息子を慮る気配は欠片も無かった。

「お義母様が気にされることではありませんわ。

今朝の使用人達の朝食が少しばかり豪華になるのですから」

そしてフィオレッラの言葉にも、夫となった男を心配する要素は少しもない。

フィオレッラにとって大事なのは、セルジオの行動が子爵夫妻に影響を及ぼさないかどうかだけだ。

本人にも言ってあるが、セルジオは子爵家に嫁ぐための存在でしかない。

だから結婚しても特に虐げる予定も無かったのだが、相手が仕掛けてくるので倍にして返しただけである。

子爵位の返還という強硬手段は、フィオレッラに害を為そうとしたときの最終手段でしかなかったのに。


正直なところ、セルジオは邪魔でしかないので帰ってきてもらう必要もないが、何もかも放り投げて出て行った分際で子爵家の金を使われても困る。

これから子爵家の資産を管理するのはフィオレッラである。

美しいものを生み出せない夫にかける金はない。

「子爵家とセルジオ様がよく利用している商会には、セルジオ様のツケ払いもしくは子爵家への請求は認めないと通達しておいて」

「セルジオ様の個人資産はどうなさいますか?」

「転がり込んだ先の家賃には困らない程度にして、余分なお金は使えないようにしておいて」

「承知いたしました」

相手は苦労を知らないお坊ちゃんだ。

お金が使えないとあれば、早々に音を上げて帰ってくるだろう。

これは最近読んだ小説のワンシーンが再現できるのではないかと、唇の端が上がりそうになるのを淑女の嗜みが止めてくれる。

「まあ、これは夫の不貞シリーズ、三作目の『旦那様、貴方の逃げ場はありませんわ』ね!確か第四章のはずよ!

ここまで忠実に再現できるなんて、本当にお見事だわ、フィオレッラ」

フィオレッラと裏腹に、子爵夫人が無邪気に喜んで手を叩いた。


「お義母様に喜んで頂けたならなによりですわ」

この方は物語にのめり込んで生きてきたせいで、事の善悪や常識に少し疎い。

それに感情表現も豊かで貴族らしくない。

話す内容も本のことばかりで相手に辟易され、ヴァルドリーニの紹介で子爵と出会うまでは、いくつもの縁談が破談になったとか。

本音を隠したりや体裁を整えることもしないことから、多くの貴族夫人からは距離を置かれているが、なるべく社交には出さずにフィオレッラが愛でる分には可愛らしい方だ。

それに世間とズレていたとしても、読んだ本の内容を全て記憶に留めるといった、好きなことに対する熱量はヴァルドリーニ好みでもある。

彼女に望めば、多くの本の内容を確認する必要なく語ってくれる。

のめり込む先が本でなければ、きっと有能な文官や法務官、司書などにもなれたのが惜しいと子爵夫人の両親は嘆いたようだったが、そんな面白味の無い人間だったらヴァルドリーニは子爵を紹介しなかっただろう。


既に朝食はスープ皿が下げられて、新しい皿には小さなオムレツや大きなハム、サラダやベイクドポテトが整然と並んでいる。

添えられたバゲットは焼きたてなのか温かい。

賑やかに進められる朝食の風景は、初夜後のはずの夫が抜けた異様なものであるにも関わらず、仲が良い家族の光景のようだった。

昨晩ぐっすり眠れたフィオレッラは執務室ですることがあるので、普段は昼まで寝ている子爵夫妻には少し休んでもらったほうがいい。

上手くいけば夕食は一緒に席に着けるだろう。

それから、

「お義父様、今夜は演奏されるのでしょうか?」

と、フィオレッラが聞けば、子爵が満面の笑みで頷く。

「可愛い娘のために、何を弾こうか考えておくよ。

どうかその時には、妻と新しい本の話をしてやっておくれ」

隣できらきらした瞳の子爵夫人が、食堂にまで持ち込んだ本を愛おしそうに撫でながらフィオレッラを見る。

「ええ、喜んで」

あっという間に終わることになるが、これはこれで良い結婚生活になりそうだと、フィオレッラは幸せそうに眼を細めた。

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