91. いのちのパン 場所:カペルナウム
•凡例•
( )囲み ── 訳者または編集者によるより理解しやすくするための補助、本文と一緒に読んでかまわない
[ ]囲み ── 訳者または編集者による語句の定義をより明確にする説明
『 』囲み ── 旧約聖書または会話の中の引用
あくる日、なお湖の向こう岸(すなわち東の岸)に残っていた群衆は、(昨日の夕方)そこには一艘のほか小舟がなく、しかもイェシュアはその舟に弟子たちと一緒に乗らず、弟子たちだけが乗って行ったことを知っていた。(すると折よく、)ほかの数艘の小舟がティベリアから、イェシュアが感謝して人々にパンを食べさせられた場所の近くに来た。群衆は、イェシュアも弟子たちもそこにいないことを見ると、自分たちもそれらの小舟に乗って、カペルナウムまでイェシュアを探しに行った。そして、湖の向こう岸(すなわち西の岸)でイェシュアを見つけると、彼に言った、「師よ、いつここに来られたのですか?」
イェシュアが答えられた、「アーメン、アーメン[真実に、真実に]、わたしは言う、あなたたちがわたしを探すのは、(パンの)徴を見たからでなく、パンを食べて満腹(して良い思いを)したからであろう。(食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでも無くならずに、輝き続ける命に至らせる食べ物のために働け。これこそ人の子 (わたし) があなたたちに与えるのである。天主なる父上が、人の子に(認証の)証印を押されたからだ。」
すると、人々がイェシュアに尋ねた、「天主の業を行うには、何をすればよいのでしょうか?」イェシュアは答えられた、「天主が遣わされた者を信頼すること、これが天主の業である。」そこで、彼らが言った、「それでは、あなたはどんな徴をわたしたちに見せて、自分を信じさせようとするのですか?どんなことをするのですか?わたしたちの先祖は、(モーセが天から降らせた)マナを荒野で食べました。(聖書に)『彼は天からのパンを与えて彼らに食べさせられた』と書いてあるとおりです。(あなたもモーセのような徴を見せてください。)」
イェシュアは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたたちに天からのパンを与えたのはモーセではない。わたしの父上が、あなたたちに天からの本当のパンを与えられるのである。天主の(与えられる)パンは天から下って来て、世に命を与えるものであるからだ。」そこで、彼らが言った、「ご主人、(もしそうなら、)いつもそのパンを与えてください。」
イェシュアが言われた、「わたしがその命のパンである。わたしに来る者は決して飢えない。わたしを信頼する者は決して二度と渇かない。しかし、わたしは(前にも)言ったように、『あなたたちはわたしを見ているのに、信じない。』父上がわたしに与えてくださる者は皆、わたしに来る。そして、わたしに来ている者を、わたしは決して放り出さない。(放り出すわけがない。)わたしが天から下って来たのは、自分のしたいことをするためではない。わたしを遣わされた方[天の父上]の意志を行うためである。そして、(父上が)わたしに与えてくださっている者を一人も無くさず、(この時代の)終わりの日に(彼らを)復活させること、これがわたしを遣わされた方[天の父上]の意志である。子を見て信頼する者が皆、輝き続ける命を持ち、わたしがその人を(この時代の)終わりの日に復活させること、これがわたしの父上の意志であるからだ。」
すると、ユダヤ人はイェシュアが「わたしは天から下って来たパンである」と言われたので、彼のことをつぶやいて言った、「この人はヨセフの子イェシュアで、わたしたちはその父も母も知っているではないか?どうして今『わたしは天から下って来た』などと言うのだろう?」イェシュアが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、誰もわたしに来ることはできない。そして、わたしはその人を、必ず(この時代の)終わりの日に復活させる。預言書に、『人は皆、ヤハウェ[天主]に教えられる者となるであろう』と書いてある。(そして天主に引っ張られる者、すなわち)父上から聞き、また学ぶ者は皆、わたしに来る。
(聞き、学ぶと言っても、)これは誰かが父上を見たというのではない。天主から来た者(、すなわちわたし)だけが、父上を見たのである。アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信頼する者は輝き続ける命を持つ。わたしが命のパンであるからだ。あなたたちの先祖は荒野でマナを食べたけれども、死んだ。(天から降って来たが、輝き続ける命がないからだ。)食べれば死なないもの、これこそが(本当に)天から下って来るパンである。
わたしが天から下って来た、生きているパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、わたしの肉である。世を生かすために、わたしはこれを(世に)与える。」するとユダヤ人は、「この人は、どうして自分の肉をわたしたちに食べさせることができようか?」と言って互いに議論を始めた。イェシュアが言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人の子の肉を食べず、その血を飲まねば、あなたたちの中に命はない。わたしの肉を食い、わたしの血を飲む者は、輝き続ける命を持つ。わたしはその人を(この時代の)終わりの日に復活させる。わたしの肉は本当の食べ物、わたしの血は本当の飲み物だからだ。わたしの肉を食い、わたしの血を飲む者は、わたしの内に留まっており、わたしもその人の内に留まっている。生きておられる父上から遣わされたわたしが、父上を通して生きているように、わたしを食う者も、わたしを通して生きる。これが天から下って来たパンであって、先祖が食べて死んだ(あのマナの)ようなものではない。このパンを食う者は永遠に生きるであろう。」これはカペルナウムの会堂で教えておられた時に、話されたものであった。
さて、弟子のうちの多くの者はこれを聞いて、「(自分の肉を食えとは、)これはひどい言葉だ!誰が聞いておられよう?」と言った。イェシュアは、弟子たちがそのことについて不満を抱いているのを見抜いて、彼らに言われた、「このことがあなたたちをつまずかせる[疑わせる]のか?それなら、もし人の子が(地上に下りて来る)前にいた所に上るのを見たら、どうであろう?(その時あなたたちは、肉を食い血を飲むのが、霊の意味であったことに気づくであろう?)霊が生かすものである。肉は何の役にも立たない。今わたしがあなたたちに話した言葉は霊であり、また命であるのだ。しかし、あなたたちのうちには、信じない者がある。」──イェシュアは、始めから、誰々は信じない、誰は自分を敵に売ると、知っていたのである。そして言われた、「だからこそ、『父上から与えられているのでなければ、誰もわたしに来ることはできない』とあなたちちに言っておいたのだ。」
この(激しい言葉の)ために、多くの弟子が離れて行って、もはやイェシュアと一緒に歩かなくなった。するとイェシュアが十二人(の弟子)に言われた、「まさか、あなたたちまで離れようと思っているのではあるまいな。」シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)誰の所に行きましょう?輝き続ける命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。あなたこそ天主の聖者であると、わたしたちは信じており、また知っております。」イェシュアが彼らに答えられた、「あなたたち十二人を選んだのは、このわたしではなかったのか?ところが、そのうち一人は悪魔だ!」イェシュアはイスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのである。この人は(後で)イェシュアを売ろうとする人であったから。──十二人のうちの一人でありながら。




