64. ベルゼブル論争 (1) 場所:カペルナウム
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さて、イェシュアが(カペルナウムの)家に帰られると、また群衆が集まって来て、みんなは食事すらできなかった。そして、身内の者たちが(イェシュアの様子を)聞いて、(ナザレからカペルナウムへ)彼を取り押さえに出てきた。なぜなら、「気が狂っている」と言う人たちがいたからである。
(ちょうど)その時、悪鬼につかれて盲目の啞者[口の利けない人]が連れて来られた。イェシュアがそれを治されると、啞者が物を言い、目が見えるようになった。群衆が皆呆気にとられて言った、「もしかしたらこの人は、ダビデの子[救世主]ではなかろうか?」
しかし、エルサレムから下って来たパリサイ人と聖書学者たちはそれを聞いて、「あれはベルゼブル[悪魔の別名]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭ベルゼブルによらなければ、この人に悪鬼を追い出せるわけがない」とか言った。
イェシュアは彼らの考えを知って呼び寄せ、譬えをもって話された、「悪魔にどうして悪魔が追い出せるか?内輪割れをするいかなる国も荒れ果て、内輪割れをするいかなる町も家も立ちゆかなくなる。悪魔が悪魔を追い出しているとすれば、それは内輪割れそのものだ。どうしてその王国が立ってゆこう?(もちろん)立ちゆかなくなり、滅びてしまう。
そして、もし(あなたたちの言うように)わたしがベルゼブルによって悪鬼を追い出すとすれば、(同じことをしようとしている)あなたたちの仲間は、いったい何によって(悪鬼を)追い出すのか?(まさかベルゼブルではあるまいか?)だから、(このことについては、)あなたたちの仲間に審判者になってもらったがよかろう。しかし、もしこのわたしが天主の霊で悪鬼を追い出しているのなら、それこそ天主による統治はもうあなたたちのところに来ているのだ。
あるいは、人はまず強い者を縛りあげずに、どうして強い者の家に入って家財道具を奪い取ることができようか?縛った後で、その家を略奪するのであろう。(だから、わたしは言う、ベルゼブルはすでに縛られている。天主と悪魔との戦いは始まっている。)わたしと一緒に立たない者は、わたしに敵対する者であり、わたしと一緒に集めない者は、(人を分離させて)散らす者である。
だから、わたしは言う、人の(犯す)いかなる罪[的外れ]も冒瀆も赦していただけるが、天主の霊 (へ) の冒瀆は赦されない。人の子 (わたし) に悪口を言う者ですら赦していただけるが、天の尊い霊[聖霊]に悪口を言う者は、この時代でも来るべき時代でも(決して)赦されない。」イェシュアがこう言われたのは、彼らが(天の尊い霊[聖霊]によるイェシュアの業を罵って)、「あれは穢れた霊につかれている」と言ったからである。
(イェシュアは続けて言われた、)「木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を腐ったものとするなら、その実をも腐ったものとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのだ。蝮の末よ、あなたたち(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう!なぜなら、心に溢れ出ることを、口が語るのだ。善人は(心の)善い倉から善い物を取り出し、悪人は(心の)悪い倉から悪い物を取り出す。わたしは言う、人の話すいかなる無駄言についても、(この時代末の)判決の日には、必ず弁明することになるであろう。なぜなら、あなたはあなたの言葉で義とされ、あなたの言葉で罪[的外れ]とされるのだから。」




