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44. 安息日に穂を摘む   場所:おそらくエルサレムからの帰途

•凡例•


( )囲み ── 訳者または編集者によるより理解しやすくするための補助、本文と一緒に読んでかまわない


[ ]囲み ── 訳者または編集者による語句の定義をより明確にする説明


『 』囲み ── 旧約聖書または会話の中の引用

 さて、ある安息日(あんそくび)にイェシュアが麦畑(むぎばたけ)の中を通られた時、弟子たちが空腹(くうふく)を覚えたので、()を摘み、手でもんで食べ始めた。これを見たパリサイ人たちがイェシュアに言った、「なぜあの人たちは、あんな、安息日にしてはならぬことをするのか?」

 イェシュアが答えて言われた、「あなたたちは、ダビデ(王)が自分もその(とも)の者も食べるものがなくて空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことすらないのか?──彼が大祭司アビアタルの時、天主の家に入って、祭司のほか誰も食べてはならない、(そな)えのパンを食べ、(とも)をしている者にも分けてやったことを。また、安息日に宮におる祭司は(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪[的外れ]にならぬことを、律法で読んだことがないのか?

 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも偉大なものが(今)ここにある。もしあなたたちに、『わたしが望むのは(あわ)れみであって、犠牲(いけにえ)ではない』という(天主の言葉の)意味がわかっていたなら、罪[的外れ]のない者たちを(安息日違犯(いはん)だと言って)(とが)めなかったであろうに。(わたしの弟子たちに罪[的外れ]はない。)

 安息日は人のためで、人が安息日のためにあるのではない。それだから、人のわたしはまた安息日の主人であるのだ。」

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