43. 過越の祭り: 証言する者
•凡例•
( )囲み ── 訳者または編集者によるより理解しやすくするための補助、本文と一緒に読んでかまわない
[ ]囲み ── 訳者または編集者による語句の定義をより明確にする説明
『 』囲み ── 旧約聖書または会話の中の引用
(今わたしの判決は義しいと言ったが、)もしわたしが自分で自分のことを証言するのであったら、わたしの証言は信用できない。わたしのことを証言してくださるお方はほかにある。そして、わたしのことを証言されるその(方の)証言が信用すべきであることを、わたしは知っている。(しかし、それはあなたたちが考えるように、お水浸らせ者ヨハネではない。)あなたたちはヨハネに使いを遣り、彼は(わたしが)真理(であること)について証言したが、わたしは人間 (ヨハネ) から証言してもらう必要はない。わたしがヨハネのことを言うのは、ただあなたたちが(、彼の証言を思い起こさせることによってわたしを信頼し、)解放されるためである。ヨハネは(真の光ではないが、真の光に導く)燃えて輝く灯火であった。あなたたちは、しばしの間、彼の光の中で楽しもうと思った。
だが、わたしには、ヨハネの証言よりも有力な証言がある。父上がわたしに成し遂げさせようとして賜った仕事、すなわち、わたしがしている仕事そのものが、父上が私を遣わされたことを証言しているからである。その上、わたしを遣わされた父上ご自身が、わたしのことを証言してきてくれたからである。あなたたちはいまだかつて父上の声を聞いたことも、姿を見たこともない。また、父上の言葉があなたたちの心に留まっていない。父上の遣わされた者を信頼しないのがその証拠だ。
あなたたちは聖書の中に輝き続ける命があると思い込んで、それ[聖書]を研究している。ところが、この聖書こそは、(輝き続ける命である)わたしのことを証言しているのだ。それなのに、あなたたちは、その命を得るため、わたしに来ようとしない。(今こう言うのは、自分を認めてもらいたいからではない。)わたしは人間の名誉など欲しくない。しかし、わたしは(それを欲しがる)あなたたちを(よく)知っている。あなたたちは、心の中に天主の愛を持っていない。(その証拠には、)わたしが父上の名(の権威)で来ているのに、あなたたちはわたしを受け入れない。だが、誰か地の人[偽預言者や偽救世主など]が自分の名(の権威)で来れば、その人を受け入れるのであろう。互いに(この世の)名誉を受け入れ合って(求め合ったりして)、唯一の天主からの名誉を求めないあなたたちが、どうして(わたしに対する)信頼を持つことができようか?
(しかし、)わたしがあなたたちを父上に訴えるなどと考えるな。あなたたちをいつも訴えている者がおる。それは、あなたたちが頼みとしているあのモーセである。もしもあなたたちがモーセ(の言うこと)を信じたなら、わたしを信じたはずだ。モーセはわたしのことを書いているのだから。しかし、彼の書いたものを信じないなら、どうしてこのわたしの言葉を信ずることができようか?」




