120. 宮での教え1: 世の光 場所:エルサレム(宮)
•凡例•
( )囲み ──訳者または編集者によるより理解しやすくするための補助、本文と一緒に読んでかまわない
[ ]囲み ──訳者または編集者による語句の定義をより明確にする説明
『 』囲み ──旧約聖書または会話の中の引用
(その同じ日に、)イェシュアはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしについて来る者は、決して闇の中を歩かない。そればかりか、命への光を持つ。」それでパリサイ人が言った、「あなたは自分で自分のことを証言しているから、あなたの証言は信用できない。」イェシュアは答えて言われた、「たとえ自分で自分のことを証言しても、わたしの証言は信用すべきである。わたしは自分がどこから来たか、どこに行くかを知っているのだから。(わたしは父上から来たので、父上が何でも教えてくださるのだ。)しかし、あなたたちはわたしがどこから来て、どこに行くかを知らない。あなたたちは人間的に(目に見えるもので)裁くが、わたしは誰をも裁かない。しかし、たとえわたしが裁いても、わたしの判断は真実である。わたしは一人ではなく、わたしと、わたしを遣わされた父上と(一緒)であるからだ。あなたたちの律法にも、『二人の証言は信用すべきである』と書いてあるではないか?わたしがわたし自身の証言者である。その上、わたしを遣わされた父上がわたしのことを証言してくださる。」するとパリサイ人が彼に言った、「あなたの父はどこにいるのか?」イェシュアは答えられた、「あなたたちにはわたしをも、わたしの父上をもわかっていない。もしもわたし(のこと)がわかれば、わたしの父上もわかるはずだ。」
これらの言葉を、イェシュアは宮で教えられる時、宝物殿の脇で話された。しかし、イェシュアを捕らえる者はなかった。彼の時がまだ来ていなかったからである。




