101. 十字架を負え 場所:カエサレア・フィリピ地方
•凡例•
( )囲み ──訳者または編集者によるより理解しやすくするための補助、本文と一緒に読んでかまわない
[ ]囲み ──訳者または編集者による語句の定義をより明確にする説明
『 』囲み ──旧約聖書または会話の中の引用
それから、イェシュアは群衆を弟子と一緒に呼び寄せて言われた、「誰でも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己を捨てて、日々自分の十字架を負い[自分の力で生きるのを終わりにし]、それからわたしについて来るがよい。(自分の力でこの世の)命を救おうと思う者は(輝き続ける)命を失い、わたしと(わたしの)良きたよりとのために(この世の)命を失う者は、(輝き続ける)命を救うのだから。たとえ全世界を手に入れても、命を損するのでは、その人に何の得があろう?また、人は(一度失った輝き続ける)命を取り戻す代価として、(天主に)何を与えることができようか?天主を忘れた罪[的外れ]のこの世代において、わたしとわたしの言葉とを恥じる者は、人の子も、父上の栄光に包まれて尊い天使たちと共に(再び地上に)来る時に、その者を恥じるであろう。」
そして、イェシュアは彼らに言われた、「アーメン[真実に]、わたしは言う、今ここに立っている者のうち、死を味わう前に、人の子 (わたし) が王権を帯びて、天主による統治(の栄光)を力強く現わすのを見るであろう。(その時はじきに来る。)」




