「イェシュア伝」:編集者の思い (前書き)
本書「イェシュア伝」は、新約聖書の四つの伝記書(マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝)を統合し、イェシュア(イエス・キリスト)の生涯を一つの物語として描き出したものです。その作成のきっかけは、約18年前にさかのぼります。伝統的にこの四つの伝記書は別々に読まれることが多く、それぞれの描写の違いや特徴が独立したまま受け取られてきましたが、私は四つの伝記書を時系列に沿って読むことで、イェシュアの生涯をより鮮明に捉えたいと考えました。無名の存在であった彼が人々にどのように発見され、どのような道を歩み、どんなメッセージを伝えていったのか。地図を片手に、その足跡を追いかけることで、イェシュアの生涯の流れとメッセージの展開を深く理解したかったのです。
3年前、この思いはさらに発展して、一つの統合された伝記書を作るという具体的な形になりました。こうした試みは歴史上珍しくなく、2世紀のシリアの著述家タティアノスが約170年頃に初めて伝記書の統合版を完成させています。しかしながら、現在日本語でのこうした統合版は出版されていないのが現状です。本書は、その空白を埋め、現代の読者にイェシュアの物語を新鮮かつ身近に感じてもらうことを目指しています。
本書の基盤となるのは、内村鑑三の弟子であった塚本虎二の「福音書」です。塚本は自身の翻訳を「教会なき人のための聖書」と呼び、ただ一人で聖書を読む一般読者を想定して訳しました。私もその精神に共感し、聖書の原文に忠実でありながら理解しやすい言葉を選び、塚本訳の独自の工夫を生かしつつ、現代の読者にイェシュアの生涯をわかりやすく伝えることを心がけました。
時系列で伝記書を読んだことで、私自身の理解は大きく変わりました。長年抱いていた解釈が覆る場面もあり、イェシュアの生涯がより現実的で身近なものとなりました。出来事の場所や前後の流れを把握することで、彼の動機や周囲の人々の反応が鮮明になり、メッセージの展開から彼が本当に伝えようとした本質がより明確に浮かび上がりました。これらの発見を、読者の皆さんにも共有したいと考えています。
「イェシュア伝」の意図は、以下の通りです:
●イェシュアの生涯を一つの物語としてまとめ、小説風に読みやすくする。
●四つの伝記書を別々に読むハードルをなくし、新鮮な視点でイェシュアを発見(または再発見)する。
●宗教や文化、伝統による固定概念をできる限り取り払い、聖書に馴染みのない一般読者にも親しみやすい形で提供する。
●伝統的な宗教用語(例:神→天主、イエス→イェシュア、神の国→天主による統治、信仰→信頼など)を原文に忠実に再構築する。
本書の特徴的な工夫として、四つの伝記書の異なる描写を統合し、各エピソードの全体像を描いています。また、( )内に文の流れや理解を助ける補足を、[ ]内に歴史的背景や語句の定義を加えました。これにより、読者はイェシュアの物語をより深く、より立体的に味わえるでしょう。 お勧めする読み方は、地図を片手に、最初から最後まで時系列に沿って読み進めることです。イェシュアのストーリーの全体像を想像しながら読むことで、理解がより深まります。もちろん、時間がない場合は各エピソードを独立して読むことも可能です。その場合でも、イェシュアの言動から新鮮な刺激や気づきを得られるでしょう。
本書を通じて、イェシュアの生涯とメッセージが、宗教や文化の枠を超えて、現代の読者に生き生きと響き、新たな発見の旅となることを心から願っています。
2025年8月
編集者