気になるあの子は何カップ?
大食いな子ほどモテる世界線のお話。
秋風が心地よい祝日の朝、陽太と大樹は駅前のベンチに座り、過ぎ行く人々を眺めながら、会話を弾ませていた。
彼ら男子高校生の定番の話題といえば「カップ推定」。大食いの女の子ほど魅力的とされるこの世界で、お腹の膨らみから食べる量を推測する行為である。
1カップは1リットルと国際規格で定められているので、2リットル飲めればBカップ、3リットル飲めればCカップとなる。
「なぁ大樹……あの子、何カップだと思う?」
赤信号で立ち止まった女子生徒を、陽太が目線で示す。管弦楽部だろうか、黒いヴァイオリンケースを小脇に抱えている。艶のある長い髪に、清楚なセーラー服。お腹のあたりはふっくらと膨らんでおり、制服の上からでも、その食べっぷりは感じられる。
「うーん、あのボリュームなら……Dカップは固いな……」
大樹が真剣な顔で応じる。Dカップといえば4リットルの食べ物を余裕で飲み込める証拠。現在の日本人平均とはいえ、女子高生でその数値に達するには、日々の鍛錬が欠かせない。
「いや、Dじゃ少なすぎるっしょ。あの膨らみ具合、Fカップくらいあってもおかしくないぜ? あの制服の張り方、ちゃんと見てみろよ……」
不満そうに反論する陽太。Fカップともなれば6リットル。朝からしっかり食べて、ここまで膨らませるのはなかなかの大食いっぷりだ。
大樹は少し考えてから
「なるほどな……まあ、自己ベストならFかもしれん。実際どのくらい食べるかなんて、その子の体調次第だからな。自己ベストはFだけど、いつもはEカップくらいで、今日はちょっと控えめでDとEの中間くらい……ってとこか……」
と冷静に分析する。彼には大食いの姉が3人いるため、女性の食事量やカップ数についてはちょっと詳しい。
信号が青になる。ヴァイオリンケースを持った子は道の反対側にある雑居ビルへと消えていき、代わりに中学生らしき女の子が走ってきた。皺の残ったカーディガンは、お腹の部分がダボッと余っている。
「ごめんごめん! 遅くなっちゃって……!」
どうやら友人との、待ち合わせだったらしい。
「ちょっ……あんたっ、すっぴんで来たの!?」
「お腹ぺったんこじゃん……ちょっと、あり得ないんだけど……」
小学校低学年ならまだしも、おしゃれに気を遣うようになった年頃の女の子たちが、お腹ぺったんこの状態で外に出ることなど、まずない。案の定、女の子は友達から総ツッコミを食らっていた。
「ちょっと寝坊しちゃって……朝、食べる時間がなかったんだってば……」
「……恥ずかしいから、ちょっとその辺で膨らませてきなよ……」
その子は息を整えながら、傍にあった水飲み場で、ゴクゴクと水を飲み始めた。1リットルくらい飲んで、お腹をさする。
その様子を遠巻きに眺めていた陽太と大樹は、互いに顔を見合わせる。
「やっぱり朝ごはん、ちゃんと食べないと、ああやって恥ずかしい思いするよな……」
陽太のつぶやきには、大樹も
「ああ、女子の朝食は大変だよな……」
と同意するように応じた。(姉たちの朝食は、しばしば早食い競争の様相を呈していたからだ)
再び信号が青になる。
と、向かいのビルから、さらに目を引く女子高生が出現した。黒髪ショートの溌剌とした子で、堂々たる態度で歩いてくる。そのお腹は、ふわりとしたパーカーの下でも明瞭に分かるほど膨らんでいた。
「おい! あの子、見ろよ! あれはHカップか……!?」
陽太が目を輝かせて言う。Hカップとなると8リットル。まさに「学校の頂点」クラスの胃袋である。
「確かに、あそこまでいくと、朝の時点でパンケーキ100枚くらい、軽くいってるかもな……」
道行く大人たちの中にも、何人か彼女の腹部をチラ見する人々がいる。大学生でも、彼女のように胃袋が8リットル以上ある子は稀で、羨望の眼差しを集めるのは必然だ。
「ああいう子を連れて、食べ歩きデートとかしてみたいよな……」
陽太が少し、照れくさそうに呟いた。
「なんかこう……上品に食べてるんだけど、どんどんお腹が膨らんでいくのって、すごく魅力的だろ?」
「分かる。しかも、満腹になるとお腹の膨らみが、さらに可愛くなるんだよな。小顔とのギャップっていうか……ほんと最高だよ……」
「しかもまだ、だいぶ余裕ありそうだな……ひょっとして、HじゃなくてIカップくらいあるかも?」
「……いや、さすがにそれはないだろ。腕も脚も、そこそこムッチリしてるし、あれはきっと、お腹まわりにも、そこそこ浮き輪肉が乗っかってるタイプさ。そもそもIカップ以上でスレンダーな子なんて、都市伝説だろ……」
大樹が答えると、陽太はニヤッと笑って、鞄から週刊誌を取り出した。昨日発売されたばかりの号。表紙の女の子を見せびらかすように、大樹に向ける。
「これ、見ろよ! 亜依ちゃん! 14歳の現役中学生で、Мカップだぜ!」
「……М、カップ!?」
大樹は目を丸くして、表紙に見入る。この夏に浜辺で撮影されたらしいその写真には、小麦色に焼けた肌をした、まだあどけない女の子の満面の笑みと、宝石のように輝く大きな瞳が写っている。そして、その下には大きなポップ体で「驚異のMカップ胃袋! スレンダー美少女、グラビア初登場!」と煽り文句が躍っていた。
「すごいな……Мカップってことは……13リットルか。中学生で、そんなに食べられる子なんて、聞いたことないぞ……」
カップ数を指折り数えながら、大樹は感嘆の声を漏らした。
「しかもさ、亜依ちゃんって、ほとんど贅肉がないんだぜ。スレンダーなのに、お腹だけしっかり膨らむんだ。見ろよ、これ!」
陽太は興奮気味にページをめくり、亜依が特大サイズのパフェを前に笑顔を浮かべている写真を指さした。鎖骨や肋骨もうっすら浮かぶような細身の身体に比して、みぞおちの直下、お腹の部分だけが凶暴なまでに前へと突き出していて、胃の形がはっきりと浮き出ているように見える。
大樹は目を奪われながら、
「いや、これ……どうやったら、こんな体型、維持できるんだよ。普通、こんなにできないし、ここまでやったら、多少はポッチャリしてくるはずだし……!?」
と、信じられないように呟いた。
「それが、亜依ちゃんって、大食いトレーニングをしたこともなければ、ダイエットしたこともないらしいよ。めちゃくちゃ太りにくい体質なんだって。北海道の子で、昔からカロリーとか気にせずバクバク食べまくってたらこうなっただけだってさ。ほら、ここのインタビューでも『お腹いっぱい食べるとカワイイってみんなが褒めてくれるから、好きなだけ食べてたらいつの間にかこんな感じになって……旅行で札幌に来た時、たまたまスカウトされただけなんですー。だからこのお腹は、みんなに育ててもらったようなものなんですよねー』なんて気楽そうに笑ってるし……」
陽太が得意気に説明する。
「いや……それは表向きの顔で、きっと裏では涙ぐましい大食い訓練をしてきたに決まってるさ。俺の姉ちゃんたちだって、外では『大食い体質』とか笑いながら、毎日すごい形相で夜食を詰め込んでるもん。毎日パンパンにしておかないと、胃袋はなかなか大きくならないらしいよ……」
「まじか……。じゃあ亜依ちゃんも、めちゃくちゃ努力したんだなぁ……」
「ああ……Mカップまで鍛えるなんて、よっぽど覚悟がいることだと思うよ……」
「努力が今、こうして形になってるわけか……。俺より年下なのに、ここまで大きな胃袋を鍛え上げたなんて、尊敬するわ……」
大樹はページをめくりながら、亜依の大食いグラビア写真を眺めていく。
次のページは、巨大なラーメンの丼を前に、意気揚々と構える亜依の姿。丼の中には麺やチャーシュー、玉子や野菜が山盛りに盛られ、見るからに10リットルを超えるボリュームだったが、亜依はそれを幸せそうに見つめていた。
「やっぱり、大食いで可愛い子って、最高だよな……」
「……ああ、俺も亜依ちゃんの写真集買うわ……」
なお、彼らはその日、コンビニから書店まで10店以上を巡ったが、人気を博した週刊誌は全て売り切れていたという。
こうして鮮烈な芸能界デビューを飾った亜依が、アイドルとしてさらなる成長を遂げていくのは、また別のお話。感想コメントが多ければ、そのうち書くかもしれませんが、ひとまずこれで完結です。