21.不安な時は公式を待ちましょう
まじまじと私が作った推しグッズを眺めるエリーザ様。
(び、びっくりした……)
思った以上にぬいぐるみをじっくり観察するエリーザ様に、私は反射的に差し出してしまった。
「よ、よろしかったらご覧になりますか……?」
「まぁ、良いの?」
「はい」
「ありがとう、イヴェットさん」
嬉しそうに笑みを浮かべながらぬいぐるみを手に取ると、隣の席に座った。
(……そういえば、推し活に関してはいつもエリーザ様からの話は聞くけれど、私の話をしたことはなかったかもしれないわ)
元よりエリーザ様には一連の活動を“推し活”と表現して教えていないため、説明を求められた時にどう答えるべきか悩んだ。
「とても繊細で凝った作りね。今の私では到底できそうにないわ」
「ありがとうございます。意外と簡単なので、コツを掴めばエリーザ様でも問題なく作れるかと」
「本当に? 刺繍ももちろん素敵なのだけど……こういった小さなぬいぐるみも作ってみたいと思ってて」
「是非! 作りましょう」
意欲があるのは素晴らしいこと。もっとエリーザ様に推し活を楽しんでもらいたい、その一心で頷いたのだった。
「……このイヴェットさんがしているのも、想いを形にすること?」
「そうですね」
「でも……イヴェットさんには想い人はいらっしゃらないわよね?」
「あぁ、私の場合は推し活でーー」
「おしかつ?」
(あっ…………)
口を滑らせるとはまさにこのことなのだろう。しまった、という焦りの感情は当然生まれたものの、不思議と切り替えが早くできた。
(この際だわ。噛み砕いて説明してみましょう)
もしかしたらずっと、伝える機会を伺っていたのかもしれない。
「エリーザ様、良ければ推し活についてご説明しても?」
「えぇ、もちろん」
推しとは何か。
熱弁する気持ちで伝え始めたのたが、結論を言えば今エリーザ様が行っている“想いを形にする”こととそう違わなかった。
ただ、推しという言葉を初めて聞いたエリーザ様は、純粋な疑問を口にした。
「……それは、想うお相手と何か違うのかしら?」
「推しはあくまでも推しですので。恋愛は叶わぬ相手と理解した上で、想っている相手。ということでしょうか」
「今のわたくしじゃない……!」
(す、少し違うんですよね……)
エリーザ様は自身では叶わぬ相手と認定しているが、婚約者という立場的に恋が成就する可能性はあるのだ。
「想っているといっても、恋愛とは少し反れると言いますか。好意というよりも応援の気持ちが強く出る相手、のような」
「応援……」
応援。かつてその言葉を、母オフィーリアにも伝えた。父ユーグリットの応援をしようと。ふと、かつての懐かしい日を思い出した。
「……応援。それってお相手が自分ではない別の人を好きになったら、その恋路を応援しないといけないのかしら」
「それは……」
推し活というものからすれば賛否両論ある話。ただ現実的な問題で、エリーザ様の立場からすれば頷ける話ではなかった。
「ごめんなさい。わたくしの心が狭いとは思うけれど……応援できそうにない」
「何も全て応援しなくてはいけない、という訳ではありませんから」
「そうなのね」
エリーザ様の答えからは無理やり当てはめすぎるのもよくない、そう感じるのだった。
「では、イヴェットさんもこのぬいぐるみのお相手……その推し様? の恋路はどう見ているのかしら。応援していらっしゃるの?」
「応援……」
ジョシュアの恋路。
それはもちろん、応援をしているはずだ。推しが幸せならそれで良いのだから。
ただ、今純粋にリスター嬢との恋路を応援できるかと言えば違った。
それは、リスター嬢が普通じゃないからということが理由だと思っていたのだが……あのイベントを見て、自分の気持ちが少しわからなくなっていた。
「応援を……しているつもりだったのですが」
「イヴェットさん……」
私にとって間違いなく最高に輝く推しであるジョシュア。私のモットーとして、推しの幸せを願うことだけを掲げて推し活をしてきたのだ。
(この戸惑いは……)
あのイベント場面を見て生まれた動揺。その理由が知りたくて自分に問いかけていた。
「イヴェットさん。わたくしは無理に応援する必要はーー」
「熱愛報道」
「えっ?」
(そっか。……そうだ、それだわ!!)
前世含めて長年推していたジョシュア様という存在には、ヒロイン以外の恋人は存在していなかった。
さらに言えば、そのヒロインだってプレイする側の人間である自分だったのだ。
それが崩れて現実世界と化した今、推しであるジョシュア様に恋愛が起こってもおかしくない。そう考えていたのだが、いざ目の当たりにすると動揺して苦しさを覚えた。
その答えがどことなくわかった気がする。
(熱愛報道は不確定で、公式からの発表を待つのみだもの。……二次元であったジョシュア様にそんな心配はなかったけれど今は違う。……あぁ、なるほど。初めて目にしたからこその不安だったんだわ)
妙に一人で納得していると、エリーザ様が苦笑いを浮かべるのがわかった。
「だ、大丈夫かしら」
「大丈夫です、エリーザ様。私はやっぱり応援します」
「そ、そう?」
「はい! 後は公式(という名のジョシュア)の話を待つのみですね」
「こ、公式……」
ようやく心のもやがとれた私だが、スッキリしたのは自分だけということに気が付かないのだった。
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