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24.伯父様の怒りとお母様の思い


 伯父様の目は笑っていなかった。その表情、まとう雰囲気は、怒らせてはいけない人そのものだった。思わず私が息を呑むほどだったが、お母様は慣れているのかため息をふうっとついた。


「お兄様、冷気を収めてください。イヴちゃんに毒です」

「あぁ、すまない。大丈夫か、イヴェット」

「……はい、問題ありません」


 九歳の体には少し重い圧だったが、お母様のために本気で怒っている姿だとわかっていたので怖くはなかった。


「イヴちゃん無理しないで。こういうことするお兄様が嫌いだったら、そうはっきり言うのよ」

「い、今ので嫌われたのか……?」


 先程までの怒りの形相は一瞬にして消え、絶望に満ちた声色になったので、慌てて否定をする。


「い、いえ! 大丈夫ですお母様。嫌っていません伯父様」

「そう?」

「よ、良かった」


 やり取りを見ていて新たにわかったことと言えば、お母様は伯父様に容赦なくどこか扱いが雑だという点だろうか。


「そ、それで。誰なんだオフィーリア」

「……デリーナ伯爵夫人ですよ」

「デリーナ伯爵夫人といえば、侯爵家出身のキャロラインか」

「……はい」


 さすがはシスコンの伯父様、交友関係は把握済みのようだ。


「記憶が正しければ、デリーナ伯爵夫人はオフィーリアの親友ではなかったのか」

「私はそう思っていたのですが、彼女はそうではなかったようです」

「…………そうか」


 伯父様はゆっくりとお母様の言葉を呑み込んでいった。


「それで……デリーナ伯爵家について調べていただきたくて」

「デリーナ伯爵家、か。ちなみに騙された内容については具体的に聞いてもいいのか?」

「もちろんです」


 そう疑問を浮かべる伯父様に、お母様はお茶会での出来事とキャロライン様にされたことを、順を追って丁寧に説明した。

 お母様は凄く冷静で、悲しんでいる様子はもうそこにはなかった。伯父様も真剣にお母様の話に耳を傾けていた。


「……という次第です。キャロラインに紹介された、デリーナ伯爵の運営しているドレス店に関しては調査済みです。なので、大元の伯爵家に関しても調べたくて」

「…………オフィーリア」

「はい」


 お母様が力を借りたい具体的な理由を述べると、伯父様は静かにこちらを見た。


「調べる必要もない。デリーナ伯爵家は私が潰しておく」

(……おぉ、目が本気だ)


 それは伯父様の怒りがあふれた瞬間だった。しかし、お母様はその提案をすぐに拒否した。


「お待ちください。しっかりと調べた上でどう報復するかを考えたいです。一応、運営はデリーナ伯爵ですが、もし今回の非道な件に無関係なら、デリーナ伯爵家には手を出すべきではありませんから」

「確かにそれはそうだな。だがオフィーリア。もし伯爵も関係あった場合は、私が徹底的に潰して構わないな?」

「……その時は」


 冷静なお母様は伯父様の怒りを調節しながら事を運んでいるように見えた。


「それで? 伯爵夫人はどうするつもりだ?」

「まだ考えている途中ではありますが、キャロラインは私の手で報復します。……絶対に」


 凛とした声で、お母様は伯父様に向けて宣言した。


「少なくともやられた分は必ずお返しします」


 その瞳には、真っすぐとした決意が映っており、お母様の意思の固さを感じさせた。伯父様はその様子に驚いたようだが、同時に嬉しそうに微笑んだ。


「そうか…………本当によく変わったんだな」

「……まだ成長過程ですが」

「良いことじゃないか。私は全力で応援するぞ」

「私もです、お母様」

「イヴちゃん……」

「………」


 お母様と見つめ合うと、軽く無視された伯父様は寂しそうに微笑んでいた。


「オフィーリア。デリーナ伯爵家を調べる他に、頼みたいことはあるか?」

「あ……実はシルビア様とお話をしたかったのです」

「シルビアか」


 シルビアとは、フォルノンテ公爵夫人……伯父様の奥様の名前である。


「すまないな。シルビアは今ちょうど実家に帰っているんだ。明日古くからの友人に招待されたパーティーに参加してから、帰ってくる予定なんだが」

「そうでしたか……」

「明日なら会えるんだが……泊っていくか?」

「え」

「一日くらい、ユーグリットも許してくれるだろう」

「…………」


 想定外の出来事と提案に、お母様はすぐに答えを出さずに悩んでいた。


「まぁ、一日でもユーグリットと離れるのが嫌ならーー」

「泊まります」

「え?」

「泊まりますわ、お兄様」

「…………本当か?」


 伯父様はお母様の持つお父様への愛情を知っているからこそ、断られる前提の提案だったようだった。


「えぇ。一日なら大丈夫でしょう」

「……やっぱりユーグリットと何かあったんじゃ」

「…………何もありませんよ」

「そ、そうか」

「…………何も」


 一度は伯父様をけん制するように睨んだが、二度目は私でもぎりぎり聞こえたくらいの消え入るような声だった。


(お母様……)


 お父様への想いが変わらずあることを知っているからこそ、私は胸が痛くなった。


「イヴちゃんはどうする? 何か用事があるなら先に帰っても」

「いえ、問題ありません! 私も泊まりたいです」

「歓迎するぞ!」

「じゃあ泊まりましょうか」


 伯父様は心底嬉しそうに許可してくれた。どうやらお母様が過去に使っていた部屋は残っているようで、今日は二人その部屋に泊まることになった。


 そしてフォルノンテ公爵家から、ルイス侯爵家に泊まっていく旨を伝える使者を出すのだった。




 ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
成長しつつあるお母様に喜んだり頼りになるお兄様(叔父様)に笑ったりお母様の失った約二十年に悲しくなったり、泊まる連絡だけだと家の義弟が心配しそうだなぁとか色々と感情が忙しかったです。
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