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ミッション!秘密の買い物 前


 行き先は王都にある、国内で最も大きな手芸用品店。ありとあらゆる種類の布や縫い糸がそろっており、推し活をする者としては望んでいる色が必ず手に入る場所として重宝している。


 以前お母様と一緒に訪れた時に、二時間ほど滞在してしまったくらい、魅力溢れるお店だ。


(あそこなら種類が豊富だから、まとめて買っていい具合にカモフラージュできる。ジョシュアとは行ったことがないから、変な動きだと思われることもない……なんだ、大丈夫じゃない。意外と簡単なミッションになりそうね)


 誕生日プレゼントを作る者として、決してバレてはいけない。そう胸に刻んだミッションだったため、気持ちの負荷が大きかった。しかし、案外問題なさそうだと思い出したところで目的地に到着した。


「ごめんね、付き合わせることになってしまって。すぐに用事を済ませるから」

「僕が着いていきたいって言ったんだから、気にしないで。それにここ前にも来たけど大きいでしょ? じっくり見て、材料の選別して構わないから」

(……前にも来た?)


 なんということでしょう。ジョシュアが初見じゃないだなんて。

 初めて耳にする状況に、不安が胸に広がっていく。


「……ジョシュアはここ、初めてじゃないの?」

「うん。以前母様に連れてきてもらったんだ。確か、刺繍を始めて間もない頃かな。最近は刺繍も上手くなりたくて、何度かきてるんだよね」

「そう、だったのね」

(盲点だったわ……‼ 今やジョシュアも推し活をしているようなもの……! それなのにこのお店のことを知らないわけがない!)


 私の中のジョシュアの推し活イメージは、絵を描いていることが大半を占めていたのだが、今の一言でそれが大きく覆った。


(最近は刺繍をやってて、その上で買いにきてる、ですって……!? そうなると、糸の種類に詳しくてもおかしくないわ……!)


 言ってしまえば簡単に騙せると思っていたようなものなのだが、そうはいかなくなってしまい、冷や汗が流れていた。


「さ、行こう」

「えぇ」


 差し出されたエスコートの手に自身の手を重ねて入店した。慣れた様子で刺繍糸の場所に向かうジョシュア。


(違う、違うの……‼ 私が見たいのはマフラーと手袋用の毛糸なの……‼)


 毛糸を素通りしてさらに奥にある刺繍糸の前に到着すると、ジョシュアはにこやかな表情で尋ねた。


「姉様、何色を使いたいの? 探すよ」

「えぇと……」


 本当は刺繍糸を買う予定ではなかったので、すぐに答えが出ずに詰まらせてしまう。こうなったら今後絶対に使う糸を買おうと考え始めた。


(絶対に使う色といったら間違いなく推し色よ。あれは消耗が激しいんだから……そうだ! せっかくだからジョシュアのお色で何か作りましょう)

 

 いわゆるジョシュアのイメージカラーである水色なのだが、今日はせっかく本人がいるので、ジョシュア自身の色を揃えてみることを思い付いた。


「まずは水色かしら。単なる水色というよりもジョシュアの瞳の色がいいのだけどーー」


 そう言いながらジョシュアを見上げて、どんな表現が適切か考え始めた。


「……水色よりももっと透明感のある、少し薄い色ね。空色の方が正しいのかしら」

「空色」

「えぇ。……とすれば、ここらへんの色かしら?」


 青色系統の糸が並べられた棚から、水色寄りの糸を二つほど取り出した。そしてその糸とジョシュアの瞳を交互に見て確認を始めた。


「うーん……どっちでもないわね」

「でも、姉様の右手にある色とかいいんじゃないかな」

「確かに似ているけれど、ジョシュアの瞳はもう少しだけ青みがあるのよ。……これだと薄すぎるわ」

「そ、そうなんだ」


 自分の瞳を見ることが少ないのか、ジョシュアは意外そうな反応をした。


「……黄色も買う?」

「もちろん。でも困ったわね……黄色こそ見つけるのが難しそうだわ。ジョシュアの瞳は普通の黄色よりも明るい金に近いかかったはずだから……」


 今は眼帯をして隠れている、ジョシュアの右目。せっかくならオッドアイ要素も含めた刺繍をしたいところだ。


「……姉様、見る?」

「え」


 そう言うと、ジョシュアは眼帯を外して黄色い方の瞳を私に向けて見せてくれた。驚いている間にスッと近付いて、じっと見つめ合う形になった。


(いいんですか!? こんなことがあっても……!?)


 ジョシュアのオッドアイと見つめ合うことは何度かあったが、黄色い瞳を観察する機会は滅多にない。これは逃せないと、私からもずいっと近付いてジョシュアの瞳をじっと見つめた。


(やっぱり黄色いというよりも黄金……でも思っていたより明るくないわ……これを金色の糸で表現するのは安直かしら? でもそれ以外にこの美麗な瞳は表現できない……)


 瞬きもせずに、まじまじとジョシュアの瞳を見続けた。


「いつ見ても綺麗ね、ジョシュアの瞳。やっぱり宝石だわ」

(さすがに完璧に再現するのは難しいわね)

 

 ふふっと微笑むとジョシュアは目を伏せた。


「……姉様、それはずるいよ」

「え?」


 なぜかジョシュアから抗議されたのだが、私はその理由がわからなかった。

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