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2-1 ナズナ ミズリ

 マイコン通信をするにあたって、幾つか決め事――というかマナーのようなものがあるらしい。

 一つ。住所や素性など、個人的な情報については極力訊かない事。

 二つ。言葉遣いは丁寧に。相手を不快にさせる事はないように。

 三つ。可能な限り返事は返す事。文章を読んだのにスルーするのは駄目な事。

 他にも幾らかあったけど、大きなマナーはこのくらい。要するに相手を尊重し、丁寧に応える、という事が重要な事らしい。

 逆に、それさえ守れば充分に楽しむ事が出来るという事。それを疑う余地なんて、微塵もなかった。相手はこういった事における先輩だ。現に、最初の方こそ緊張してたものの、時間が経つ程に楽しんで話が出来るようになっていった。


 ――朝になって、時間を知らせる目覚し時計が鳴った。結局、俺とナズナさんは一晩中マイコンを通じて語り合っていた。

 寝不足で頭がふらふらして、目の方も虚ろになってるけど、それも得たものを考えれば瑣末な事でしかない。

 鳴り続ける目覚しを止める。そろそろ登校時間が迫っていた。“そろそろ出ます。またお話ししましょう”とだけ書いて、電源を消す。ふらふらと部屋から出るともう母さんの姿はなく、台所のテーブルにラップで覆われた朝食だけが用意されていた。

 正直、眠気の方が勝っていて、食欲はあんまりない。だけど残しておくと後で怒られるのは目に見えているので、仕方なしに食べる。

「うーん……」

 焼き上がりから少し経った感じのトーストを食べながらも、気になるのはナズナさんの事ばかり。学校に行かないと、とは思ってるけど、眠気が強過ぎて気力が沸かない。頭もぼんやりと痛む。

「どうしよう……」

 時間はどんどん迫っている。いっそ仮病でも使って休もうか。台所にある掛け時計を見ると、現在八時一七分。考える時間は、後三分くらいしかない。

「ううう……」

 回らない頭で考えても時間が過ぎていくだけ。悩み悩み、気付けばもう走っていっても一、二分は遅れそうな時間だった。

 遅刻決定……なら休んでも同じ事か。

 意を決して、電話に手を伸ばす。そうして学校の方に――。


 欠席の連絡を入れて、自室に戻る。そしてベッドに倒れ込むように寝入った。

 ……一日だけだ。この一日だけ、充分に寝させて貰えれば、明日からは――。




 目が覚めると、部屋の中は朱色に染まっていた。

 夕焼け……これは多分、夕方までずっと寝ていた事になる。部屋の掛け時計を見ると、午後の四時半を過ぎていた。

 ……ずる休みかあ……。

 一日程度はばれない事と思うけど、後ろめたさはある。何より原因はあのマイコンだ。そのやり過ぎでずる休みした、なんて事が発覚したら、母さんに怒られるだけで済まないかも知れない。

 とにかく、身を起こす。そういえば、昼飯も食べずにいたままだった。腹は減ったけど、もうすぐ母さんが帰って来ると思うと、今腹を膨らませるものを食べるのは避けておいた方がいいだろう。

 思い至って、マイコンとディスプレイの電源を付ける。もしかしたら、ナズナさんから何か書き込みがあるかも知れない。

 マイコンが音を立てて起動する。

 ……初めて起動した時と同じ。会話らしい言葉は全くなかった。

「……居ないのかな」

 ナズナさんの事はまだよくは知らないけど、まだマイコンの前には居ないんだろうな。学生なら講義や部活とか。社会人ならまだ仕事の最中に居るのかも。

 がちゃり。

「はあ、ただいまぁ」

 そんな疲れた様子の母さんの声が。

「洋一ー、手伝ってー」

 今日は前置きなしで手伝い要請が来た。

「あ、うん解ったー」

 マイコンの電源を消して、台所へ。すると早速、テーブルの椅子に座って煙草を一服してる母さんの姿があった。

「疲れたの?」

「あ? まあな」

 訊くまでもなかった事だけど。でも台所で煙草をぷかぷか吸ってる母さんって、結構珍しかったり。普段は部屋に臭いが付くからって、ベランダとかに出て吸ってるのにな。

「今日の夕飯は?」

「かったるかったからな。ラーメンとかでいいか」

「え? ああうんいいけど」

 本当珍しい。母さんがそんな簡単なもので済ますなんて。よっぽどのきつい事があったと予想するけど。

「そっか、じゃあ買って来て。生めんのな」

 千円札を渡される。

 ……買い出し? 敢えてパシリとは言わないけど。

「何ラーメンがいいの?」

「なんでもいい。任せるよ……」

 煙草を灰皿に置いて、テーブルに突っ伏す母さん。本当、一体何やって来たんだろうかね。

「解ったよ。行って来ます」

 とにかくお疲れのご様子だ。なるだけ邪魔にならないように、近くのスーパーにまで行く事にした。だけど俺が部屋に居ない間にマイコンが見付かるかも、という事を考えると、時間が掛かる程そのリスクは高まると思った方がいい。それにその事もそうだけど、学校のずる休みの件も伝わってたらまずいな。でもそうだったら、台所に顔を見せた時点で雷が落ちている事だろうし。これは単純に仕事疲れから来てるものと思われる。

 とにかく駆ける。さっさとお使いを済ませて、ぱっと帰るようにしよう。


 いつものように二人で夕飯(味噌ラーメン)を食べた後。

 自室でマイコンを付けると、そこに今までにない文字が追加されていた。

“こんばんは。今は夕飯かな?”

 まさにその通り、まるで見ていたような内容だ。

“はい。ナズナさんは?”

“そりゃあもうばりばり健やかですよ”

 昨日の深夜頃から、ナズナさんの口調は大分砕けてきたようだった。俺の方が年下だと、ある程度察したからだろう。

“お酒呑みながらね。気分もいい感じ”

 どうやらナズナさんはお酒が呑める年齢らしい。だからか、ちょっとテンション高めな雰囲気がしたのは。だけど晩酌をするには、ちょっと早い時間だと思うんだけどなあ。

“お酒って、美味しいんですか?”

“そりゃあ君、お酒は人生の潤滑油ですよ”

 羨ましい話だ。俺も正月に呑まされた事くらいはあるけど、その美味さまでは全然解らんかったぞ。おまけに頭もぼーっとしてたし。

“君は呑んだ事ないの? お酒”

“残念ながら未成年なもので”

“そりゃあ残念。人生の半分くらいは損してるね”

 その言葉、酔っ払いの常套句みたいな台詞だから。

“どれくらい呑めるんですか?”

 ふと、気になった事を訊いてみる。

“ふっふっふ”

 なんだか変な含み笑い的な言葉が。

“君、うわばみっていう言葉知ってる?”

“成程解りました”

 限界知らずって所か。少なくとも俺とは比べ物にならないくらいの酒豪だと。

“って事。まあ醜態は晒さない程度に抑えてるからさ”

 その限度ってものを是非とも知りたい所だけど。まあ、その辺りの事は信用するより他ない。

“じゃあ、今日は一杯やりながらって感じですか”

“そーだよー、一緒に呑んでお話ししよーぜー”

“いややっぱり未成年ですから”

 多分俺がそうやってお酒呑みながら通信出来るのは、ずっと先の事になるんだろうなあ……。

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