1-6
彰が帰っていって、少しして玄関の鍵が開く音がして。
「ただいまー」
玄関の開く音と、母さんの声が。
止め時だ。マイコンとディスプレイの電源を消す。これは本来ここにはないものだ。俺の持ち金で買えるような代物じゃない筈。見付かれば――。
「洋一、居るのか?」
部屋のドアが開かれる。
「うん、居るよ」
母さんが姿を見せて、それに答える。
既に、ブツは服や物の中に埋もれさせて見えなくしてある。母さんはあまり俺の部屋の中には入らない。すぐに隠し物が見付かる事はない筈だ。
「ふう、じゃあ夕飯手伝ってくれるか?」
母さんは早めに帰って来て、その後着替えてすぐに夕飯を作っている。
俺もちょくちょく手伝いをさせられるけど……そういう時は大抵、母さんが疲れてる時か、何かしら話がある時だ。まさかこのマイコンの件はないだろう。俺が居ない間に母さんが部屋に入る時間なんて、全くなかった筈だから。
「了解ー」
まあ、今急いでやるべき事もない。素直に手伝いに応じるべきだろうな。
それから少しして、母さんと一緒に夕飯を食べた後も、自室で一人、ずっとマイコンに向かって四苦八苦してた訳だけど。
……結論。解らん。
とにかく画面に進展がない。もっと簡単なものと思ってたのに、これじゃあ只の鉄の箱でしかない。ゲームも何にも出来ないんじゃ意味がないじゃないか。場所を取るだけで、只重たいだけの置物だ。
「……戻そうかなあ」
畳の上にごろんと寝転び、天井を見ながら、そんな呟きが漏れる。元々誰かがあの空き地に捨てていったものなんだし。やっぱり使えなくなったから、或いは使うつもりがなくなったから捨てたんじゃないかと。……だったらあんな場所にあったのも納得だ。
無駄な労力を使ったのか。確かにこれは、非現実の切っ掛けになり得る事だと思ったんだけど。使えるスキルがないんじゃあそれも意味がないからなあ。彰の持って来るマニュアルを待つか。取り敢えず、マイコンを付けっぱなしにしていても電気代が掛かるだけだ。それを消そうと、マイコンの方に向いた――。
“こんばんは”
それは唐突に画面に現れていた。
「え……」
信じられないものを見た気分だった。勢いよく身を起こして、ディスプレイの文字を食い入るように見直す。
こんばんは。そのたった五文字。だけどそれは、俺を興奮させるのには充分な五文字だった。
“あの、言葉通じてますか?”
追加で文が送られて来た。
嘘じゃない。夢でもないよな。誰かが俺に話し掛けてるんだ。それを確かめる為にも、早く言葉を返さないと。
「……こ、ん、ば、ん、は」
文を小声で喋りながら、ゆっくりポチポチと、文字を確かめるようにキーボードを押していく。このキーボードの入力には全然慣れてない。ローマ字入力だけど、なんで文字の配置がバラバラなのか。入力しにくい事極まりない。
“こんばんは”
二十秒以上時間を掛けて、こっちに来た文と同じ文字を返す。
これで何か返事が返って来たなら、それこそ成功の証だと思った。
“ああ、良かった。繋がって”
「おおお――」
思わず歓声が漏れ出て来た。こんな夜中に見知らぬ人と話が出来るのが凄いと、テンションは大上がりだ。ディスプレイを食い入るように覗き込む。とにかくこの状況が嘘でないと、その確証が欲しかった。
“私は、ナズナ ミズリと言います。宜しくね”
ナズナ ミズリさん。
少し変わった名前に思えたけど、脳内補完で勝手に女性だと思ってしまう。私って一人称だし。
「よ、ろ、し、く――」
声に出しながら、キーを間違えないようにポチポチと押していく。
“宜しく。僕はミズキ ヨウイチと言います”
ちょっと気取って、普段とは違う一人称、“僕”という言葉を使ってしまう。
“ありがとう。いっぱいお話ししましょうね”
「こ、ち、ら――」
ポチポチ。
“こちらこそ”
仕組みがどうとかは解らないけど、これこそ奇跡的な事じゃないのか。だって、特別何かいじったわけじゃなし。これは向こうからのコンタクトだ。俺の望んだ通りの展開が、今ここで成されている。
“マイコンにはまだ不慣れなもので。入力とか手間取るかもですけど”
“気にしませんよ。誰だって最初はそうだったんですから”
“ありがとうございます。色々と教えて貰えると助かります”
“じゃあ、私が先生ですね”
まるで、画面の向こうが透けて見えるような感覚を覚える。そこには美人なお姉さん的な姿をしたナズナさんの、にっこりとした笑顔が見えた気がした。
とにかく、今を楽しみたい。その思いだけで、時間はどんどん過ぎていった――。