1-5
「因みに、洋一」
部屋へと向かう途中、彰が唐突に話を振る。
「あ? なんだ?」
「そのマイコンってどこで拾ったんだよ。なんだか怪しい臭いがするんだけど」
「失礼な。風呂ならちゃんと入ってるぞ」
「いやその臭いじゃなくて」
うん。彰のその突っ込みスキルは、やっぱり俺が育てたと言っても過言じゃないだろう。
「もうすぐ見える所。近くの空き地の所で見付けた」
「空き地に? 野晒しで?」
「ああ安心しろ。動く事は動いたから」
「そっちの方もびっくりだよ。なんで動くマイコンが落ちてるんだよ。っていうかなんで捨てたんだよ元の持ち主は。せめてショップに売ろうよ幾らお金掛かるのか知ってるの?」
「知らないぞそんなの。日頃の行いの結果じゃね?」
「素行についてはいい話は聞いてないけどね」
やかましいわ。悪い話も出てないぞ多分。
馬鹿話をしながら、彰と一緒に瑞樹家の部屋の前まで来た。
玄関の鍵を開けてドアを開き、
「ただいまー」
まだ誰も居ない部屋の中に挨拶する。人が居ないのが解ってるんだから意味のないような事だろうけど、これは癖になってる事だから。
「お邪魔します」
彰も一緒に、しなくてもいい挨拶をしながら部屋に入る。
玄関から居間を進んで、奥にある俺の部屋のドアを開ける。件のマイコンは他人の目から隠すように部屋の端、物陰の畳の上にカバーを掛けて置いてあった。
そのカバーを取って、彰に見えるようにする。
「本当にマイコンだ……よく拾えたねこんなの」
彰がそれを見て、なんとも言えないような顔をする。
「それはまあ、運がいいと言うか日頃の行いと言うかな」
「ネコババには違いないけどね」
そう言われてもな。使える物なんだから拾って何が悪いかと。少なくともゴミにされるよりはマシじゃないか。
「っていうかなんで畳の上なの? 普通机の上とかに置くものでしょ」
確かにな。その方が操作はしやすい事とは俺も思う。
「一応拾い物だからな。まだ母さんには見付かりたくないんだよ」
「埃が入って来ても知らないよ」
「……それはちょっと考えてなかった。デリケートなものなんだな」
「デリケートなものなの。ちゃんと繊細に扱わないと」
「うーん……」
「どうしたの洋一」
「いや、さっきの言い回しが何かえろちっくに聞こえてな」
「何がだよどこがだよ」
「デリケートで繊細って所?」
「……まあ、とにかく見させて貰うよ」
彰がマイコンをまじまじと見る。電源も付けて、本体の上に載せているディスプレイに向かった。画面に夜中にも見た、マイコンの起動する様子が映った。
「なんだ、98系列じゃないの。まあ楽しめるって言えば楽しめるけど」
きゅーはち……?
「解るのか」
「そりゃあマイコン部所属なんだもの。部で扱ってもいるんだけど……」
画面を見ながら、だけど心なしか、彰の歯切れが何だか悪い感じが。
「何か不具合でもあるか?」
「……いや、98なのはそうなんだけど……このマイコンの形式は見た事がないと思ってね」
「けいしき?」
意図の解らない言葉をぽんぽん出されても、俺にはさっぱりだとしか。
だけど彰は、少し気になるのかマイコンをじっと見つめる。
「……いや、単に僕が知らないだけなのかもね。DOSも動いてるから問題ないとは思うんだけど」
彰が、キーボードをカタカタと鳴らしながら呟く。どすって言われても、それはなんの事やら。ヤクザ屋さんの武器かな。
「そうか。で、これどうやって遊べるんだ?」
「それはソフトがないと無理だよ。何かデータが入ってる訳でもなさそうだし」
「こういうのにもソフトがあるのか」
「ファミコンだってそうでしょ。ソフト――っていうか、データが入ってるフロッピーディスクがないと基本ゲームは出来ないんだよ。自分でプログラミング出来るって事なら別だけど」
「よし。じゃあ何かゲーム作ってくれ」
「無理」
一蹴された。
「98は比較的使いやすい部類に入るからさ。マニュアル本あるから貸してあげようか」
「えーゲームやらしてくれよー」
「無茶言わないの」
ちっ。駄々をこねても無理か。
「マイコンは根気が要るからね。興味本位で手は出さない方がいいんだよ」
彰はそう助言をくれたけど。それでも、わざわざ苦労して運び込んだだけのリターンは欲しい。でなきゃ、これは只の置物と化すだけだ。
「じゃあいいよ。マニュアルだけでもくれ」
「あげないよ。貸してはあげるけど」
まあいいか。面倒そうだけど、苦労は買ってでもした方がいいんだろうし。……ちょっと違うか、何も買ってないんだし。
「明日学校に持って行くよ。何ならマイコン部にも入ったら?」
「そっちはやめとく」
あの陰気臭い場所で勉強するとか精神衛生上きついだろうし。偏見かも知れないけど俺は嫌だな。
「それは残念」
彰はそう言葉を漏らしたけど、俺の性格を知ってるからその返答も予想してたものだと思うけどな。だからその言葉も軽い感じに聞こえた。